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花と笑顔。





(おお……)
 なかなかじゃないか。さすが『女は必ず裏切るもの』として嫌悪している兄の口から出るだけのことはあり、そんじょそこらの女性とは違うようだ。しかし、やはり思い当たる女性はいない。ちなみに男ならば容姿でそれに近い人間がいるのだが、さすがに自分の友人、それも男に兄が……というのは考えにくい。
(いったいそんな女といつ知りあったんだ?)
 やはり、何も言われなかったことがひっかかる。年齢的に、付き合っている女性がいるならば結婚とかそういう先のことも考えに入れるものだろうし、だとしたら自分は家族になるというのに。
 それほど深い付き合いではないとか、別にこれからどうするつもりがないからなんだろうか。
 アガリはそういう疑問を抱いて兄を見つめる。
 視線の先で、ユイイチは苦笑して『うーん』とうなって言った。
「いやぁ、迷ってるんだ。いいなぁとは思うけど、けっこう育てるの難しくてさー」
 アガリはぎょっとして兄をまじまじと見る。
(育てっ……?)
 カッと顔が熱くなった。
(なんてことをっ……)
 顔を隠すようにそっぽを向く。そういう話題は苦手なので、ちょうど目の前にあった鉢を熱心に眺めているふりをする。デパート脇の花屋の前に立っているので、それ自体は不自然ではない。話の途中で急に盆栽を眺め出したのは、話している相手にとって思い切り不自然だが。
 それをどうとらえたか、ユイイチが慌てたように言った。
「ああ……友人に譲ってもらったんだけどね」
 『へへへ』と恥ずかしそうに顔をくしゃりとさせて笑う。ちらりと見て、その笑顔を目にとめる。
(三角関係か……)
 では、付き合うところまでは行ったのか。ほっとする反面、別の不安と苛立ちがある。それはやはり自分が知らないということ。そんな笑顔にさせる相手がいる、とは。
 ユイイチは言いにくそうに続けた。
「それがすーぐダメになっちゃって」
 なるほど、それじゃ今は付き合っていないのか。短かったんだ。もう済んだことだ。そう思い、アガリは本当に心からほっとした。
(やっぱりな。兄貴が女とうまくいくはずがないんだ……)
 結局、女嫌いが女とうまくいくはずがない、ということだ。
 ユイイチは肩を落としてつぶやく。
「まあー、僕が悪いんだけどね。飽きっぽいから。向いてないんだな」
 それはそうだ。
 しかし、『育てる』ということは、もしかして相手はものすごく幼いのだろうか。
 『可憐』なんて、一人前の女性になかなか使わない表現だし、もしかして『小さい』というのもそっちの意味なのかもしれない。『丸い』というのも気になる。聞いているかぎりでは、性格のほうも大人の女性とは少し……。
 幼女だったら犯罪だ。どうしよう。
 不安にかられたが、それはダメになったということだし、励ますことは同時に新しくもっといい出会いに目を向けさせることになるはずだ。
 アガリは務めて気楽に言った。
「次は大丈夫かもしれない」
 ぐっと拳を握って精一杯の笑顔を見せると、ユイイチが目をきらきらさせて微笑む。
「……ん、そうだな。ありがと」
 にっこりと笑って、側にあった鉢に手をのばして抱え込み、それを見つめてつぶやく。
「やっぱりエリカにしようかな」
 花をプレゼントに告白するつもりだろうか。
(わああっ……)
 違う。待て。そうじゃない。どうしてそういう方向に行くんだ。
 アガリの言う『次』とは、『エリカ』ということではない。『別の誰か』ということだ。おまけにこんなに早くとは予想外だ。そのうち、なんとなく、そういうことはあるとしても……。
 結婚するということは、家族になるということで、それは本人たちさえよければいいというような『ふたりの世界』ではないのだ。家族全員の問題だ。そんなに簡単に決めていいことではない。
 いや、そこまで行かないかもしれない。すぐに別れるかもしれない。それにしても。
 はたして兄が女とうまくやっていけるだろうか?
 相性というものはあるし、相手によっては大丈夫だろう。世の中いろんな人間がいる。とはいえ兄にはその面での問題があるし、しかもこの相手とは。たぶんまだ幼く、可愛く、プライドの高そうな相手。
 最悪ふたりともボロボロになって、兄の病気が重くなってしまったら。また、相手もそのようなことになってしまったら。
 この付き合いだけは賛成できない。



(つづく)
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