毎日がプリンセスパーティー
「待って!エクリプス!」
大臣の手下たちによる計画を阻止したシェイドはそのままレジーナに乗って立ち去ろうとしていた。
しかしそこに小さな赤い救急箱を持ったファインが走って駆け付けてきたものだから律儀にもシェイドはレジーナに乗り込むのをやめ、ワザとらしくファインに向かって溜息を吐く。
「何の用だ」
「左手、怪我してたでしょ?だから絆創膏貼らなきゃと思って」
息を切らせながら訳を話すファインにシェイドは僅かに瞳を見開く。
大臣の手下たちは小賢しくも手強い。
今日もその計画を阻止する中でシェイドは不覚にも左手の甲を怪我した。
とは言っても軽く血が出ている程度のものでそこまで騒ぐ程のものではない。
だからこの場から立ち去った後にどこか適当な場所で応急処置をしようと考えていたのだがまさかファインが気付いていたとは思わなかった。
最近は月の国のプリンスシェイドとして接触する事もあるのだが、その度にファインからは訝し気な視線を向けられて居心地の悪さを感じていたが今回ので何となくだが分かった。
この一見能天気で何も考えてなさそうな少女は意外にも鋭く侮れないと。
(色々気を付けないとな・・・)
「とりあえず綺麗なお水で洗わなきゃ!こっち来て!」
「お、おい!」
ファインは怪我をしていないシェイドの右手を掴むと小川の流れている方へ無理矢理引っ張って行く。
そしてシェイドを座らせると左手の甲を水で洗い流し、救急箱から消毒液を出した。
「ちょっと痛いけど我慢してね」
「子供じゃない」
「はいはい」
少しムッとして言ってみてもファインは軽く笑って流し、消毒液を傷口に垂らす。
やはり染みるそれにシェイドは僅かに眉根を寄せて耐える。
それからファインはティッシュで手の甲の上を垂れ流れた消毒液を軽く拭き取ると赤い花柄の絆創膏を取り出してシェイドをしかめっ面にさせた。
「おい、絆創膏はそれしかないのか?」
「え?ああ、ごめんね。女の子っぽくて可愛いから嫌だよね。今度普通のも入れておくね」
にへら、と笑うファインにシェイドはまたワザとらしく大きな溜息を吐く。
「俺が怪我をする前提で用意するな」
「でもよく無茶して怪我してるでしょ?ほっとけないよ。この間も足を痛めてたみたいだけど大丈夫だった?」
「・・・!」
本当にこの少女は人の事をよく見ていて鋭いようだ。
王子として公務をこなしていた時に軽く足を挫いてしまったシェイドは、それでも無理を押して大臣たちの次なる企みを阻止するべくレジーナに跨り、ふたご姫を追いかけた。
大臣たちに隙を見せない為にも足が痛むのを隠して普通に振る舞っていたのだがどうやらファインには気付かれていたらしい。
益々侮れないと思い、シェイドは正体がバレない為にもなるべくファインと接触するのを避けようと決めた。
「はい、終わり!」
赤い花柄の絆創膏を貼り終えたファインはおひさまのような笑顔をシェイドに向けて言い放つ。
(・・・本当にコイツは何を考えているんだろうな)
エクリプスを名乗っている今の自分は周囲からは怪しい人物とみなされ、ファインの双子の姉であるレインや精霊のプーモからも警戒されている。
なのにファインだけは優しく笑いかけて積極的に接してこようとする。
どれだけ冷たく突き放そうとも諦めず太陽のような眩しい笑顔で自分に手を伸ばしてこようとする。
シェイドにはそれが理解出来なかった。
大臣や大臣の手下が悪人だと分かるとファインは他と同じように警戒したり嫌悪感を示すのに何故自分にはそれを示さないのか。
ただ単に能天気なだけなのか、或いは特別な―――。
「エクリプス?どうかしたの?」
思考の途中でファインが顔を覗き込んできたのでそれを打ち切る。
シェイドは目を逸らしながら「いや・・・」と低い声で返すと立ち上がって背を向けた。
「さっさとレイン達の所に戻れ。俺と居る所を見られて怒られても知らないからな」
「分かってるよ。じゃあね、エクリプス!」
「フン」
無愛想ではあるが律儀に返事をしてそのままレジーナの元に戻って行き、月の国へ一旦帰還する事にした。
しかし月の国に戻って王子の姿に戻ったシェイドに一つの困り事が出来た。
「お茶会か・・・」
