毎日がプリンセスパーティー

グレイスストーンを探す旅は続く。
ふたご姫とアルテッサはマメにおひさまの国に帰還するが状況に応じて気球で寝泊まりする事も珍しくはない。
今夜もそんな日になり、シェイドはティオと共に遠過ぎず近過ぎずな距離で野宿をしていた。
ふたご姫にはプロミネンスの力があり、ブライトとブウモも直接的な危害は加えてこないものの、いつ襲撃に遭うか分からずこうして付かず離れずの距離を保っているのだ。
パチパチと枯れ木の燃える音に耳を澄まし、天に昇る煙を追って夜空を見上げながら考え事をしていると、土を踏みしめる音と共に明るい声がシェイドとティオの名前を呼んだ。

「シェイド、ティオ!」
「これはプリンセスファイン!」

夜であるにも関わらず何故か場の雰囲気が昼間の様に明るくなった気がした。
それは常時ファインが笑顔でテンションが高いからか、それともおひさまの国のプリンセスだからこそ成せる技なのか。
シェイドはファインを見上げながら尋ねる。

「何かあったのか」
「ううん、特に問題がある訳じゃないんだけど」
「じゃあなんだ」
「アタシ達これから小さい頃の体験談を話そう会を開くんだ。みんなで小さかった頃の面白かった事とかそういうのを話して盛り上がろうって」
「小さい頃のお話ですか?」
「それに一体何の意味があるんだ」
「あのね・・・」

ファインはチラリと自分が元来た方向を見るとその場に膝をついて小声で訳を話し始めた。
それにティオとシェイドは僅かに体を寄せて耳を傾ける。

「今日、アルテッサのお母さんから手紙が届いてね、いい加減帰って来なさいって書いてあったの。でも今戻る訳にはいかないでしょ?」
「ブライトがいるからな」
「だからアルテッサはやらなきゃいけない大切な事があるからそれが終わるまでは帰らないって返事を書いたんだけどやっぱり辛そうでね・・・」

そう語るファインの表情は心からアルテッサの事を気遣っているものだった。
そういえばあの時もこんな顔だった、とシェイドは思い出す。
母親のムーンマリアの為に満月草を取りに行ったあの日、亀の激突を受け止めて腕を痛めたり、ブライトのブラックプロミネンスの光を受けて苦しんだ時にファインは今と似たような表情でシェイドの事を心から気遣ってくれていた。
その時の事を思うとファインからのアルテッサを気遣った誘いを無碍に出来なくなるのだが素直ではないシェイドはやはり少し素っ気なく返してしまう。

「小さい頃の話なんかしたら今とのギャップで余計辛くなるんじゃないか」
「でも聞きたいって言ったのはアルテッサだもん。それに小さい頃の優しかったブライトを思い出してブライトの事を信じたいって言ってたし」
「・・・そうか。だが俺の話なんか聞いても何も楽しくはないぞ」
「そんな事ないよ。シェイドは色々な所に行ってるから色んな事を知ってるでしょ?アタシ、シェイドの話聞きたいなぁ」

純粋な期待と憧れと―――くすぐったい何か、そして一点の曇りもない優しいその眼差しにシェイドは言葉を詰まらせる。
そんな瞳を向けられるとは思わず、また、自分の心の中全てを見透かされそうで咄嗟に目を逸らす。
けれど逸らした先には子供のようにキラキラと瞳を輝かせるティオの顔がそこにあった。

「・・・ティオ、お前も聞きたいのか?」
「はい!是非とも師匠の貴重なお話をお聞きしとうございます!」

(この目は見ていられるんだけどな)

少なからず弟分のように思っているからか、或いはその幼い見た目故に気を許しているからか、シェイドはティオの瞳からは目を逸らす事はなかった。
なのにファインの瞳から咄嗟に目を逸らしてしまうなんて自分はどうかしている。
きっと疲れているのだろうと言い訳をして煮え切らない感情に結論を下すのをやめた。

