あなたのミカタ。
居心地悪そうにユイイチがもぞもぞとすわり直したことでハッとしたアガリは、期待と不安の両方を抱いて、おそるおそる尋ねた。
「思ってる……のか?」
ユイイチが顔をしかめて首を横に振る。
「いや、オレに訊かれても……。『そうなんじゃないのー?』……とは、思うけど」
非難も何もない目にじっと見つめられて、何故だか落ち着かない。気付いたときには吐き捨てていた。
「だ……だいたい須田のやつはいい加減なんだ。いっつもへらへらしやがって、何も真面目にしない。そのくせ他人のことは文句ばかりで……なんで『よせ』って言わないんだ。最初にそうあいつが言えば……!」
「でもさあ」
ユイイチの、だんだん下がっていた顔が、いまや完全にしたを向いている。伏せた顔を長い前髪が隠している。
アガリは遮る声に驚いて言葉をなくしたものの、憤りに口を開いたまま、そんなユイイチを見つめた。うつむいて眠っているようにさえ見えるが、声は続けて出された。
「だいたい、眼鏡をかしたのは横島くんなんでしょ?」
ゆっくりと言って、首をぐるりと動かし、顔を上げる。赤い髪のすだれのように覆い被さった向こう、細められた目が鋭く見つめる。
「おまえだってそうなんじゃないの、聞いてた限りでは。あのさ、言わせてもらえば、ずーっとおまえがかばうわけにいかないんだよ? 横島くんだって宗とかって子たちとも仲良くやる必要があるんじゃないの? 須田くんはそう思ったのかもしれないよ。もしかしたら、横島くん本人だって。おまえは『貸せって言われたら目を貸せるのか』って言ったって? でも、おまえの話だと、横島くんが貸せって言われて眼鏡貸したんじゃなかった? それじゃ横島くんも悪いの?」
「うっ……」
思いもかけない攻撃に焦り、たじたじとなって背中を椅子にくっつける。
「そ、それは……」
返す言葉がない。
(ひょっとして……)
アガリはあることに思いあたって眉をひそめる。アガリが間に入って不安げな……あるいは、悲しげともいえる顔をしていた横島。ただ、何かに傷ついていたことだけはわかる。もしかして、横島もそう思ったのだろうか。自分に対する非難ととったのだろうか。それほど嫌味に聞こえただろうか。そんなつもりはまったくなかったのに。
……横島の助けになれば、と、ただそれだけを思ってしたことだったのに。
結果的に、自分は多くの人間に不愉快な思いをさせただけなのか。
とんとん、と指が軽くテーブルを叩く。
「オムライス」
ほぼ同時に出された兄の声にハッとして、テーブルの上に視線を移す。目の前には、湯気の消えかかったオムライスと、いつのまにか皿に置きっ放しになっていたスプーンがある。
「食えよ。冷めるだろ」
「あ、ああ……悪い」
急ぎスプーンを手に取り、しかしオムライスを一口文すくって口に運ぼうとした手を途中でためらい、止める。
「……俺は、昔から余計なことしてばっかりだな……」
オムライスを入れるはずだった口からポロリとそんな言葉がこぼれる。
「俺はただ、横島のことが心配で……いや……」
アガリはためらって口を閉じる。
結果的に相手に迷惑をかけただけなのに、そんな図々しいことは言えない。
ユイイチはむっと口をつぐみ、ぎゅっと眉ねを寄せて、アガリを見ている。
アガリの脳裏には、過去のつらい出来事、つらい日々がよみがえる。
こどもの頃から、気に入らないことがあると、どうしても正さずにはいられなかった。それは、本当に『正しい』とはいえないことかもしれないけれど。
小学校一年生の、あのときだけではない。思い出せば、同じようなことがいくらでもある。正しいと思うことがあって……間違ってると思うことは許せなくて、みんなに認めてもらいたくて……それを口に出したり行動に出たりして、その結果、相手を傷つけたり、起こらせたりしてしまう。毎回ではないが、もちろんそれでケンカになったこともある。そして、アガリは不幸にも体が大きく、相手に怪我を負わせてしまったことすらある。自分が正しいと思うことを、相手にも認めさせようとして。悪いと思うことを止めようとして。すぐに怒っててを出してしまう理由は、それだけではなかったが。
そんなアガリを、品性を気にする父親は、『すぐにカッとなって冷静さの足りない、暴力的な性格を持つこども』として嫌った。母親はアガリが小学校に入る前に出ていってしまったが、それでも、それをしなければ嫌われなかっただろう公道がそれまでにいくつもあり、それだけが理由ではないが、やはりアガリは嫌われていた。家に訪れる会社の人間や、手伝いをしに来る女性までも、うわべはともかく、本当にはみんなアガリと接することを避けていたように思う。
(つづく)