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あなたのミカタ。




「でもね、そのクラスメイトにとっては気に入らないことだったかもと……いやいや、善悪関係なしにね。もし、彼らが悪いことをしてると思っても、本当に悪い心の持ち主だったらしゃくに障るだろうし、そんなつもりがなかったとしたら余計に気まずいだろうしなぁ。ほら、おまえにとっての須田くんみたいに」
「……ああ……」
 そんなつもりがなかったのに、悪く言われることは、確かにとても嫌な気分だ。思い出して考え込むアガリに、ユイイチが口調を変えて明るく言う。
「須田くんの言ったことね……じゃ、言わなきゃよかった?」
「何を」
「だから、その『そんなに言わなくてもいいじゃないか』って話だよ。他人のこと『キツイ』とかそういうこと簡単に言っちゃうのは問題があると思うけど、言い方が、ほら、たとえば、そうだなぁ……『そんなに言わなくても大丈夫だよ、わかってくれると思うよ、クラスメイトなんだし』とか……それでもやっぱり言ってほしくなかった?」
「うん? ……」
「じゃあ、陰でこっそり言ってほしかった? 後で、おまえを抜かしたクラスメイトの間でとか、横島くんとふたりきりでとか。そうだな……『あいつ口悪いよなー』とか」
 わざと内緒話のように声をひそめて言う、それが頭に来て、つい兄をにらむ。
「それじゃ悪口だろ」
 しょんぼりするかと思いきや、顔を上げて平然と、ちっとも懲りた様子もなく言う。
「そうだよ、悪口だよ。こっそり言ったら悪口じゃんか。じゃ、おまえが須田くんだったらどうしてた?」
「俺が須田だったら? ……須田の行動しか取れない」
 アガリの答えに、『はあああーっ』と大きなため息を吐いて額をおさえ、ユイイチは首を横に振った。そして、手を下ろすと、首を右に傾け、左に傾け、空をにらんで揺れながら言う。
「だから……な? おまえが正義のヒーロー『なんとかレンジャー』だったとして……何レンジャーにしようかな、思い浮かばない。まあいいや。おまえはレッドか、まあそういう設定で……今、大ピンチなわけ。敵に追い詰められて、おまえは知らないけど実はすぐ後ろは崖、あと一歩で踏み外す。でも、おまえはそれに気付いていない。美女をかばい、群がる敵をさばくので精一杯だ」
 アガリは突然のことに憮然として問う。
「なんの話だ」
「だからたとえ話だよ」
 真面目な顔でごく真剣に兄は続ける。
「それでさ、足元が危ない。落ちそうだ。そういうときに、そこに駆けつけたブルー!」
「あいつブルーか」
「イエローでもいいけど。そこで、だ。少し距離があるとしよう。助けに入るにはちょっと遠い。で、須田くんのところからはおまえの後ろも見える。少し高い位置にいたとして、ね。おまえの後ろが崖だとわかる。それ以上下がったら危ないぞ、そういう場合……大声で怒鳴って教えてほしい?」
 アガリは少し考えてゆっくりと首を横に振る。足元が危ないなどと大声で怒鳴られたら、敵にも聞こえてしまう。気をとられた瞬間に敵に攻撃されるやもしれないし。必ず仲間が助けに入るのがお約束なものだが。
 つい、言われてやはり戦隊ものを思い浮かべて考えてしまう自分が、自分でもおかしい。
 ユイイチはうなずくと、さらに言った。
「じゃ、おまえを抜かした仲間うちだけでひそひそ話してほしい? 『レッドの足元が危ないようだが、ひそひそ』……」
「そんなの意味がない」
「だろー?」
 満足げにうなずき、ユイイチはうつむいて、ぼそりとつぶやく。
「オレは須田くんの判断はすっごく正しいと思うんだけどなぁ」
 ちらと目を上げて顔を見てくる兄に、今のが問題に当てはまるのかと、慌てて考える。急いで浮かべた戦隊ものの仮面をはぎ取り、自分の顔を当てはめてみる。そんなアガリに、ユイイチがいったん閉じた口をまた開いた。
「別に一緒にいじめたとかじゃないし、みんなの前でおまえをこきおろして自分をえらくみせようってんでもない。そりゃおまえにしてみれば一緒に戦ってほしかったんだろうけど……須田くんはみんなと仲いいみたいじゃん。そこまで期待するのはどうかな、と。これは同病でオレにもわかるけど、困っちゃうよ、友達同士のケンカって。どっちについていいやら……」
 考えこんでいたアガリだが、耳に飛び込んできた兄の一言がひっかかる。
「それはどっちの味方なんだ」
「え、クラスメイトじゃなかったっけ?」
「けど悪い……」
 のは向こうだ、と続けようとしたアガリを、ユイイチが手を振って黙らせる。
「まあ、まあ、わかるけど。そういうことでなくね。須田くんが後でおまえにこっそり言ってくれたっていうのはさ、おまえのこと友達だと思ってくれてるからじゃないの?」
 驚きに目を見開いて、アガリはじっと兄の顔を見つめる。
 そうなのだろうか。まったく逆のことを思っていただけに、呆然としてしまう。



(つづく)
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