セブンズレイ
『ビンゴ!』
ブロォォォォォッ……
車が通り過ぎていく。
「次、白……」
窓の外を見つめる朝風(あさかぜ)がポツリとつぶやいた。そのとたん、横で尋里(ひろさと)が歓声を上げる。
「あ、おれビンゴだ。やりぃーっ」
窓から飛び離れて喜びいさんでテーブルに向かう尋里を、朝風は憮然とした顔で見やる。
「……マジかよ……。ヒロ勝ち通しじゃん。何勝目だっけ?」
「これでもう8勝目ー。いただきますっ」
「チェッ」
テーブルの上の高級和菓子にかぶりつく友から舌打ちして目を逸らし、窓の外を見る。白い車が走り去るところだった。
朝風の住んでいるボロアパートの前は車がよく通る。暇なふたりは、車の色でビンゴゲーム(同じ色をいくつ書いてもいいルール)をやっていた。一回ごとに、勝った側の商品は涼緒(すずお)からもらった滅多に食べられない高級和菓子をひとつ。
ほどよく甘い、あっさりとした味の菓子とはいえ、スプーン大のあんこを包んだ餅は腹にたまる。尋里はもうそれを8個も食べていた。それでも嬉しそうな笑顔で餅を頬張っている尋里をチラッと見て、朝風は青い顔で口を押さえる。
「おまえ、よくそんな食えるよな。気持ち悪ィ」
そういう朝風も、もう三個食べている。そしてすでにうんざりしていた。和菓子は一個や二個だからおいしいのだ。もう罰ゲームゾーンに突入しているようなものだが、相変わらず尋里は喜んで食べていた。
「だって滅多に食えないよ。こんなに高くてうまいの。次勝ったら、おれ持って帰るね。妹たちにも食べさせてやりたいし」
「おまえ、泣かせるな。勝ち負け抜きで全部やるわ、それ」
「え? いや、そんなわけにいかないだろ。だったらやっぱちゃんとわけなきゃだ」
尋里はサッと残った餅の数を目で確認する。あと五個。一個を半分に割ろうとするのを、朝風が手で制した。
「あー、いいからもらっとけ。おれはもう食い飽きた。それよか、やるからちゃんと勝負しろよ!」
朝風はバサバサッと今までの勝負分の尋里の紙をまとめて握りしめ、突き出してバンバンバンッと叩いて見せる。
「なんなんだよ、白白白! 白白白! 白白白! 全部白!」
「日本の車って白が多いんだ。あと、黒とね」
相手の勢いに動じず、尋里は平然と答える。それが火に油を注いだ。
「当たり前だろ! そうじゃなくて、面白くねぇっての! っつーか冒険しろよ、冒険!!」
朝風が激しく唾を飛ばして主張する。尋里は新たに餅の包みを剥がしながら、のんびりと冷静に応じた。
「おまえのそれさ、なんだっけ? 紫? ぜっっったい、来ない」
『絶対』に力をこめ、指だけで朝風の紙を示す。
朝風は言われて自分の紙を見た。赤、青、黄、黒、白、灰、紫、エメラルドグリーン、シルバー。きょとんとして顔を上げる。
「わかんねぇだろ」
「見たことあんの」
「ないよ」
「来るかよ」
「来る!」
どんっ、と壁が音を立てる。
「その気持ちが大事なんだよ!」
壁を叩いた朝風は大声で怒鳴る。
隣や下の部屋が気になって、尋里はそわそわと落ち着かなげに目を動かす。そこに、朝風はビシィッと指を突きつけた。
「いいか、真面目に遊ぶんだ! やる気を出せ!」
指の先の尋里は、餅をはむはむ食ってもごもご口を動かす。
「無茶だ。ビンゴじゃないか、ただの。もう賞品もないんだし。ってゆーかビンゴのなんたるかっていうのをもう外れてるよな」
急いで食べ終えて、ごくんっと茶を飲む。朝風がきりきりしてそれを待つ。一息ついて、尋里は言葉を続けた。
