メリーと子羊の先生。
いつも通りの朝が来て……それは木曜であったり金曜であったりと曜日も違えばもちろん日にちも違ったりはするのだが、学生にとっては『学校に行く日』という、これは『日常』というやつだ……制服を着こんで鞄を持って家を出て、駅で待つ友人と合流、校門を過ぎて寒さに背中を丸めながら下駄箱で上履きに履き替え、教室に向かう。まあ、なんら変わることのない、学生の一日の始まりである。
ぐるぐるぐるぐる、頭の中が山ほどの疑問が回転しまくる、メリーゴーラウンド状態だったとしても。
気分的にはジェットコースターかもしれない。上がったり下がったり。
それが素直に顔に出るようならばもう少しいろいろと困らずに済んだであろうアガリは、それでも隣を歩く横島にはしっかりとその不安定な心の内を気取られている。さすがは中学からの付き合いだ。『お兄さんに会えたにしては変だねー、ウエ君』と通学途中に前日の出来事……といってもとりあえず『昨日兄のマンションに行ってきた』とだけ……をしてすぐそう言われた。
「そんなに変か」
いろいろと省いて話せることだけにしたものの、話せることは全部話し、改めて尋ねる。
確かに、兄が家に『帰って』来たときには、アガリは翌日はずんでいることが多い。だが、アガリが兄のマンションの部屋を訪ねるときには、何か問題を抱えているときのほうが多いので、その翌日に必ずすっきりしているかどうかは……。
というより、いつも兄と会った後、見てわかるほどそんなにはずんでいるかと、アガリはそっちのほうが気になった。
「悩めるお年頃なんだねー」
知ってか知らずか、横島から返ってきたのは、どうとでも取れるような返事だった。というより、どうでもよさそうだった。それよりも、とても眠そうだった。
首をすくめてうずめていた白いマフラーから顔をすぽっと亀のように出し、ふああと大きなあくびをする。そして寒さに赤くなっている鼻をすすってまたマフラーにずずと顔半分を埋め込む。
(悩みが違う気がする……)
それはそれとして、そういえば。
(もとはといえば横島が……)
廊下を歩きながらアガリは横島をじろじろと見る。
制服の上に大きめの紺色のコートを着て、マフラーをぐるぐる巻きにして後ろで結び、可愛い毛糸の白いふわふわした手袋まで完備の、ぱっと見は小学生でも、自分と同じ『悩めるお年頃』のはずの、この友人。
とても無邪気に見えるのだが。
(あのときに……)
自分がいろいろと考えることになった、もとは、横島の問題だったはずなのだ。
だが、たぶん横島が今考えていることは、しめきり間近の原稿のことに違いない。
それで徹夜でもして眠いのだろうし。
そんな横島は首を曲げにくそうに少しだけ傾けて、大きな瞳でじっとアガリを見つめて、のんびりと言った。
「ねー、石川先生ちゃんとノート返してくれるかなー?」
「……さあな」
「困るんだよね、いつもいつも宿題出されるとー。もう結果だけで判断しちゃえばいいのに。どーせやってこない人はやってこないしさー」
「……まあ……そうだよな。俺もそう思う」
思うは思う。まあ、いろいろと思う。他にも。
それでも容赦なく個人の感情を置いてきぼりにして時間は流れていくわけで。それが連続して日常というものなのであって。
自分はきわめて平凡な男子高校生である、とアガリは思っている。誰もが『己が特別な存在』なら、それが『普通』ということだ。
皆が『たったひとりの自分』であることに、変わりはないのだった。
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(つづく)