「じゃあ決まりだね!早く行こっ!」

ファインの方は気にした風はなく、その事に内心胸を撫でおろしながらシェイドはティオと共にファイン達の気球に向けて移動をした。






「レイン!シェイドとティオ連れて来たよ!」
「ありがとう、ファイン」

河原で停泊している気球の傍ではレインとアルテッサが丸太に腰掛けており、側ではプーモが浮遊していた。
三人の前には同じように焚き火があり、周囲を明々と照らして優しい自然の熱を放っている。
アルテッサはレインとプーモに励まされていたのか、先程ファインが言っていたような辛い表情はしていなかったが、或いはシェイドやティオが来た事で気丈に振る舞っているのかもしれない。
丸太の上はレインの隣しかスペースがなく、ファインは当然とばかりにそこに腰掛け、シェイドとティオは砂利の上に座った。


「それじゃ、みんな集まった所で小さい頃の話をしよう会の始まり〜!」

「いえーい!」

「最初は誰から話す?」

「勿論言い出しっぺの貴女達からですわ。ていうか貴女達ならネタも豊富でしょう?」

「え〜?そうかなぁ?」

「普通よねぇ?」

「賑やかなお二人の事ですからきっとオモチャ箱をひっくり返したようなキラキラした思い出が沢山あるのでしょうな!」

「俺はむしろパンドラの箱のような恐ろしさを感じる」

「同感でプモ」

「あら?プーモは二人が小さい頃から仕えていたんじゃございませんの?」

「いえ、僕はお二人がプロミネンスを使いこなせる立派なプリンセスになれるようにと遣わされたのでお仕えし始めたのは極々最近なのでプモ」

「まぁそうなの」

「益々パンドラの箱の匂いが強くなったぞ」

「聞くのがちょっと怖いでプモ・・・」

「ふしぎ星始まって以来最もプリンセスらしくないプリンセスと言われてるくらいですからさぞかしヤンチャな毎日を送っていたのが目に浮かびますわ」

「そんな事ないって!ねぇレイン!」

「あ、でも小さい頃のヤンチャを一つ思い出したわ」

「え?何かあったっけ?」

「お祖父様とお祖母様のお城に遊びに行って走り回ってた時にファインがお祖父様のお気に入りの壺を割って私がお祖母様の大切な掛け軸を破った事があったでしょう?」

「あ〜・・・そういえばあったね、そんな事」

「早速とんでもないヤンチャをしてるでプモ」

「あの時はお祖父様に凄く怒られたんだよね〜」

「そりゃそうでしょうね」

「責任持って割れた壺を片付けようとしたら『破片を触って怪我して一生の傷が出来たらどうする!?お祖父様は一生泣くぞ!!』って」

「えぇぁそっち!?」

「言っている事はある意味間違っていないでプモが・・・」

「壺に関しては何か言われなかったのか?」

「『割れた時に破片が当たらなかっただけでも奇跡なのに何かの拍子に壺が倒れてきてファインとレインが大怪我したら一大事だった。それなのにそれを考えもせずこんな壺を飾ってた自分が恥ずかしい。二人のお祖父様失格じゃ』って泣いてたよ」

「祖父さん・・・」

「孫娘への愛がとても深いお方なのですな!」

「それにしては感情の振れ幅が極端過ぎますわ」

「溺愛なんてレベルを超えてるでプモ」

「して、掛け軸の方はどうなったのですか?」

「勿論謝ったわ。お祖母様も形ある物はいつか壊れるから気にしないでって許してくれたの」

「おお!お優しいお祖母様なのですな!」

「でもその後にお祖父様の事を物凄く叱ってらっしゃったわ」

「え?何故お祖父様なの?」

「その掛け軸ね、元々破れてたの。で、それを破ったのがお祖父様で、なんか上手い事誤魔化してたのよ。それがお祖母様にバレて『レインは素直に謝ったのに良い年をした貴方が誤魔化して隠すとは何事ですか!』って」

「祖父さんに二次災害が起きてるな」

「悪い事は出来ないもんでプモ」

「今思い出せるヤンチャはこんな所かしら」

「何か聞いてくれればまた思い出すかもしれないからどんどん聞いてくれていいよ!」

「出だしからかなりヘビーでもうお腹いっぱいなんですけれど・・・」

「なら俺から聞きたい事がある」

「何?シェイド」

「お前達と会う少し前にプロミネンスの事を探る為におひさまの国の城下町に行ってお前達の事を聞いて回ったんだがどの住民もたまにある行事でしか顔を見た事がないと言っていたんだ。最初は何も思わなかったがお前達の事を知ってからは今は違和感しかない。お前達の性格を考えれば毎日にでも城下町に行ってそうなものなのに何故ずっと城に籠ってたんだ?」

