星見探偵事務所
「よう、セージ」
碧は右手を挙げて挨拶をする。
星次はそんな碧を無表情にじっと見て、つぎに火夏を見て、宗直を見て、最後に碧をもう一度見て、きっぱりと言った。
「恥ずかしいテーブルですね」
「三流以下ご案内ーッ」
碧が頭を抱えて騒ぐ。
「ひでェよあんまりだよおまえとの友情なんざたった今俺の心がガラスのように砕けてなンにも映らなくなっちまってもうおしまいだな!」
片手で額をおさえ、『ハッ』ともう片手を振った碧の手を、星次が両手で包み込む。
「それなら僕の心も壊します。それが友情ってものですから」
「何その『お互い様で許してくれ』みたいな。『たびたび壊しますから』宣言みたいな。そんな壊されてたまるかよ!」
碧がその手を振りほどく。
さほど気にした様子もなく、星次は『失礼します』と言って碧の隣に腰かける。
向かい側では宗直が腕を組んでうんうんうなずいている。涙でも流さんばかりに感動している。
「そうそう、そうやって友情っていうのはだんだんと育まれてゆくものですよね。ぶつかることを恐れちゃいけないんだ。僕たちは、ぶつかるごとに強くなっていくんだ……」
「それで何このひとり納得してるオッサン」
「うざい、宗直」
ばっさりと火夏が切る。そのとたん、宗直のきらめく涙は別のものに変わった。
「うおおおおっ、ブロークンハーッ」
がばっとテーブルに顔を伏せて、おいおいと泣き真似。
やれやれと碧がため息を吐く。
「あんたは早くもっと丈夫になれよ、オッサン。もう十代通り過ぎてんだろ」
「ええ、今じゃもう立派に防弾ガラスの二十代です」
その言葉通り素早い立ち直りを見せて、宗直が顔を上げ、姿勢を直す。
「だいたいねー、一緒に壊れちゃってどうすんの。駄目だよ、そんなの。友達なら助け起こさなくちゃ。共倒れは友情こえてるよ? 愛情だよ、すでに。そんな……そんなのある意味おいしいけど、もったいないしっ、あたしはいったいどうしたらいいのっ?」
「俺に言うなよ……」
正面の火夏は涙声で酔っ払いがからむように碧に話してくる。碧はうんざりとした。
もう疲れた。
「……それで、何のご用ですか?」
割り込んだ静かな声に、横を見る。そして碧は、目の前でまだ説教のようなことを言っている火夏と、その横で傷ついていませんよと見せるためか必要以上にしゃんとした宗直の、ふたりを交互に指差した。
「こいつらが、おまえが幽霊視えんのかどうか知りたいってー」
「……」
嫌な感じの沈黙が返ってきた。まあ、本当かどうかはともかく、面白半分に尋ねられて嬉しいことじゃない。よほどの目立ちたがり以外は。
星次の鋭く細められた目が、火夏と宗直の両方に注がれる。
「……で?」
碧は待てずに訊いた。
いまやじっと火夏のほうを見つめていた星次が、ゆっくりと口を開く。
「……火夏さんは、僕が幽霊が視えると思っているんですね」
きょとんとしていた火夏が、『えーっ』とのけ反る。
つぎに星次は、星次が火夏を見つめていたことで苦い顔をしている宗直をじっと見る。
そして言った。
「宗直さんは、僕に幽霊が視えるわけがないと思っていますね」
シンとする一同の間に、クリームメロンソーダ、コーヒー、紅茶が運ばれてくる。
ウェイトレスは星次に注文を尋ねようとしたけれど、星次は断った。そして、碧のほうを不満げに眉をひそめて見る。
(つづく)