魔法のえほん。
数ヵ月後、すっかり忘れた頃、アガリはキワムの部屋でその本を発見、思い出した。アガリはもはやその絵本に触れることをあきらめていて…… 望み通りキワムと遊ぶ機会を増やそうとは心がけていて、それで自分の気が済んだこともある…… 話題にしなかったので詳しくはわからないが、兄は順調に絵本にキワムが描いた願い事をかなえていったようだ。キワムが絵本を手放したことからも窺える。手放したといっても、ずっと持ち歩くことをやめたというだけだ。今、絵本はキワムの部屋のテーブルの絵本の山の中にあった。
「キワムー、これ見てもいいか?」
だめもとで掲げて見せて問うと、積み木で遊んでいたキワムはろくに見もせずに『いいよー!』と元気に答える。
そこになんら不安はない。
アガリはぺらりとページをめくった。そしてハッとする。
一度見たことのあるページ、キワムが赤をはみ出させていっぱいに描いていたいちごの絵ではない。絵本をあまり自分で読んだことのないアガリは、間違えて最後のページを開いてしまったのだ。
パッと見てしまったが、そのことに気が付いて慌ててページを閉じる。そのまま非難の声を待ったが、気付いていないのか、それとも気にしていないのか、キワムは何も言わなかった。
バタンと本を閉じたアガリを、積み木を手にきょとんと見ている。
(今の絵は……)
アガリは考えながらゆっくりと本をテーブルに置いた。そして、何事もなかったように、キワムにやさしく声をかける。
「キワム、手伝ってやろうか、それ」
「うん!」
キワムは嬉しそうに満面の笑みで積み木を差し出す。
アガリはそこに近づき、よいしょと横に腰を下ろして、積み木を受け取る。キワムの前には、積み上げられた積み木の囲いがある。その中には家らしきもの。どうやら庭付き一戸建てを作ろうとしていたらしい。
「もっと広げような。大きくしよう、大きく」
「ううん、いいの」
「これじゃみんな住めないぞ」
「住めるよ。ここにみんな住めるの。すーっごく大きいの! きーちゃんちは大きいんだもん!」
「……ああ、そうか……」
むきになって主張するキワムに、ふっとアガリの口元に笑みが浮かぶ。
囲いはともかく、長方形の積み木を四本重ねただけの、屋根に三角の積み木がひとつ置かれただけの、小さな家。
前なら『それは無理だ』と言っていた。馬鹿馬鹿しいと思ってしまっていた。こどもの遊びだと。それはその通りなのだが、不自然だと教えたくなってしまっていた。 ……だが、このときは『おかしい』とか『現実的じゃない』とか言う気になれなかった。
「俺に大きい部屋作ってくれないか?」
「いいよ。じゃあお兄ちゃんに、おっきい部屋あげるね。こーじしまーす!」
キワムは『ガーガーガー』と口で言いながら、家の囲いを壊していく。そして新たに積み木を取って、立ててあった積み木にくっつけ、増築した。
アガリは三角形の積み木を探して、その上に乗せる。
キワムが無邪気に微笑みかけてくる。
アガリは思わず目を伏せた。
目の前に、小さな積み木の家。
(俺も同じことを願ったな……)
たとえこの家が本当の家で、いくら大きくても、みんなで暮らすことは無理だ。今はもう、……そしてたぶんこれからも。
兄弟はいつか離れるものだから。
+++++
みんなが住める家。
きっと、多少形は違えども、似たような現実が待っていると、信じていいだろう。
欲しいと思っていれば、必要だと思っていれば、大切にできれば。
そのうち手に入る。
人生は用意されたパズルのピースを正しく埋めていくものではなく、自分でピースを集めて作っていくものだから。
新しい出会いから、また家族ができていくのだから。
無駄じゃない。
きっと願いは導いていく。
幸せへと。
(おわり)