セブンズレイ
『おやすみ』
……また、いつもの静けさがやってくる。
見上げた空には大きな月。人を不安定にさせ、狂気を誘う。
……だが、その隣で光る、星のほうが、俺は。
机の引き出しに手をかける。スゥ……っと滑り出して開く。
引き出しの一番下。
手の中にすっぽりとおさまる、小さな金のブローチ。
緑濃い、草原。真夏の太陽が降り注ぐ。匂い経つ草いきれ。
金のブローチを差し出した少女が笑う。
『ゆーくんが寂しくないように、はい、これ』
手渡されたブローチを受け取り、見つめる。
まぶしい彼女の笑顔からは目を逸らし。
『これを見たら、必ず私のことを思い出してね。ゆーくんが淋しい時には、きっと呼んでね。すぐに会いに行くから』
はずんだ声で話す、彼女に。
「必要ない。淋しさにも、人は慣れるからな」
そう答えた、俺、を。
『でも、淋しい気持ちは変わらないでしょ?』
困ったように笑いながら、そう言った彼女。
…………羽衣(うい)。
『人は、淋しいから誰かを探すの。おとなになったらもっと淋しいから、ひとりじゃいられないから、ふたりになるんだよ』
そんなものは、ただのエゴだと。ふたりで恋愛しようが、結婚しようが、ひとりであることにはなんら変わりがないと。わかり合うなどというものは幻想だと。孤独は去らない、と。
何故だか俺は彼女に言えなかった。
「俺は、俺の淋しさを誰かにどうこうしてもらおうとは思わない」
彼女は少し目を伏せて、悲しげな顔をした。
『ゆーくんは、強いんだね』
『なっくんは、そんなふうに言わなかったよ』
俺たちと一緒に育ってきた彼を、そう呼ぶ。
だから、だったのか。
彼女が俺じゃなく、あいつを選んだのは。
人は誰でも弱いと、ひとりでは生きていけないと、そういうことを笑顔で言うお前だったから、俺はそれ以上のことを言うつもりはなかったよ。
何も言わずにわかり合うことなどできないと、俺はよく知っていたのに。
俺には、お前にすがってまで、弱さを認めてまで、淋しさを味わう強さもなかったんだ。
恋愛感情などというものは、人間という種類の社会的な動物に特有の、繁殖のための欲望をごまかすためお飾りだと。だから、おとなになったらひとりじゃいられないんだよと。
どうして言える?
無垢なお前に、汚い感情を押しつけるようで。
だが、もっと壊れた奴もいる。
あいつがどういうつもりかを言えば、必ずお前は傷つく。お前を醜い感情から遠ざけようとして、何も言わないことでしか守れなかった、無様な俺を。
……恨むことさえできないだろう。しょせん、なんの関わりもなかった、ただそれだけのことなんだ。
俺は、なんの関わりも、持てなかったんだ。
夢を見ているお前が好きだったよ、羽衣。
空を仰ぎ見る。
柔らかに光を投げかける月よりも、見ることしかできない星の光に、よく似ている。
死者が星になると、彼女自身、言っていた。
あの光の中のどれかが彼女ならば。
……今の俺を見せるわけにはいかない。
そしてカーテンを閉めた。
(終)
……また、いつもの静けさがやってくる。
見上げた空には大きな月。人を不安定にさせ、狂気を誘う。
……だが、その隣で光る、星のほうが、俺は。
机の引き出しに手をかける。スゥ……っと滑り出して開く。
引き出しの一番下。
手の中にすっぽりとおさまる、小さな金のブローチ。
緑濃い、草原。真夏の太陽が降り注ぐ。匂い経つ草いきれ。
金のブローチを差し出した少女が笑う。
『ゆーくんが寂しくないように、はい、これ』
手渡されたブローチを受け取り、見つめる。
まぶしい彼女の笑顔からは目を逸らし。
『これを見たら、必ず私のことを思い出してね。ゆーくんが淋しい時には、きっと呼んでね。すぐに会いに行くから』
はずんだ声で話す、彼女に。
「必要ない。淋しさにも、人は慣れるからな」
そう答えた、俺、を。
『でも、淋しい気持ちは変わらないでしょ?』
困ったように笑いながら、そう言った彼女。
…………羽衣(うい)。
『人は、淋しいから誰かを探すの。おとなになったらもっと淋しいから、ひとりじゃいられないから、ふたりになるんだよ』
そんなものは、ただのエゴだと。ふたりで恋愛しようが、結婚しようが、ひとりであることにはなんら変わりがないと。わかり合うなどというものは幻想だと。孤独は去らない、と。
何故だか俺は彼女に言えなかった。
「俺は、俺の淋しさを誰かにどうこうしてもらおうとは思わない」
彼女は少し目を伏せて、悲しげな顔をした。
『ゆーくんは、強いんだね』
『なっくんは、そんなふうに言わなかったよ』
俺たちと一緒に育ってきた彼を、そう呼ぶ。
だから、だったのか。
彼女が俺じゃなく、あいつを選んだのは。
人は誰でも弱いと、ひとりでは生きていけないと、そういうことを笑顔で言うお前だったから、俺はそれ以上のことを言うつもりはなかったよ。
何も言わずにわかり合うことなどできないと、俺はよく知っていたのに。
俺には、お前にすがってまで、弱さを認めてまで、淋しさを味わう強さもなかったんだ。
恋愛感情などというものは、人間という種類の社会的な動物に特有の、繁殖のための欲望をごまかすためお飾りだと。だから、おとなになったらひとりじゃいられないんだよと。
どうして言える?
無垢なお前に、汚い感情を押しつけるようで。
だが、もっと壊れた奴もいる。
あいつがどういうつもりかを言えば、必ずお前は傷つく。お前を醜い感情から遠ざけようとして、何も言わないことでしか守れなかった、無様な俺を。
……恨むことさえできないだろう。しょせん、なんの関わりもなかった、ただそれだけのことなんだ。
俺は、なんの関わりも、持てなかったんだ。
夢を見ているお前が好きだったよ、羽衣。
空を仰ぎ見る。
柔らかに光を投げかける月よりも、見ることしかできない星の光に、よく似ている。
死者が星になると、彼女自身、言っていた。
あの光の中のどれかが彼女ならば。
……今の俺を見せるわけにはいかない。
そしてカーテンを閉めた。
(終)