城に戻ると母親のムーンマリアから各国のプリンセス・プリンスを招いた茶会を明日開くと伝えられ、シェイドは部屋で頭を抱えていた。
お茶会それ自体は別にいい、人当たりの良い王子の仮面を被るのは少々疲れるがふたご姫を見張れるし、いざとなればミルキーに協力してもらって抜け出せばいい。
問題は手の甲の絆創膏だった。
「・・・」
シェイドは無言で手の甲の絆創膏を見つめる。
ファインが貼ってくれた赤い花柄の絆創膏。
傷はまだ治っていないので貼っておくべきなのだが、これを貼ったままお茶会に出席してしまっては間違いなくファインに正体に気付かれてしまう。
また、ファインでなくとも周りからこんな女の子らしい絆創膏を貼っているのを見られては色々訝しまれるのは避けられないだろう。
不在がちとはいえ、ふたご姫と違って表向きは公務で外出しているという事になっているので怪我をしたのであれば城で手当てをする事になる。
そうなると普通の絆創膏を貼られる訳だが、何故このような市販で売っているような子供向けの絆創膏を貼っているのかという疑問が皆の中で生じてしまう。
妙な疑いを避ける為にも絆創膏は取るべきなのだが何故か抵抗が生れてしまう。
「・・・バカか、俺は」
ポツリと吐き捨てるように呟いて絆創膏の端を指で摘む。
ほんの少し剥がした時に痛んだのは粘着力が強くて皮膚を引っ張ったからだと自分に言い聞かせる。
「・・・っ!」
思い切って全部剥がしてすぐにゴミ箱に捨てた。
血はまだ出ていた。
皮膚が引っ張られて痛かった。
でも一番痛かったのは悔しいがそこではなかった。
「クソッ・・・」
赤い髪の少女の顔が浮かんでシェイドは悪態を吐いた。
「その手、どうしたの?」
翌日のお茶会で各国のプリンセス・プリンスをもてなしているとやはりと言うべきか、ファインがシェイドの左手の甲の絆創膏に気付いて質問してきた。
「公務の最中に怪我をしてしまって。どうかお気になさらず」
誤魔化すように愛想笑いを浮かべるもファインは何か言いたげに首を小さく傾けたがそれ以上の事は何も言わなかった。
そのままさりげなく彼女の視線から逃げるようにしてアウラーに挨拶するのを理由にその場を離れた。
ファインからの視線も、赤い絆創膏の後ろめたさにも目を背けて―――。
それから時は流れ、とうとうエクリプスの正体が白日の下に晒された。
もうエクリプスを名乗る必要はなくなり、大臣とブウモ、そして闇に堕ちたブライトに抵抗すべくシェイドはふたご姫と行動を共にする事になった。
ある日、闇の力を使って妨害してきたブライトにふたご姫と共に対処してる最中にまたしても左手の甲を怪我してしまう。
僅かに血が出る程度の怪我だったがそれを目敏くファインが見つけて慌てた。
「大変大変!シェイド怪我してるじゃん!早く手当しなきゃ!」
「お、おい!」
そう言ってどこからともなく小さな赤い救急箱を取り出すとあの時と同じように右手を引っ張って川の方へシェイドを連れて行くファイン。
水で傷口を洗い流して消毒液を垂らして、とあの時と同じ処置を施そうとする。
唯一違ったのが取り出した絆創膏の柄だった。
「今度はちゃんとしたの持ってきたよ!」
得意気に言うとファインはヒラリと無地の絆創膏を見せてきた。
普通に無難な無地の絆創膏。
シェイドはそれを見つめると静かに視線を救急箱に向けて一言。
「・・・いや、こっちでいい」
そう言ってファインの救急箱から取り出したのは赤い花柄の絆創膏。
あの時自分が難色を示したそれだ。
思ってもみなかったシェイドの要求にファインは目を丸くする。
「え?でもそれ、お花の絵が描いてあるよ?嫌じゃないの?」
「嫌じゃないから言ってる」
「そ、そう?シェイドがいいならいいけど・・・」
戸惑いながらもファインは普通の絆創膏を救急箱に戻すとシェイドから花柄の絆創膏を受け取ってそれを手の甲に貼り付けた。
「はい、おしまい!」
あの時と同じおひさまのような笑顔。
あの時と同じ花柄の絆創膏。
シェイドはもう、その笑顔にも絆創膏にも抵抗感はなかった。
あるのは胸を満たす穏やかな気持ちだけ。
「じゃあ行くか」
「うん!」
あの時とは違って背を向けるのではなく、ファインと共に並んで歩いてレイン達の元に向かう。
それから数日して傷が治る頃、絆創膏を剥がす事になったが後ろめたさはもうなかった。
