あなたのミカタ。
昼食の時間になり、アガリは席を立ち、購買にパンを買いに行った。弁当なら家政婦の野笛(のぶえ)の用意したものがある。白い飯とアガリの好みのハンバーグやら肉類とそれから健康のための野菜の入ったもので、それに不満はない。ただ、鞄に入るサイズの弁当箱に入った量では、育ち盛りには少し足りない。というわけで、パンとジュースを手に入れるため毎回購買に行くことになるのだった。ちなみに、なぜか弁当を持ってこないことの多い須田も今日は一緒だった。
首尾よく手に入れ……須田に言わせると当然だそうだ、アガリがにらむと人が逃げるから……パンとジュースを抱えて教室に戻ろうとしていた。すると、教室に近い廊下に、無視できない光景がある。
アガリたちのいない間、トイレにでも立って、帰りにつかまってしまったのだろう、廊下に立ち尽くした横島と、その周りをニヤニヤ笑って囲む宗と柳川の姿がある。
「デーメーキーンッ。おい、返事しろよ、デーメーキンッ」
アガリは内心、やっぱりな……と思った。昨日のあれで、あれだけで済むはずがない。いいからかいの材料を与えられたのだ。昨日ちょっともめたからといって、やめるはずがない。というより、これから広げていこうとでも考えただろう、あのふたりなら。
背中で表情は見えないが、泣いてる様子もないし、恐らく横島はムッとしている。このテのレベルの低いからかいを軽蔑しているからだ。
教室への道をふさいでからかっている宗と柳川の顔はよく見える。声も聞こえる。
柳川がへらへらと笑って言う。
「金魚って何食べんの? 金魚のえさ? みみずとかー?」
横島は相変わらず無視しているようだ。声が聞こえない。
そちらに近づきながら、アガリは走り出そうかと思った。でもやめた。
これくらいなら大丈夫だろう。万が一、本当に食べさせようとでもしたら、出番だ。
だが……と思う。昨日の兄との会話が思い出される。確かに、自分は横島をずっと守っていくわけにはいかないのだ。大学に入って、就職して、結婚して、それから先も……? いつかはひとりでやっていかなければならないのだから、友達だからといってその成長の芽を摘むことはよくないのではないか。横島の力を信頼しなければいけない、それはそうかもしれない、と思う。
そして、それでも、だが……と思う。
力になってやりたい。間違っていることも許せない。そして、いじめは確実に間違っている。それを止めさせて、何がいけないんだろう。たとえ嫌われるとしたって。
アガリは悩む。
正直、友達が困っているところは見たくない。それが理由じゃ駄目だろうか。
「またやってんなー、あいつら。こりないじゃん」
「ああ」
あきれた様子の須田の言葉に投げやりに返して、前方からは視線を外さない。
気の強い横島は泣くわけがないし、周囲に助けも求めない。また、ちらっと横目に見ていく生徒はいるが、声をかけるものはいない。横島はクラスメイトに嫌われてはいないが、とくにアガリたち以外に仲の良い生徒がいるわけでもない。だから、救いの手はない。
宗と柳川はだんだん調子に乗ってきたようだ。
「金魚って水ないと死んじゃうんじゃねぇの? かけてやろうか」
『おっ、俺、親切ー』などと言っている。そして宗は、側にある水飲み場に近づいた。たぶん、蛇口をひねって水をかけるふりをするか、本当に誤ったふりでかける気だ。
そこで、アガリの仲の何かがぶちっと音を立てて切れた。切れたとしかいいようがない。むしろ、それが糸なら脳内の何者かが『ひきちぎった』という感じだ。
「宗……柳川……」
怒りをこめて後ろから声をかけると、何故かふたりとも嬉しそうで、興奮していた。
(つづく)