「あぁ、それね。アタシ達実は五歳の頃に誘拐された事があってさ~」

「「はぁっ!?」」

「な、なんと!?」

「ど、どういう事でプモか!?」

「一回だけレインと一緒にこっそり城下町に行った事があるんだけどね」

「その時に悪い人たちに荷馬車に詰め込まれて連れて行かれそうになった事があるの」

「あの時はビックリしたよね~」

「本当よね~」

「相当ショッキングな出来事の筈なのにこんなにも能天気に語る奴、初めて見たぞ・・・」

「おバカ故に誘拐されてるという自覚がなかったのかもしれませんわね・・・」

「「あったり~!」」

「嬉しそうに言うんじゃないの!!」

「そ、それでどのようにして逃げられたのですか?」

「えーっと、最初は確か荷馬車の中の物を見てたよね」

「そうそう、綺麗な宝石とか絵画とかそういうものがいっぱい詰まれてて二人で珍しそうに眺めてたのよね」

「それ全部盗品だろ」

「で、おじさんたちがロープとか短い布を持って近付いてきたから追いかけっこだと思って二人で荷馬車の中で走り回ったんだよね」

「世界一物騒な追いかけっこですこと・・・」

「そしたら武装したキャメロットが鬼のような顔をして追いかけてきてて二人ではしゃいだのよね。キャメロットが来る~!って」

「キャメロット様の心中が窺い知れるでプモ・・・」

「でもキャメロットすっごく早くて追い付かれそうだったからもっと早く走ってって手綱握ってるおじさんをレインと二人で揺らしてたらお馬さんが暴れちゃってさ」

「荷馬車も揺れて流石に危ないって思ったその時!白馬に乗ったお父様が颯爽と駆け付けて助けてくれたのよ!」

「あの時のお父様、カッコよかったな~」

「トゥルース王もあの教育係も寿命の縮まる思いでしたろうにこの二人ときたら・・・」

「心臓がいくつあっても足りないな」

「寿命も全然足りないでプモ・・・」

「でも流石にその後、お父様とお母様とキャメロットにすっごく怒られてさ~」

「もう二度と許可なく城下町に行っちゃダメって叱られてそれ以来行事以外ではお城から出なかったのよ。中々許可が下りなかったのもあって」

「そりゃ下りないわよ・・・」

「ですがそんな中よくぞこうして旅に出る許可をもらえましたなぁ」

「まぁアタシ達も成長したしね」

「それにプリンセスグレイスから使命を授かってみんなを笑顔にしなきゃいけないんだもの。たとえ反対されても飛び出してたわ」

「志だけは立派でプモ」

「ねぇねぇ、今度はみんなの話を聞かせてよ!」

「ティオは何かないかしら?メラメラの国は賑やかだから色々あるんじゃない?」

「お二人のような壮大なエピソードはあまり持ち合わせてはおらぬのですが・・・」

「大丈夫ですわよ、貴方でなくともこの二人のエピソードに勝る話を持ってる人なんて誰一人いませんわ」

「メラメラの国のプリンスは代々その意志と力の強さを示す為に『覇者の谷』という谷にパラシュートを背負って落とされるのです」

「へぇ~、何だか凄そう」

「ティオもそこに落とされたの?」

「ええ。ですが私の背負っていたパラシュートが谷に落とされた直後に突然の故障をしてしまいまして・・・」

「「ええっ!?」」

「不運な気質はこの時から始まっていたのね・・・」

「とことんツイてないでプモ・・・」

「幸い、地面に激突するだけで事なきを得ましたが」

「ティオ、それは事なきを得たとは言わんぞ」

「どこにも幸いな要素がないでプモ」

「険しい山道を登って元の地点である頂上に戻る事で強さを示す事になるのですが何故か私の時だけ山道に獣や危険な蛇がいたり悪天候に見舞われたりしたのです」

「悪運ここに極まれりでプモ・・・」

「へこたれない不屈の精神はここで培われたのね・・・」

「そんな事もあって本来ならば三日かけて頂上に到達する筈が一週間もかかってしまったのです。このティオ、一生の不覚!」

「いや、十分立派だと思うぞ」

「ティオ頑張ったね~!」

「でもリオーネや王様達が心配したんじゃない?本当なら三日で終わるのに一週間もかかったんだから」

「ええ、仰る通り父上が救出隊を派遣しようとしていたのですがリオーネが『そんな事をしてはティオの尊厳を傷付けるから信じて待ちましょう』と言って止めてくれていたのです!」