END
大臣の手下たちによる計画を阻止したシェイドはそのままレジーナに乗って立ち去ろうとしていた。
しかしそこに小さな赤い救急箱を持ったファインが走って駆け付けてきたものだから律儀にもシェイドはレジーナに乗り込むのをやめ、ワザとらしくファインに向かって溜息を吐く。
「何の用だ」
「左手、怪我してたでしょ?だから絆創膏貼らなきゃと思って」
息を切らせながら訳を話すファインにシェイドは僅かに瞳を見開く。
大臣の手下たちは小賢しくも手強い。
今日もその計画を阻止する中でシェイドは不覚にも左手の甲を怪我した。
とは言っても軽く血が出ている程度のものでそこまで騒ぐ程のものではない。
だからこの場から立ち去った後にどこか適当な場所で応急処置をしようと考えていたのだがまさかファインが気付いていたとは思わなかった。
最近は月の国のプリンスシェイドとして接触する事もあるのだが、その度にファインからは訝し気な視線を向けられて居心地の悪さを感じていたが今回ので何となくだが分かった。
この一見能天気で何も考えてなさそうな少女は意外にも鋭く侮れないと。
(色々気を付けないとな・・・)
「とりあえず綺麗なお水で洗わなきゃ!こっち来て!」
「お、おい!」
ファインは怪我をしていないシェイドの右手を掴むと小川の流れている方へ無理矢理引っ張って行く。
そしてシェイドを座らせると左手の甲を水で洗い流し、救急箱から消毒液を出した。
「ちょっと痛いけど我慢してね」
「子供じゃない」
「はいはい」
少しムッとして言ってみてもファインは軽く笑って流し、消毒液を傷口に垂らす。
やはり染みるそれにシェイドは僅かに眉根を寄せて耐える。
それからファインはティッシュで手の甲の上を垂れ流れた消毒液を軽く拭き取ると赤い花柄の絆創膏を取り出してシェイドをしかめっ面にさせた。
「おい、絆創膏はそれしかないのか?」
「え?ああ、ごめんね。女の子っぽくて可愛いから嫌だよね。今度普通のも入れておくね」
にへら、と笑うファインにシェイドはまたワザとらしく大きな溜息を吐く。
「俺が怪我をする前提で用意するな」
「でもよく無茶して怪我してるでしょ?ほっとけないよ。この間も足を痛めてたみたいだけど大丈夫だった?」
「・・・!」
本当にこの少女は人の事をよく見ていて鋭いようだ。
王子として公務をこなしていた時に軽く足を挫いてしまったシェイドは、それでも無理を押して大臣たちの次なる企みを阻止するべくレジーナに跨り、ふたご姫を追いかけた。
大臣たちに隙を見せない為にも足が痛むのを隠して普通に振る舞っていたのだがどうやらファインには気付かれていたらしい。
益々侮れないと思い、シェイドは正体がバレない為にもなるべくファインと接触するのを避けようと決めた。
「はい、終わり!」
赤い花柄の絆創膏を貼り終えたファインはおひさまのような笑顔をシェイドに向けて言い放つ。
(・・・本当にコイツは何を考えているんだろうな)
エクリプスを名乗っている今の自分は周囲からは怪しい人物とみなされ、ファインの双子の姉であるレインや精霊のプーモからも警戒されている。
なのにファインだけは優しく笑いかけて積極的に接してこようとする。
どれだけ冷たく突き放そうとも諦めず太陽のような眩しい笑顔で自分に手を伸ばしてこようとする。
シェイドにはそれが理解出来なかった。
大臣や大臣の手下が悪人だと分かるとファインは他と同じように警戒したり嫌悪感を示すのに何故自分にはそれを示さないのか。
ただ単に能天気なだけなのか、或いは特別な―――。
「エクリプス?どうかしたの?」
思考の途中でファインが顔を覗き込んできたのでそれを打ち切る。
シェイドは目を逸らしながら「いや・・・」と低い声で返すと立ち上がって背を向けた。
「さっさとレイン達の所に戻れ。俺と居る所を見られて怒られても知らないからな」
「分かってるよ。じゃあね、エクリプス!」
「フン」
無愛想ではあるが律儀に返事をしてそのままレジーナの元に戻って行き、月の国へ一旦帰還する事にした。
しかし月の国に戻って王子の姿に戻ったシェイドに一つの困り事が出来た。
「お茶会か・・・」
城に戻ると母親のムーンマリアから各国のプリンセス・プリンスを招いた茶会を明日開くと伝えられ、シェイドは部屋で頭を抱えていた。
