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花と笑顔。





「駄目だ」
 アガリはぶんぶんと首を振ってはっきりと言った。
「俺が許さない!」
 ユイイチがぽかんとしてアガリを見つめて、次に困惑顔になり、おろおろとして言う。
「え? いや……なんで? おまえに迷惑かけないよ?」
「だけど兄貴、飽きっぽいだろ。自分でもそう言ってたじゃないか。かわいそうだ」
「自分でちゃんと面倒みるから」
「一度うまくいかなかったんだろ? それが結果だ。あきらめろ」
「いや、そりゃそうだけど、まあ、だから……今度はうまく付き合えると……」
 そこまで言って、急にハッとした様子で、ユイイチは照れ笑いのようなものを浮かべた。
「ははっ、なーんて言って、なんか女性のことみたいだなぁ」
「……」
 アガリは黙って兄の顔を見つめ、その口から出た言葉を頭の中で繰り返す。
 『女性のことみたい』ということは、女性ではないということ。
「……男なのか?」
「はあ? 何が?」
 おそるおそる尋ねれば、自分よりはるかに驚いた顔をしてユイイチが問い返す。自分からは言いにくいので、兄の答えを待って少し黙っていたが、相手が何も言わないので、アガリは再び小声で尋ねた。
「ニューハーフ?」
「はああああっ?」
 鉢を抱きかかえたまま、ユイイチが首をのばしてアガリの顔を下から覗きこむようにする。そしてじろじろと見る。自分がもちろん兄の問題に真剣だということを示すために、アガリは真面目な顔をしたまま答えを待つ。
 さんざんアガリの顔を……それこそ穴を開けてどこか悪いところがないか探しているように……訝しげな顔で眺めた後、ユイイチは首をひねりながらもごもごと言った。
「え、いや、めずらしい形容……それはない……っていうか、あー……」
 言葉の途中でぱっと顔が明るくなった。かと思えば、すぐにまたその顔を曇らせ、ユイイチは抱えた鉢とアガリとを見比べる。そして、ひとり、うんうんとうなずいた。
「ああー……なんだ、そうか。そういうことか。あー」
 ぶつぶつとつぶやいて、ひとしきり感心したようにうなると、アガリの目の前にさっと抱えていた鉢を突き出した。
「これを見ろ」
 『見ろ』と言われて、アガリは鉢に目を移す。
 つるつるしたプラスチックの白い鉢。そこに植えられている小さな木。真っ直ぐに立っていて、小さな葉をつけた枝の先に、白い花をいっぱいに下げている。幹には細長い紙がつけられていて、そこに大きく書かれた、値段と、名前。その名前は、『エリカ』。
(エリカ……?)
 サァッと頭が冷える。だが、すぐにじわーっと熱くなる。
(花だったのか……!)
 衝撃。なんと、この花が『エリカ』というのだ。
(知らなかった……)
 気付きもしなかった。兄が花のことを話しているなど。目の前にあったのに。
「わかった?」
 ふうっと息を吐き、兄がとがめるように言う。
 アガリは無言でこくりとうなずく。
 確かに……小さく、丸く、ふわっとしていて、白くて、可憐で、高く見えるけれどもそれほどでもない、手ごろな値段。そして、そう、『育てる』もの。
 ユイイチはその目に互いを哀れむようなやさしさをこめてアガリを真っ直ぐに見つめ、そのくせわざとらしく悲しみのこもった調子で言う。
「おまえが妖精でも見てたって言うんなら申し訳ないんだけどね」
 神妙なのはそこまで。おさえ切れないようにぷっとふき出し、あははと笑い出す。
「いやぁ、見えなかったなぁ、残念だ」
「ち……違うんだ。そうじゃなくて……」
「はいはい」
「本当に違うんだ!」
「わかったわかった」
 焦って説明しようとしたアガリだが、ユイイチがちっとも聞こうとせず、ムッとして口を閉じる。赤くなってしまっただろう顔をうつむけて、唇を噛み締める。
 なんという勘違いをしてしまったのか。
「……」
 うつむいただけではまだ足りないと横を向く。
 ユイイチは『くっくっくっ……』としつこく笑い続けている。
 それがさらにアガリを落ち込ませる。
 やがて笑いのおさまってきたユイイチが、己の目の高さに鉢を持ち上げ、花に向かっておどけて言った。
「僕と結婚してください」
 そしてアガリのほうを見てにやりとする。
「許さない?」
 アガリは冷たい目と言葉を返した。
「勝手にしろ」
 ユイイチは意味ありげに眉を上げ下げし、鉢を抱え直し、レジの方向を見る。
「さーて、お許しももらったことだし、店のおじさんに『お嬢さんを僕にください』と挨拶してくるかなー」
「恥かくのは兄貴だ」
 言わないとは思うが、念のため、背中に向かって言う。
 レジに向かおうとしていたユイイチの足が止まり、くるりと振り向く。そして、花を見つめて話した。
「まあー、でも、こんな男が相手じゃ、かわいそうかなー、エリカちゃん!」
「もう、いい加減にしろ……」


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(つづく)
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