『レッドマテリア』

「え?これアタシがやんの?」

局長室に呼ばれたユフィはリーブから手渡された資料に目を通して尋ねた。
リーブは机の上で手を組みながら頷く。

「そうです。問題ないですね?」
「そりゃ別に大丈夫だけとさ・・・隊員の育成も兼ねてヴィンセントがやるんじゃないの?」
「その予定でしたが内容のレベルが高いのとその任務を行う日はヴィンセントは他の任務に就く予定なんですよ」
「あーそう・・・」
「すいませんねぇ、ずっとヴィンセントを独占していて」
「は、はぁ!?何言ってんのさおっちゃん!アタシは別に何とも思ってないから!」
「ほう?そうなんですか?」

見透かされて慌てて素直じゃない言葉を吐いてしまった。
勿論それは逆効果で、全てお見通しのリーブを意味深に微笑ませてしまう。
これ以上は墓穴を掘ってしまいそうだと本能的に危機を察知したユフィは退却する選択をした。

「あ、アタシミッションの相手と打ち合わせに行ってくる!!」

余計な詮索をされる前にと風のように局長室を立ち去れば残されたリーブが苦笑いを浮かべるのだった。










「はー危なかった。危うく余計な詮索をされるとこだったよ」

リーブとはもう長い付き合いなので隠し事をしようにもそれが通じない相手というのは嫌という程知っている。
ならばここは逃げるのが賢い選択だ。

「それよかミッションのペアの奴と本当に打ち合わせしないと」

ユフィはリーブに宣言した通りミッションのペアの相手に会いに行く事にした。
その場を逃げる為の口実として口走ったとはいえ、それでも打ち合わせ自体はちゃんとやっておかねば後で泣き目を見るのは自分だ。
一旦立ち止まってユフィは再び資料に目を落としてペアの名前を探した。

「えーっと、名前はガルディスーーー」
「ガルディス・マクハーン」
「へ?」

自分に代わって最後まで名前を読み上げた存在がいてユフィは顔を上げる。
するとそこにはユフィより頭ひとつ分上の身長まである、スマートな体型の男性がユフィを見下ろしていた。
茶色の短い髪が彼の軽薄さを引き立てている。
ユフィはパチパチと瞼を瞬かせると首を傾げた。

「ガルディス・マクハーン?」
「ガルディス・マクハーン」
「アンタが?」
「俺が」
「へー」
「おいおい、もっと良い反応してくれてもいいんじゃないか?俺は潜入ミッションのエキスパートで有名なんだぜ?」
「有名なら何でアンタがヴィンセントに代わって隊員達に潜入ミッションの指導をしないんだよ?」
「俺の魅力が強過ぎて女の子たちが夢中になって指導どころじゃなくなるからさ」
「単に女好きが災いして嫌われてるからじゃなくて?」
「・・・」

図星を突かれてガルディスは無言で緩やかに視線を逸らし、ユフィは逸らされたその横顔を容赦なく見つめた。

「まぁ過ぎた事を話しても仕方ない。それより打ち合わせをしたいんだがいいか?」
「いいよ。アタシも丁度打ち合わせしたかったし」
「それじゃA会議室に行こう。予約してある」
「お、手際いいじゃん!」
「まぁな。スマートにやるのが俺の流儀なんでね。それにこのくらいの手際の良さじゃないとヴィンセント・ヴァレンタインには敵わないだろう?」

ニヤリと口角を上げるガルディスの笑みがあからさまに意味深で、それがどういうものかを読み取ったユフィは瞬時に顔を赤くして慌てて反論した。

「ななな何でヴィンセントが出てくんのさ!?アタシは別に・・・!!」
「俺は個人的な想いで名前を出しただけだぜ?なのに反応するって事はやっぱーーー」
「うるさいうるさーい!!ホラさっさと会議室に入るよ!!」

バンバンとガルディスの背中を叩きながらA会議室へとユフィは押し込んで行く。
ユフィの遊び方を早速心得たガルディスは今度は愉快そうに笑うのだった。




A会議室は極狭な部屋で白い長机が二つ横に並べられていて、対面式に椅子が三つずつ置かれており、合計で六人しか入れない部屋だ。
しかし二人で打ち合わせをするには十分な広さでユフィは奥の席に、ガルディスは手前の席に座って早速作戦の打ち合わせをするべく資料を机に広げた。

「えーっと、今回の目的はー・・・違法カジノの摘発かぁ」
「そうだ。カジノを仕切ってる奴を割り出して尻尾を出させる。それから薬の売人も特定して麻薬のルートを潰す。最近はこのカジノで薬を買ったって奴が多いからな」
「カジノでゲームするついでに薬買ってハイになって遊んでるって感じ?」
「その逆もある。薬買ってハイになった勢いでゲームをやるんだ。それで稼いだらまた薬を買ってのループだな。勢いで行けばゲームに勝てるとでも思ってるんだろうな」
「分かってないねぇ。危ない薬で勝たせてくれるほど勝利の女神様は優しくないよ」
「同感だ。女神を惚れさせる程の度胸を見せて初めて女神は微笑んでくれるってもんだ」
「お、良く分かってんじゃん!さてはいける口だね?」
「そういうユフィちゃんこそ慣れてる感じだな?」
「まーね!チョコボレースで何回も勝ってきたし?」
「へぇ?面白いねぇ。なら明日、俺と合法の方のカジノに行って勝負しないか?」
「えー?やだ」
「バッサリ斬るねぇ。まぁそういうとこも良いんだけどさ」

