あなたのミカタ。
そうだ、一緒に帰った。ふたりして帰宅部なので、日直や掃除などで帰る時間がよほどずれない限り、駅までふたりで帰っている。陸上部が休みのときはそこに須田が加わり、三人になる。横島は駅から迎えの車が待っているので、そこで別れることになるが、そこまではたいていいつも一緒だ。もちろん、今日も同じだった。
そう、いつもと一緒だった。何事もなかったかのようにして。
ふと、温かい感触がよみがえる。
「何か言ってなかったか? ってゆーか、どんな話した? あ、別に、言わなくていいんだけど……」
兄の言葉が遠く聞こえる。返事も忘れてアガリは考えこんでいた。
駅まで、何事もなかったかのような横島に合わせて、アガリもたわいのない話にうなずきながら歩いた。別れ際、『じゃあね』と言う横島が、急にキュッと手を握ったのだ。右手でアガリの手を握り、その上に左手を重ね、包み込むようにして。少しの間、横島は何も言わず、なんの表情も浮かべず、ただじっとアガリの手を握っていた。アガリはただ呆然としていた。驚きからつい軽く握り返し、あとは横島の目を見ていた。そう、不安げな、何か願い事をとなえているような、それが叶うかどうか心配しているような、切実なものを感じさせる、大きな瞳を見つめていた。それは目だけに表れていた。だからアガリは目が離せなかった。ただ、その手が離れるときに、横島は少しホッとしたような、くすぐったそうな表情を浮かべていた。そして、今までアガリの手を握っていた片方の手を軽くあげ、『また明日ー』と言って去っていった。タッタッターと軽い足取りで。今のはなんだったのだろうと首をひねるアガリは、その日の出来事のほうにすぐに頭を切り替えてしまったのだけれど。
眠りに落ちた際にふとよみがえった感触。
あれは、あの温かい手の感触、あれは横島のものだったのだ。
夢じゃなかった。現実だった。別れ際の握手。
あれはどういう意味だったのだろうと、いまさらながらに思う。不快な感じはまったくしなかった。むしろ、ホッとしたのは自分かもしれない。だから横島がそういう顔をしたと思ったのかもしれない。気のせいかもしれない。
……しかし、手を握ってきたことは確かで、そこには意味があるはずだ。
(なんだったんだろうか、あれは……)
何かを話している兄の声にハッとして、アガリは現実に引き戻された。
「一緒に帰ったってことは、大丈夫なんじゃん?」
「……手を握られた」
「はっ?」
亀のように首をのばして顔を突き出すユイイチに、構わずアガリは続けた。
「『じゃあね』って言われた……『また明日』って言っていた」
「……あ、そう」
首を引っ込め、眉根を寄せて、アガリをじっと見る。ユイイチはしばらくして、はぁと息を吐いて、肩をすくめ、微苦笑して言った。
「よかったな」
「ああ」
真剣にうなずく。
そう、よかった。明日は謝ろう。そんなつもりはなかったと、無駄でもいいから言ってみよう。付き合いを続けてくれるつもりがあるようだし。そうでなければ、手を握ったり、また明日と言ったりはしないに違いない。その後はわからないけれど、関係の修復に努力しよう。方向は決まった。
アガリはホッとして、冷えてしまったオムライスを元気に食べだす。
向かいでぶつぶつ何事かつぶやいているユイイチを放っておいて。
「……ああ、そうなんだ……ふうん、まあ、よかったけど……」
それからしばらくうつむいたままだったユイイチが、やがてふるふると震えだす。ふーっと大きなため息を吐いて、苛々とした様子で言った。
「もういっそね、メンドいからそーゆーときは『オレの女に手を出すな!』とか言ってみれば? めでたく放っておいてもらえるよ、ふたりとも」
「面倒くさいって……」
「横島くんのことが心配なんでしょ?」
兄に複雑な問題を持ってきたことは確かだが、面倒くさいからといっていろいろ投げすぎじゃないだろうか。女ではないし、そういう問題でもないというのに。
「いやいや、本当にね、彼女でも探せばぁ? おまえのそれは男が男にするような心配じゃないよ。わかる?」
男が男にしているのだから、男が男にする心配だろう、アガリはそう思う。実際にそうなのだから、と。そもそも、友達と仲良くしているというのならば、そんなふうに間に入ったりはしない。いじめられているとまではいかなくても、宗や柳川は間違ったことをしていたからで、横島は困っていた……ようだった……からで。この場合、横島が自分でなんとかできないだろうと思った、だからなのだ。それが『彼女を見つけろ』だなんて、問題が少しも解決していない。というか、的外れもいいとこだ。
なんで『女に手を出すな』なのだ。
(つづく)