魔法のえほん。
ひとしきり兄弟で遊んだ後。正確には、キワムがさんざん暴れ、アガリとユイイチがそれに付き合った、その後。
まだ遊びたいものの、さすがに疲れたのか、キワムが紙を取り出し、絵を描きだした。横に座るユイイチと仲良く。
キワムの膝には先ほどの絵本がある。
「おい、キワム。その本、見せてみろ」
ユイイチと同様、キワムの隣に座っていたアガリは、一応断ってから手を伸ばす。だが、触れる前に、キワムがさっと本を抱える。
「やだっ」
「……」
呆気にとられてアガリは黙りこむ。
(……なんでだよ)
願いがかなうならより多くの人に見てもらいたいはずではないか。アガリは止めていた手を再びのばしてキワムの抱える本をもらおうとする。
「ちょっとでいいから。な? 貸してくれ」
奪われると思って焦っているのだろうか……と、アガリはできるだけ声をやさしくして頼む。
「すぐ返すから。そうだ、おまえが持ったままでもいいから。見せてくれ、な?」
「やーっ!」
バッと本を両手で胸に抱きしめて、キワムがその手から逃れようと後ろに下がる。横にいたユイイチにどんとぶつかるが、そのまま守ってもらおうというように、すりよる。
そして高い声でわめいた。
「きーちゃんのごほんーっ!」
一方、身を寄せられたユイイチのほうは、困惑顔でキワムとアガリを交互に眺める。
(……!)
これでは『お兄ちゃんがいじめた』だ。誤解をされたか、ユイイチの視線が痛い。
「いや……べ、別に……」
アガリはまごついて目を逸らす。
「た……ただ、ちょっと見せてもらおうと思っただけで……」
おろおろとしたユイイチは、キワムの肩にやさしく手を置いて、振り向くキワムに尋ねた。
「きーちゃん、お兄ちゃんに見せたくないの? どうして?」
不可解そうに尋ねるユイイチの顔を恨めしそうに見て、キワムは口をとがらせる。
「だって、これ、きーちゃんのー」
「うん、だから、ちょっと貸してあげるだけだよ。お兄ちゃん、とったりしないよ」
キワムがうつむいて本を抱えて身をよじる。
「だめー!」
「だめなの? どうしてかなー?」
アガリは本当にショックを受けて黙りこむ。自分に見せることがそこまで嫌なのか、と。
手を振りほどかれたユイイチが、ますます困った顔になって、情けない声を作る。
「せっかくきーちゃん、がんばって描いたんだから、お兄ちゃんに見てもらったら?」
「やだー!」
ユイイチが弱り顔でおずおずとアガリを見る。目で尋ねている。アガリはゆっくりと首を横に振った。
そこまで嫌なら仕方がない。
ユイイチはそれを見て、まだ体ごと揺らして『やだー!』を主張しているキワムに、へらっとした笑顔を向けて言った。
「うん、わかったわかった。きーちゃんがやだならいいって、ほら」
「ああ」
振り向くキワムにうなずいてみせ、謝る。
「ごめんな」
目を合わせていたキワムがそっぽを向き、何か言いたげにユイイチを見上げる。ユイイチは笑ってうなずき、『ほら』と促した。
「きーちゃんも『見せられなくてごめんなさい』は?」
もじもじとしていたキワムがちらっと目を上げて、アガリを見て、ぽつりと言う。
「ごめー」
『ん』が抜けている。
「……ごめー」
なんとなくアガリも繰り返す。
「ご、ごめー?」
ユイイチまでがきょとんとして繰り返す。
『きーちゃん、「ん」はー?』と尋ねている兄をよそに、アガリは胸の内で決意する。
キワムが本を手放してどこかに行ったらこっそり見よう、と。
だが、その機会は訪れなかった。
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(つづく)