お茶会それ自体は別にいい、人当たりの良い王子の仮面を被るのは少々疲れるがふたご姫を見張れるし、いざとなればミルキーに協力してもらって抜け出せばいい。
問題は手の甲の絆創膏だった。
「・・・」
シェイドは無言で手の甲の絆創膏を見つめる。
ファインが貼ってくれた赤い花柄の絆創膏。
傷はまだ治っていないので貼っておくべきなのだが、これを貼ったままお茶会に出席してしまっては間違いなくファインに正体に気付かれてしまう。
また、ファインでなくとも周りからこんな女の子らしい絆創膏を貼っているのを見られては色々訝しまれるのは避けられないだろう。
不在がちとはいえ、ふたご姫と違って表向きは公務で外出しているという事になっているので怪我をしたのであれば城で手当てをする事になる。
そうなると普通の絆創膏を貼られる訳だが、何故このような市販で売っているような子供向けの絆創膏を貼っているのかという疑問が皆の中で生じてしまう。
妙な疑いを避ける為にも絆創膏は取るべきなのだが何故か抵抗が生れてしまう。
「・・・バカか、俺は」
ポツリと吐き捨てるように呟いて絆創膏の端を指で摘む。
ほんの少し剥がした時に痛んだのは粘着力が強くて皮膚を引っ張ったからだと自分に言い聞かせる。
「・・・っ!」
思い切って全部剥がしてすぐにゴミ箱に捨てた。
血はまだ出ていた。
皮膚が引っ張られて痛かった。
でも一番痛かったのは悔しいがそこではなかった。
「クソッ・・・」
赤い髪の少女の顔が浮かんでシェイドは悪態を吐いた。
「その手、どうしたの?」
翌日のお茶会で各国のプリンセス・プリンスをもてなしているとやはりと言うべきか、ファインがシェイドの左手の甲の絆創膏に気付いて質問してきた。
「公務の最中に怪我をしてしまって。どうかお気になさらず」
誤魔化すように愛想笑いを浮かべるもファインは何か言いたげに首を小さく傾けたがそれ以上の事は何も言わなかった。
そのままさりげなく彼女の視線から逃げるようにしてアウラーに挨拶するのを理由にその場を離れた。
ファインからの視線も、赤い絆創膏の後ろめたさにも目を背けて―――。
それから時は流れ、とうとうエクリプスの正体が白日の下に晒された。
もうエクリプスを名乗る必要はなくなり、大臣とブウモ、そして闇に堕ちたブライトに抵抗すべくシェイドはふたご姫と行動を共にする事になった。
ある日、闇の力を使って妨害してきたブライトにふたご姫と共に対処してる最中にまたしても左手の甲を怪我してしまう。
僅かに血が出る程度の怪我だったがそれを目敏くファインが見つけて慌てた。
「大変大変!シェイド怪我してるじゃん!早く手当しなきゃ!」
「お、おい!」
そう言ってどこからともなく小さな赤い救急箱を取り出すとあの時と同じように右手を引っ張って川の方へシェイドを連れて行くファイン。
水で傷口を洗い流して消毒液を垂らして、とあの時と同じ処置を施そうとする。
唯一違ったのが取り出した絆創膏の柄だった。
「今度はちゃんとしたの持ってきたよ!」
得意気に言うとファインはヒラリと無地の絆創膏を見せてきた。
普通に無難な無地の絆創膏。
シェイドはそれを見つめると静かに視線を救急箱に向けて一言。
「・・・いや、こっちでいい」
そう言ってファインの救急箱から取り出したのは赤い花柄の絆創膏。
あの時自分が難色を示したそれだ。
思ってもみなかったシェイドの要求にファインは目を丸くする。
「え?でもそれ、お花の絵が描いてあるよ?嫌じゃないの?」
「嫌じゃないから言ってる」
「そ、そう?シェイドがいいならいいけど・・・」
戸惑いながらもファインは普通の絆創膏を救急箱に戻すとシェイドから花柄の絆創膏を受け取ってそれを手の甲に貼り付けた。
「はい、おしまい!」
あの時と同じおひさまのような笑顔。
あの時と同じ花柄の絆創膏。
シェイドはもう、その笑顔にも絆創膏にも抵抗感はなかった。
あるのは胸を満たす穏やかな気持ちだけ。
「じゃあ行くか」
「うん!」
あの時とは違って背を向けるのではなく、ファインと共に並んで歩いてレイン達の元に向かう。
それから数日して傷が治る頃、絆創膏を剥がす事になったが後ろめたさはもうなかった。
END