ハッキリと断るユフィにしかしガルディスは気分を悪くするでも落ち込むでもなくニヒルに笑った。

「ナンパなら他所当たってよ」
「ヴィンセント・ヴァレンタインが好きだからか?」
「おぐっ」
「おぉ、ビンゴ」
「は、嵌めたな!?」
「忍の癖に簡単に引っ掛かる方が悪いんだよ」

勝ち誇ったような笑みを浮かべるガルディスにユフィは悔しそうに歯噛みする。
自分がヴィンセントの事を好きなのはティファとルーイ姉妹にしか話しておらず、恥ずかしくて照れ臭いからあまり他にも知られたくないのによりによって初対面の男に知られてしまうとは。
しかもカマかけに引っ掛かって。

「て、ていうかアタシがヴィンセント好きなの分かったんなら諦めろよ!!」
「いーや、諦められないね。むしろ燃えてきた」
「はぁ?」
「なぁユフィちゃん、真面目な話、明日本当にデートしないか?カジノじゃなくてもいい、どこか行こう」
「急に何だよ。ナンパなら他を当たれって言ってんじゃん」
「だが今度行く違法カジノで俺たちは恋人同士という設定で潜入する。それなりの打ち合わせはしておいた方が良いと思うぜ?」
「・・・そんなの―――」
「どうとでもなるってか?俺はそうは思わないね。なんせ俺はヴィンセント・ヴァレンタインほど完璧な男じゃない。しっかり準備をしてから挑むタイプなんだ。そういう意味でも付き合ってくれないか?」
「本音は?」
「隙あらばユフィちゃんを落としたい」
「残念でした~。健気なユフィちゃんは簡単には落ちませ~ん」
「落ちないなら尚更付き合ってくれてもいいんじゃないか?一途なんだろう?だったら俺の準備に付き合っても大丈夫なんじゃないか?」
「ぬぬ・・・」

試されている、ユフィはそう直感した。
ガルディスが言ってる事が本当であれば任務遂行の為にもガルディスの準備とやらに付き合ってやらなければならない。
しかし実際は下心丸出しである為、簡単に応じて良いものでもない。
だがヴィンセントへの一途な想いを貫けるのであればそのくらいはどうって事はない筈だ。
ガルディスの言う通り鋼の精神でひたすらに突っぱねればいいだけの話である。
とはいえ、それでも腹が決まらないユフィにガルディスが更なる一石を投じる。

「まぁ無理に付き合ってくれなくてもいいけどな。ユフィちゃんの一途な想いが揺らいじゃうほど俺が魅力的だったか、その程度の想いだったかの話なだけで」
「はぁ!?誰の想いがその程度だって!?いーじゃん、やってやろうじゃん!してやるよ、デート!」

計算通りに挑発に乗ってきたユフィにガルディスは内心ほくそ笑む。
反対にユフィは「しまった!」と口を開けてハッとする、が時既に遅し。

「じゃあ決まりだな!明日の夜にラブレス駅の前で待ち合わせだ!」
「まま、待った!」
「ん?何だ?まさか天下のウータイの天才忍者が前言撤回するってか?」
「そそそそんな訳ないじゃん!」

嘘だ。
本当は図星だった。
それでもユフィは瞬時に言い訳を思いついてそれを口にした。

「そ、そうじゃなくてアタシ!ドレスとかないし!」
「ドレス?」
「バーとか行くんでしょ?それにカジノに行く想定なんでしょ?でもそれ相応のドレス持ってないんだよねー残念だなー」
「フッ、そのくらい買ってやるって」
「いいっていいって!高いし悪いもん!ていうかこの時間じゃもう店も閉まってるんじゃない!?」
「んー?・・・言われてみりゃそうだな」

ガルディスが時計に目を向けると短い針は19時を差していた。
今からオシャレなドレスを売っている店に向かってもギリギリ間に合うかどうかの時間だ。
このまま話が流れると安心したのも束の間、ガルディスはパチンと指を鳴らすと勢い良く立ち上がる。

「よし!備品室行ってドレス借りてくる!」
「はぁ!?」
「待ってろよ、ユフィちゃんに似合うドレスを借りてくるからな!」
「なっ、ちょっまっ!プライベートでデートするって理由だけじゃ貸してくれないでしょ!?」
「俺、備品室の係の奴と仲良いんだよ。だから気前良く貸してくれるから安心しな」
「ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおお!」

親指突き立てて星が飛びそうな爽やかなウィンクをするガルディスにユフィは腹の底から絶叫する。
この男、抜かりがない。
そのうえ認めたくないがこの男の方が一枚上手だ。
どう言えばユフィが挑発に乗るかを理解し、その次にユフィがドレスを持っていなかった場合、プレゼントを断られた場合の対策まで講じていた。
何とも油断ならない男である。
今までにない危機感を覚えながらユフィは震えて明日を待つ事になるのであった。





つづく
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