「流石リオーネね!」

「ティオの事を気遣って信じてあげるなんて本当にリオーネは優しいね!」

「ですが頂上に到着した時は泣きながら心配したと何度も叩かれてしまいました」

「そりゃそうよ。それとこれとは別できっと凄く心配してたに違いないわ」

「そうやってティオは意志と力の強さを示したんだね!」

「そうなのです!ですが・・・」

「ん?どうしたの?」

「丁度その時地震が起きて私は足を滑らせてしまい、また谷に落ちてしまったのです」

「「あ・・・」」

「幸い、岩にぶつかる程度で事なきを得ましたがあの時はどうなる事かと思いました」

「ティオ、岩にぶつかる事は程度では済まされないぞ」

「不運の感覚がマヒしてるでプモ」

「聞いてるこっちが何とも言えない気持ちになってきますわ」

「今の所の私の幼少期のエピソードは以上になります。さ、次は師匠の番ですぞ!」

「俺か?」

「はい!素晴らしいエピソードを存分に語って下さい!」

「さりげなくハードルを上げるな」

「あーら、聡明なプリンスシェイドならメラメラ演芸会の時のような面白エピソードを披露出来るんじゃなくって?」

「ボードラゴンを笑わせた究極の一発芸・がび~んを披露したお前には敵わないさ」

「ムキー!!言ったわね!!?」

「まぁまぁ、アルテッサ、落ち着いて」

「憎まれ口と皮肉じゃ誰もシェイドには勝てないわよ」

「悪かったな」

「そうだ!そういえばアタシもシェイドに聞きたい事があるんだった!」

「何だ」

「シェイドってどうして鞭を使う事にしたの?キッカケって何なの?」

「外で少し離れた所にある物を取るのが面倒だったからだ」

「え・・・それだけ?」

「貴方、意外にものぐさなんですのね」

「めんどくさがりとは意外でプモ」

「いちいちレジーナから降りるのは面倒だ。それに効率を求めた結果だ」

「それってもしかしてお城の中でもやってたりする?」

「そんな訳ないだろ。ミルキーが真似をするしそれ以前にプリンスとしてご法度だろ。ファインとレインじゃあるまいし」

「な、何よその言い方ー!?」

「流石の私達だってたとえ使いこなせたとしてもやらないわよ!」

「そうだよ!そりゃちょっと使えるようになりたいなって思ってるけど!!」

「思ってたのでプモか、ファイン様・・・」

「教えてやらないからな」

「えー?ダメ?」

「プリンセスらしくないプリンセスって言われて怒られたいのかお前は」

「そうよファイン、そんなものを覚えたらまたどっかの星の王子様に惚れられちゃうわよ」

「え?レイン、それはどういう事ですの?」

「昔ね、お気に入りの絵本があってそのお話に憧れてファインとごっこ遊びをする事になったの。私がお姫様役でファインが王子様役なんだけど」

「ファイン、貴女よく王子役を引き受けましたわね」

「だって面白そうじゃん!オモチャだけど剣だって持てるし!」

「完全にチャンバラごっこ感覚でプモ」

「でもお話に出てくる悪い人の役がいなくて誰にやってもらおうかって話してた時に丁度休憩に入ってた騎士隊長さんが役を買って出てくれたの」

「おお、親切な騎士隊長殿ですな!」

「それで王子様がお姫様を救う為に戦うシーンを演じたんだけどその時に騎士隊長さんがファインの剣の筋を褒めて言ったの。鍛錬を積めば将来立派な姫騎士になるだろうって」

「姫騎士自体はたまにある事ですから否定はしませんが・・・」

「ファイン様がやったら間違いなくお転婆の象徴になってるでプモ」

「どーいう意味よそれー!?」

「でもファインってば凄いノリノリだったわよね。おひさまの国で行われる剣術大会に出たいとか駄々を捏ね始めたくらいだし」

「う、そうだったっけ〜・・・?」