「いかに早く当たりを集めるかだろ? それなのに外しまくってどうすんだよ。おまえん家の前はエメラルドグリーンや紫や銀色の車が頻繁に通るのか?」
疑わしげな表情。朝風は不機嫌な顔つきで言った。
「仕方ねえな……。じゃあ、こうしよう」
バッと白紙を一枚差し出し、高らかに宣言する。
「勝った奴は喜びを体で表す! これに決めた!」
「……」
または大声で夕日に向かって叫ぶ、と真面目な顔で言い切る朝風に、尋里は顔を背けてため息まじりの疲れた声でぼやく。
「おまえのそういうのって、秀海さん譲りだよな……」
しぶしぶ窓に近寄り、とりあえず出された紙は受け取りつつ、ぼやき続ける。
「おれ、とてもじゃないけどそういうのできそうにないよ」
「なんでだよ、基本的に遊びは恥をかくもんだ」
「わかるけど、そこまでしなくちゃいけないもんなのか? たかがビンゴで、おれは一生消えないような傷を作らなくちゃいけないのか!? なぁ!?」
「消える消える。安心しろ。いくつもありゃ、そのうちひとつなんかどうってことない」
「……」
じっと紙を見つめる尋里。朝風は元気にその肩を叩いた。
「さっ、やるか!!」
+++++
「違う。違う。違う。違う。違うな。おれ、全然ダメだよー」
尋里がハハハと笑う。朝風は紙を覗きこんで目を丸くした。
「なんだこりゃ!?」
金、茶、薔薇色、ベージュ、オリーブ、マゼンダ、ベンガラ、シアン、プルシャンブルー。
「どんな色だよ!!」
詰め寄られて尋里は肩をすくめる。
「だっておれ、当てたくないんだもーんっ」
「『もーん』じゃねえ! 真面目にやれーっ!」
小さなアパートに、朝風の怒声が響いた。
(終)
ブロォォォォォッ……
車が通り過ぎていく。
「次、白……」
窓の外を見つめる朝風(あさかぜ)がポツリとつぶやいた。そのとたん、横で尋里(ひろさと)が歓声を上げる。
「あ、おれビンゴだ。やりぃーっ」
窓から飛び離れて喜びいさんでテーブルに向かう尋里を、朝風は憮然とした顔で見やる。
「……マジかよ……。ヒロ勝ち通しじゃん。何勝目だっけ?」
「これでもう8勝目ー。いただきますっ」
「チェッ」
テーブルの上の高級和菓子にかぶりつく友から舌打ちして目を逸らし、窓の外を見る。白い車が走り去るところだった。
朝風の住んでいるボロアパートの前は車がよく通る。暇なふたりは、車の色でビンゴゲーム(同じ色をいくつ書いてもいいルール)をやっていた。一回ごとに、勝った側の商品は涼緒(すずお)からもらった滅多に食べられない高級和菓子をひとつ。
ほどよく甘い、あっさりとした味の菓子とはいえ、スプーン大のあんこを包んだ餅は腹にたまる。尋里はもうそれを8個も食べていた。それでも嬉しそうな笑顔で餅を頬張っている尋里をチラッと見て、朝風は青い顔で口を押さえる。
「おまえ、よくそんな食えるよな。気持ち悪ィ」
そういう朝風も、もう三個食べている。そしてすでにうんざりしていた。和菓子は一個や二個だからおいしいのだ。もう罰ゲームゾーンに突入しているようなものだが、相変わらず尋里は喜んで食べていた。
「だって滅多に食えないよ。こんなに高くてうまいの。次勝ったら、おれ持って帰るね。妹たちにも食べさせてやりたいし」
「おまえ、泣かせるな。勝ち負け抜きで全部やるわ、それ」
「え? いや、そんなわけにいかないだろ。だったらやっぱちゃんとわけなきゃだ」
