あなたのミカタ。
トンと水の入ったコップをテーブルに置いて、兄が息を吐く。
「なるほどねぇ……」
オムライスを詰め込んだ口を閉じたまま、アガリは軽く何度もうなずく。
考えこんだ様子でつぶやいた兄の手の中で、プラスチックの薬ケースがカチャカチャと音を立てる。アガリの真向かいで、説得も空しく、作ったおとな二人分のオムライスの5分の4を寄越したユイイチは、人が話している間にさっさと自分の分を食べ、これまたアガリの『それくらいだったら飯を食え』という言葉を無視してサプリメントを摂取して、食事を終えた。
ケースを透かしてその向こうを見るようだった兄の目が不意にアガリに向けられる。
「おまえは、さ」
ためらうようにそこで口が閉じられた。当然続きがあるだろうと思い、もぐもぐと口を動かしながら待つ。やがていったん閉じられた兄の口が再び開かれた。目は手の中のケースに落ちる。
「つまり、おまえは……横島くんが眼鏡を取り上げられて困っていたところを助けようとしたつもりなのに、須田くんがそれに文句みたいなことを言ったのが気に入らない、というわけで……で、あってる?」
アガリは口の中のものをごくんと飲み込み、少し心を確かめてから、無言でうなずく。
ユイイチは困ったように眉を下げ、情けなさそうにアガリを見て、首を傾げて言った。
「……おまえさぁ、人に『もっと食え』とすすめたわりに、その寄越すまいというような食いっぷりは……あ、いや、いいけど。食べてくれて嬉しいけど!」
皿を前に出そうとしたところを遮る手に止められる。首をぷるぷると振ってそう言う兄に、アガリはまた皿を抱え込み、スプーンをくわえようとして、ふっと気付いて顔をあげて言った。
「あのな、それだけじゃないんだ。俺は宗と柳川のやったことも気に食わないし、止めなかった須田のやつも……なんだか、止めなかったくせにそんなこと言うなんて……」
「うん、うん。どう思う?」
「……ずるい、と思う」
言いにくい言葉を吐き出し、顔をふせ、また食べることに没頭する。
向かい側でユイイチが息を吐く。
「ずるい、かぁ……」
強い視線を感じて顔を上げる。ユイイチが唇の端を上げ、ほんの少し笑っていた。
「じゃあ、おまえは本当はそんなことしたくなかったんだよな? だから『ずるい』って思うんだ。須田くんの立場がうらやましいんだよ。じゃあ、それなのに横島くんを助けようとしたのはなんで?」
スプーンを持つ手を動かすのを忘れ、ぽかんとして兄を見る。
「なんでって……そりゃ助けるだろ、普通」
「ふうん……そうか。おまえはそれが『普通』だって思うんだ」
「違うか」
顔をしかめて問うと、視線の先でユイイチがふと目を逸らした。 「いやぁ、まあ……基本的には一緒かも。でもまぁ、『そうだったらいいなぁ』くらい? 無理だから。助けたくてもオレにはそんな力もないし、度胸もないし?」
「自分で言うなよ」
不機嫌にとがめると、逆にキッとにらまれる。
「だってそうだよ。この世界中に、飢えてるこどもたちがいったいどれくらいいると思う? けど、そのすべてを救おうとしたって個人じゃ限界があるだろ? 何もじゃなくてもさ。まあ、オレだって募金くらいはしてるけど……」
ユイイチの言葉に、自然と目が落ちて、オムライスに行く。
自分は過剰なくらい食べているといえる。もし、その飢えたこどもたちがここにいれば、当然このオムライスをみんなで分ける。だが、いったいどれほどあれば飢えたこども全員の腹を満たすことができるだろう。そして、自分も生きたいことに変わりはない。それに、今ここで自分が食べないでこれを残したところで、意味がないのだ。
スプーンをオムライスに突っ込む。少し乱暴に。
「そりゃ……そういうのはな。けど、あれは目の前だし……友達だ。問題が違う」
「ふーん……」
内心で焦っているアガリを、ユイイチは冷静な目でじっと見つめる。しばらくの沈黙の後、聞こえた声は、それまでよりもずっとやさしげだった。
「おまえは横島くんを助けたいと思ってそういう行動を取ったわけだ。それはおまえにとっては正しいことだよな。何も恥じることない、男らしい行動だと思うよ。……でも、やりすぎるとこあるからなぁ、おまえ……」
アガリは『男らしい』という言葉に、自然と縮まっていた背中を戻しかけた。ところが、続けて出た兄のため息まじりの言葉に、再び背中が丸くなる。
ユイイチはゆううつそうに続けた。
(つづく)