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魔法のえほん。





 キワムが赤ん坊の頃、忙しかった父と母のかわりに、ユイイチが面倒を見た。今でもたいていそうだが、赤ん坊の頃には赤ん坊の頃の面倒がある。それをユイイチ及びユイイチの周囲の人間が見た。その頃大学生で忙しかったアガリは、ほとんどキワムに接していない。結果、当然キワムは『ユイイチ大好き』になり、『アガリ?』になった。
 それはそれで寂しいが、後で挽回するとして……そういう約束を兄としているし ……キワムがなついている結果、ユイイチがキワムと遊ぶのだ、アガリとではなく。
 そして、今までそれほど気にならなかったユイイチのあっさりとした態度も、比べる相手ができると妙に気になる。正直、『自分にはそんなにやさしくないくせに』だ。
 別に今さら幼児言葉なんて使ってほしいわけではないが、『用がないならどっか行け』では、あまりにも寂しい。この違いはなんとかならないものか。
 アガリだって、父親の再婚の結果できた兄とは、まだ十年の付き合いなのだ。それも一緒に暮らしたわけでもないし。兄ができたことがアガリには嬉しく、心の支えというほどだったのに。いや、今でも。
 恨めしげに兄を見る。
(俺だって弟なんだぞ……)
 弱い犬であれば、クゥンと鳴いて己の腕に顔を埋めるところ。
 強い犬であれば、主人の膝の上の猫に吠えて退かせるところ。
 さて、アガリは立ち上がり、スポーツ雑誌を手に戻り、また同じところに座って、テーブルに雑誌を開いて、読み始めた。隣のふたりの会話を気にしながら。
 ふたりはやけに楽しそうだが。
(どうせすぐ飽きるさ……)
 こどもは飽きやすい。いつのまにか、ユイイチを『傷つかないように守ろう』から、『傷ついたら慰めてあげよう』に変わっている。膝があいたら膝枕だ。
 アガリはしまいに床に寝転がり、もはや順番待ちの気持ちでただ雑誌を眺める。
 隣でページをめくる音に続いて、ユイイチの明るい声。
「はい、きーちゃんの行きたいところはどこですかー?」
 キワムが「キャッキャッ」と歓声をあげる。
 普通、所有の証なら、ひとつつけてしまえばおしまいだから、最初のページに名前を書いた時点で放りだしてもおかしくないのだ。自分のものにしてしまったのだから。それなのに、キワムは飽きずにめくられたページのお題をこなしている。それも
喜んで。ユイイチに気を遣ってという感じではない。本当に嬉しそうだ。
 アガリは何故だろうと不思議に思う。
(本当に魔法の絵本なのか……?)
 絵本のタイトルは『まほうのえほん』だった。確かに自分の食べたいものなどをなんでもそこに描ける……そこに欲しいものを出せる……のだから、魔法といえばそうかもしれないが、少し弱いと思っていた。何か、魔力でもこめられていて、読んだ者を夢中にさせずにはおかないとか、そいうものがあるのだろうか。
 そんなことを考え出したときには、アガリはもう半分夢の中にいた。
 そして、とうとう眠ってしまった。

 夢の中で、アガリが欲しいというものを、あやしげな黒いマントを羽織ってとんがり帽をかぶったユイイチが、空中から次々に取り出した。
 魔法のステッキは巨大なペンだった。


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(つづく)
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