「おひさまの国の剣術大会は闇を切り裂くおひさまの光が如く『勇敢さ』を重視するでプモが」

「ファインの場合は『無謀』にしかならないだろうな」

「そんな事ないもん!!」

「そういえば他の国は何を重視するの?」

「月の国は夜の静けさを守れるように敵を一瞬で仕留める『素早さ』が重視される」

「メラメラの国は舞い踊る火の如き『剣技』が重視されます!」

「宝石の国は確か煌めく宝石の如き『美麗さ』が重視されますわ」

「この他、しずくの国は静かに流るる水の如き『集中力』を重視し、かざぐるまの国は荒れ狂う暴風の如き『力強さ』を重視し、タネタネの国は知恵を働かせ限られた手段で敵を捩じ伏せる『効率』が重視されるでプモ」

「へ〜どこの国もカッコいいね」

「本当ね」

「それで駄々を捏ねたお前はどうしたんだ?」

「うぅ、言い方・・・ロクに練習もしてないのにいきなり出るのは危ないからって言われて代わりにたまたま訪問に来てた別の星の王子が相手をしてくれたんだ」

「でもその人、ファインがプリンセスで剣術の初心者だからって油断してたみたいであっさり負けちゃったのよ」

「まぁ、相手を侮った挙句に負けるだなんて情けない話ですわね」

「相手の王子様も悔しかったみたいで再戦を申し込んだんだけどおやつの時間だからってファインは受けなかったの」

「プリンスからの再戦申し込みをおやつを理由にあっさり蹴る辺り流石でプモ」

「というよりもプライドへし折られてるだろ」

「だってお腹空いてたんだもん」

「その後はどうなったのでしょうか?」

「じゃあおやつを食べた後にって言ってたんだけど私もファインもお昼寝の時間だったから結局再戦は出来ないまま終わったの。そしたらその王子様ったらファインに再戦を申し込んで誇りを取り戻す為にって鍛錬を積み重ねるうちにファインの事ばかりを考えるようになって最終的にファインの事が好きになっちゃったみたいなの」

「どういう事ですの・・・」

「それからというもの、何かとあればファインに結婚と再戦を申し込んできてたのよね」

「余計なものがついてきたでプモ」

「あの時は断るの大変だったな〜」

「何て言って断ったかしら?」

「確かレインと結婚するからいいって言ったんじゃないかな?」

「はぁっ!?レインと結婚ですって!?」

「いや~アタシその時結婚の事よく分かってなくてさ~」

「そんなんでよく納得してくれましたわね」

「納得というよりも諦め?」

「尊い姉妹愛の前では僕の恋なんかちっぽけだとかなんとかブツブツ言ってたような気がするわ」

「相手が予想を下回るバカで良かったな」

「結婚と言えばね、ファインったらとあるパーティーで私と結婚するんだって言って大泣きした事があるのよ!」

「れ、レイン!その話はやめて~!!」

「あら、是非とも聞かせてくれないかしら?」

「美しい姉妹の話を是非ともこのティオにも聞かせてください!」

「ウフフ、いいわよ!」

「う~・・・」

「自慢じゃないけど私小さい時凄くモテてね、色んな貴族の御子息や他の星のプリンスが言い寄ってきてたの」

「レインは小さいときからオシャレさんですっごく可愛かったんだよ!勿論今も可愛いけどね。しかも優しいから色んな男の子がメロメロでさ~。パーティーではいっつも男の子に囲まれてお喋りしてたんだよね」

「ちなみにファイン様は何をしていたでプモ?」

「アタシ?アタシはお料理食べてたよ?」

「聞くまでもなかったでプモ・・・」

「でもあるプリンスが私に『将来僕のお嫁さんになって下さい!』って言ったのよ。そしたら他の男の子たちもこぞって次々に結婚を申し込んで来たの。そしたらそれを見てたファインがヤキモチを焼いて『レインは私のお嫁さんになるの~!』って大きな声で言ったのよ~!」

