魔法のえほん。
アガリはトイレに行くキワムの背中を見送る。その手には、ちゃんとあの絵本がある。
「おい、兄貴」
ついていくために立ち上がる兄にぼそっと言う。
「キワムはなんであの本手放さないんだ」
「さあ……あっ、後でね」
スタスタと部屋を出ていくキワムに慌てて…… もうひとりでトイレにいけるのだが、汚さないか心配している…… ユイイチが追いかける。
ずっと機会を窺っていたが、何をしていてもキワムはずっとあの本を目が届くところに置いている。膝になくとも机に置いたり、横に置いたり、まったくすきがない。
アガリはだんだんと苛々してくる。
(せっかく手伝おうと思ったのに……)
なかなか思い通りにいかないものだ。
懲りずにこそっと取ろうとしたらまた『いやー!』と怒られた。
ちらっと時計を見上げる。……もうすぐ9時。キワムの寝る時間だ。
(よし、キワムが寝たら部屋に忍びこんで……)
それが無理だったとしても、最悪の場合はユイイチに訊けばいい。そう考え、気持ちを落ち着ける。ユイイチならあの絵本にキワムが描いた願いを全部知っているのだから。悔しいけれど、訊けばいい。何を優先するかという問題だ。やるだけやってからなら、問題ない。
「ただいまー!」
キワムがとっとっとと部屋の中に駆け込んでくる。その後ろから慌てた様子のユイイチが追いかけて来る。その手には何やら布がある。
「きーちゃん、待ってってば。ズボンがまだだよー!」
アガリはズボンを履いていない弟を凝視して真顔で返す。
「おかえり」
ズボンを忘れながらも、弟の手にはしっかりと絵本がある。そこまでか、と感心する。ズボンを履いていないのは、忘れたというよりも、早く部屋に戻りたい……遊びたい……せいで、放ってきたのだろうけれど。
(いったい何が描いてあるんだろう……)
兄にズボンを履かされているキワムの手がつかんだ本に、視線は釘付けだ。
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(つづく)