尋里はサッと残った餅の数を目で確認する。あと五個。一個を半分に割ろうとするのを、朝風が手で制した。
「あー、いいからもらっとけ。おれはもう食い飽きた。それよか、やるからちゃんと勝負しろよ!」
朝風はバサバサッと今までの勝負分の尋里の紙をまとめて握りしめ、突き出してバンバンバンッと叩いて見せる。
「なんなんだよ、白白白! 白白白! 白白白! 全部白!」
「日本の車って白が多いんだ。あと、黒とね」
相手の勢いに動じず、尋里は平然と答える。それが火に油を注いだ。
「当たり前だろ! そうじゃなくて、面白くねぇっての! っつーか冒険しろよ、冒険!!」
朝風が激しく唾を飛ばして主張する。尋里は新たに餅の包みを剥がしながら、のんびりと冷静に応じた。
「おまえのそれさ、なんだっけ? 紫? ぜっっったい、来ない」
『絶対』に力をこめ、指だけで朝風の紙を示す。
朝風は言われて自分の紙を見た。赤、青、黄、黒、白、灰、紫、エメラルドグリーン、シルバー。きょとんとして顔を上げる。
「わかんねぇだろ」
「見たことあんの」
「ないよ」
「来るかよ」
「来る!」
どんっ、と壁が音を立てる。
「その気持ちが大事なんだよ!」
壁を叩いた朝風は大声で怒鳴る。
隣や下の部屋が気になって、尋里はそわそわと落ち着かなげに目を動かす。そこに、朝風はビシィッと指を突きつけた。
「いいか、真面目に遊ぶんだ! やる気を出せ!」
指の先の尋里は、餅をはむはむ食ってもごもご口を動かす。
「無茶だ。ビンゴじゃないか、ただの。もう賞品もないんだし。ってゆーかビンゴのなんたるかっていうのをもう外れてるよな」
急いで食べ終えて、ごくんっと茶を飲む。朝風がきりきりしてそれを待つ。一息ついて、尋里は言葉を続けた。
「いかに早く当たりを集めるかだろ? それなのに外しまくってどうすんだよ。おまえん家の前はエメラルドグリーンや紫や銀色の車が頻繁に通るのか?」
疑わしげな表情。朝風は不機嫌な顔つきで言った。
「仕方ねえな……。じゃあ、こうしよう」
バッと白紙を一枚差し出し、高らかに宣言する。
「勝った奴は喜びを体で表す! これに決めた!」
「……」
または大声で夕日に向かって叫ぶ、と真面目な顔で言い切る朝風に、尋里は顔を背けてため息まじりの疲れた声でぼやく。
「おまえのそういうのって、秀海さん譲りだよな……」
しぶしぶ窓に近寄り、とりあえず出された紙は受け取りつつ、ぼやき続ける。
「おれ、とてもじゃないけどそういうのできそうにないよ」
「なんでだよ、基本的に遊びは恥をかくもんだ」
「わかるけど、そこまでしなくちゃいけないもんなのか? たかがビンゴで、おれは一生消えないような傷を作らなくちゃいけないのか!? なぁ!?」
「消える消える。安心しろ。いくつもありゃ、そのうちひとつなんかどうってことない」
「……」
じっと紙を見つめる尋里。朝風は元気にその肩を叩いた。
「さっ、やるか!!」
+++++
「違う。違う。違う。違う。違うな。おれ、全然ダメだよー」
尋里がハハハと笑う。朝風は紙を覗きこんで目を丸くした。
「なんだこりゃ!?」
金、茶、薔薇色、ベージュ、オリーブ、マゼンダ、ベンガラ、シアン、プルシャンブルー。
「どんな色だよ!!」
詰め寄られて尋里は肩をすくめる。
「だっておれ、当てたくないんだもーんっ」
「『もーん』じゃねえ! 真面目にやれーっ!」
小さなアパートに、朝風の怒声が響いた。
(終)