「わーわー!大きな声でなんて言ってないよ~!」

「言ったわよ~!」

「言ってない~!」

「それでそれで?その後はどうなりましたの?」

「『姉妹は結婚出来ないんだよ』って誰かが言ってみんな笑いだしたのよ。それでファインが泣いちゃってもう大変だったわ」

「な、泣いてないもん・・・!」

「その割にはレイン様嬉しそうでプモ」

「だって本当に嬉しかったんだもの!ファインは私の事が大好きなのねって分かったんだから!」

「うぅ~・・・」

「でもファインの泣きたくなる気持ちは分かりますわ。私も小さい頃はお兄様と結婚するって言ったら周りに笑われて悔しくてはしたなくも泣いてしまいましたもの」

「だよねだよね!?泣いちゃうよね!?」

「ええ。だって小さくて結婚というものをよく分かっていないんですもの。それに私のお兄様を想う気持ちをバカにされたようで悔しくて悔しくて堪りませんでしたわ」

「泣いたアルテッサにブライト様はどうしたの?」

「『泣かないでアルテッサ。僕の一番はいつだってアルテッサだよ』って言ってくれましたの。私はそれを言ってもらえたのが凄く嬉しくてすぐに泣き止みましたわ」

「まぁ!ブライト様は優しいのね!」

「・・・今はもう、一番ではないかもしれないですけれど・・・」


そう呟くアルテッサの表情に影が差す。
ブウモや大臣たちに嵌められて闇に堕ちたブライトはそれまでの優しい振る舞いが嘘だったかのように冷酷なプリンスへと変貌した。
その姿にアルテッサは何度も涙を流し、今でも心を痛めている。
そしてそれは過去の思い出が美しければ美しい程、より深く残酷に傷付けてくる。
やはり幼少期の話をするべきではなかったとシェイドが思いかけたその時、ファインとレインが明るくアルテッサを励ました。


「元気出して、アルテッサ!ブライトの一番は今でもアルテッサに決まってるよ!」

「ファインの言う通りよ!今のブライト様は闇に目隠しされて周りが見えないだけ。でもアルテッサが諦めずにブライト様を光で照らせばきっと、ううん、絶対にブライト様も元に戻るわ!だから頑張りましょう!」

「そう・・・ですわね・・・そうでしたわね!こんな事でへこたれていてはお兄様は元に戻せませんわ!」

「そうそう!その調子!」

「それにアルテッサを一番って言ってくれた過去のブライト様の言葉が嘘じゃないのを一番よく知ってるのはアルテッサでしょう?」

「当然ですわ!お兄様の事を一番よく知っていて愛しているのは私なのですから!」

「ウフフ、ブライト様への愛なら負けないわよ、アルテッサ!」

「望む所ですわ!」


萎んでいた花を一気に開花させる。
そんな風に見えたふたご姫の笑顔と前向きな言葉にシェイドは素直に感服した。
家族や国想いで困っている臣下や民を助ける事は出来てもこうした距離感の人間に対しては何を言っていいか分からず、結果現実を突きつけるようなぶっきらぼうで冷たい言葉が先に浮かぶのがシェイドだ。
それがよくファインとレインに酷いと批判される部分だがシェイドからしてみれば現実を直視せず逃げる事に何の意味があるのかとずっと考えていた。
けれどそうではない。
二人は逃げているのではなく良い方向に捉えようとしているのだと思った。
闇に囚われてもその心はきっと今も昔も変わらないと信じるファイン。
今は闇に惑わされているだけでブライトはブライトのままであり、諦めなければ必ず元に戻ると優しく励ますレイン。
どちらも根拠なんてものはないが力強く笑顔で明るく、そして優しくそんな風に言われては根拠がなくとも自然とそう思える気がするのだろう。
現にシェイドもそういう風に感じたし、アルテッサもそう感じたからこそ今こうしてブライトを元に戻す事に闘志を燃やしてるに違いない。
少しだけ見習おうとシェイドは心の片隅で呟くのだった。


「ところで泣いたファイン様はその後どうなったのでプモか?」

「あ、そうそう。私はすぐにファインの傍に寄って慰めたんだけど泣き止まないし周りは笑うばかりで怒って言ったのよ」

「『ファインを泣かせる人は許さないわよ』って?」

「いいえ。『ホールケーキ三個食べられない人とは結婚なんてしないわ!』って」

「はい?」

「そしたらファインが『ホールケーキ三個食べるだけでレインと結婚出来るの?』って聞いてきたから私はそうよって言ってあげたの」

「それで泣き止みましたの?」

「ええ。ホールケーキ三個なんてファインにしてみたら飲み物も同然ですぐにシェフにホールケーキ三個をオーダーして食べてたわ。他の男の子たちはファインにそんな事出来る筈がないなんて言いながら自分達もケーキを用意してもらってファインに『レインを賭けて勝負だ!』って言ったのよ」

「ファイン、貴女はその時なんて言いましたの?」

「『いっただっきまーす!』」

「まるで眼中にもないといった言い草ですわね・・・」

「純粋にケーキに夢中になってるのが追い打ちをかけてるでプモ」

「ちなみに大抵の男の子達がケーキ2ピース目でギブアップしてる中で頑張って4ピース目を食べてる子がいたんだけど、ファインがホールケーキ3個目に手を出した辺りで泣きながらギブアップしてたわ」

「でしょうね」

「でも、どさくさに紛れてファインに言い寄る男の子がいたのよ。それでその子がファインに『ケーキと僕、どっちが好き?』って聞いたらファインが『ケーキ!』って即答したの」

「初恋がケーキで玉砕したでプモ・・・」

「ケーキは甘いのにとても苦々しい思い出ですわね・・・」

「こ、これは再起不能ですな・・・」

「ちなみにその子のすぐ後に私がファインに聞いたの。『ケーキと私、どっちが好き?』って。そしたらファインが『レイン!』って即答してくれたのよ!」

「レイン貴女・・・なんて酷な事をしてますの・・・」

「剣でメッタ刺しにされた後に火炙りにされたような強烈な追撃でプモ・・・」

「お前ら姉妹は揃いも揃って人のプライドを簡単にへし折るな」

「だってケーキもレインも大好きだもん」

「ファインを泣かせるのが悪いんだもの」

「「ねー!」」

「末恐ろしいふたごの姉妹ですこと」

「やれやれ、ふしぎ星始まって以来最もプリンセスらしくないプリンセスと言われるだけはあるでプモ」

「お二人の武勇伝は留まる所を知りませぬなぁ!」

「武勇伝っていうよりはお転婆伝説だろ。それよりそろそろ寝るぞ。もうかなり遅い時間だ」

「じゃあ今回はこれでお開きって事で!」

「とっても楽しかったわ!またみんなでお話しましょう!」

「次こそはプリンスシェイドの幼少期のお話を聞き出しますわよ。上手い事逃げられましたからね」

「そういえばそうでプモ」

「期待してますぞ、師匠!」

「だからお前はどうしてそうハードルを上げるんだ・・・」

「シェイド!ティオ!」


ティオと共に森の方へ戻ろうとした際、ファインに呼び止められて二人は足を止めて振り向く。
ファインはまた、あの周囲を照らすような笑顔でもって二人に感謝を述べた。

「二人共付き合ってくれてありがとう!すっごく楽しかったし、アルテッサも気持ちが紛れたみたいで良かったよ」

「おお!プリンセスアルテッサの力になれたようで光栄であります!」

「生意気な口の利き方は相変わらずだがな」

「まぁまぁ、アルテッサらしくていいじゃない。それにシェイドも楽しんでたでしょ?」

「どうだかな」

「ううん、楽しんでたよ。だっていつもより雰囲気が柔らかかったもん」

「そんな筈は―――・・・」


ない、と言い切れないのが悔しかった。
心のどこかでそれを楽しんでいた自分を否定出来なかったからだ。
だから悔し紛れにシェイドは顔を逸らしてポツリと呟く。


「・・・俺の感情を決めるのは俺だ」

「じゃあ、良い方に決めてね」

「・・・期待しない事だ」

「はいはい。お休み、シェイド、ティオ」

「フン」

「良い夜をお過ごしくだされ!」


背中に遠ざかっていくファインの足音を聞きながら自分もティオも再び元の場所に戻って行く。
ティオは修行の身と言いながらも寝ずの番には慣れておらず、恐らく今日もすぐに眠ってしまうだろう。
いつもなら別にそれも気にならないのだが今日に限っては頑張ってくれないだろうかと思った。
理由は勿論、先程の感情を決めるのが癪だからだ。
眠ってしまえば考えなくて良くなるのだが、でもきっと思うようにならず今日もいつも通り自分が寝ずの番をする事になるのだろう。
そういう意味では自分もある意味、ティオと同じく不運な性質なのかもしれない。

(或いは無駄に苦労してるだけか)

夜空に浮かぶ自国の象徴の月をぼんやりと眺めながらシェイドは柄にもなくぼんやりと幼少期のエピソードを話す会の冒頭を思い出すのであった。







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