かわいそうなカラスさん
ある森の、ある木の上に、あるカラスさんが住んでいました。
このカラスさんは、他のカラスたちとまったく同じ、なんら変わったところのない、ただのふつうのカラスでしたが、これからこのカラスさんについてのお話をするので、ここでは特別に『カラスさん』とします。でも、なんのへんてこなところのない、ただのカラスです。
全身、真っ黒。ぬれたような黒い羽に、てらてら光る大きなくちばしを持っていて、黒いおめめがぎょろり。そんな怖い姿をしたカラスさんです。でも、カラスというものは、みんなそういう姿ですよね。
このカラスさんは森の嫌われものでした。いいえ、森だけでなく、空でも、人間たちの住むところでも、どこでだってそうでした。鳥たちにも、動物たちにも、その他のどんな生き物にだって、もちろん人間にだって嫌われていました。
カラスさんは、『カラス』として生きているだけで、とくに悪いことなどしていませんでしたが、それでも飛んでいるその姿を見るだけで、みんな嫌がりました。そして、カラスさんのことを悪く言いました。
だいたい、真っ黒なんて、誰もよくは思いません。そのことだけでも、カラスさんは嫌われていました。同じ森に住むほかの鳥たちには、それぞれ色があります。たくさんの色が。赤や青や黄色の羽を、自慢げに広げています。いつでもそれを誇らしく思っています。それは、神様からもらった色だからです。神様が色をつけてくださったのです。地味なすずめにだって、茶色や白で模様がついています。そこで、黒一色のカラスさんを、森の鳥たちはみっともないものだと思って、みんな馬鹿にしていました。何の色ももらえなかったのはカラスさんがよくないからで、自分たちとは違うんだ、と、いつものけものにしていました。姿を見つけると、みんなそのとたんじっとカラスさんを見て黙って、カラスさんが通り過ぎると、その後ろ姿を指差して笑っていました。みんながみんな、そうなのです。それは、このカラスさんをどんなにか傷つけたことでしょう。
ほかのカラスはわかりませんが、このカラスさんは、いつも孤独でした。寂しくて寂しくてたまらないのでした。なぜならこのカラスさんは、みんなと仲良くしたいと、そう思っていたからです。
でも、みんなカラスさんにそんな心があることすら、無視していたのです。どうしてかというと、そんな心があり、このカラスさんが傷ついていると知ったら、もうカラスさんを笑いものにすることは難しいでしょう? 自分たちのほうが悪くなってしまいます。そうしたら、その鳥たちにとってつまらないことだからです。だから、カラスさんには心がないものだとされていました。そのほうが、カラスさんを自分たちとは違うからというだけで嫌うほかの鳥たちにとって、都合がよかったのです。真っ黒いカラスさんは、みんなと違うのです。
カラスさんは用があって飛ぶときでさえ、あんな真っ黒なみっともない姿をしているくせに、それでどうどうと太陽の下を、みんなの空を飛ぶなんて、なんて生意気で嫌なやつ、とみんなに悪く言われました。
もしかしたら、なかには仲良くしたいと思っているものが少しはいたかもしれませんが、大勢がそんなふうにカラスさんのことを馬鹿にしていましたから、誰も仲良くしませんでした。
そんなわけで、誰もカラスさんには近づきません。カラスさんはいつもひとりぼっちです。寂しい毎日でした。それもこれも、黒く生まれたからというだけなのです。そして、カラスさんはそう生まれようと思って生まれたわけではないのです。でも、それが森の仲間から嫌われる理由なのでした。
カラスさんは、みんなから嫌われていることを気にして、まわりにほかの鳥たちが少ない木を選び、お昼にちょっと食べ物を探すとすぐに引っ込んで、木の上でじっとしていました。
さて、このカラスさん。きれいな光るものがとっても大好きでした。上空を飛んでいて、道に落ちている輝くものを見つけると、すぐさま降りていって、くわえて拾って持ち帰り、集めていました。自分が黒一色の地味な姿をしていたので、きれいなものにあこがれたのかもしれません。あるいは、きれいな色を持つ鳥たちに相手にしてもらえないから、かわりに友達に、と思ったのかもしれません。カラスさんは、放り出されている色のきれいな石やガラスを拾い、それを大切に巣に持ち帰りました。多くのカラスがそうでしたが、このカラスさんはとくにそれが大好きでした。そして、あるとき、そういったきれいなものといつも一緒にいたくなって、草のつるなどで結び、自分の体に巻きつけ、首飾りのようにして持ち歩くことを思いつきました。
これは見事な考えでした。
カラスさんはさっそく草のつるを集め、それを一生懸命きらきら光る宝物たちにくくりつけ、結んで、長い長い飾りを作りました。カラスさんだけの首飾りの完成です。カラスさんは喜んでそれを自分の身に巻きつけました。これで、宝物といつも一緒にいられます。おまけに、真っ黒いカラスさんにきれいな色ができました。それはたくさんの宝物の色で、カラスさん自身のものではありませんでしたが、それでもカラスさんは少し、ほんの少し寂しくなくなりました。大事なものに囲まれていることで、わずかに自信さえ持てたのです。なにしろ自慢の宝物たちですから、それをつけて飛べることは、とても誇らしい気持ちでした。それを思いついた自分のことも、誇らしい気持ちがしました。カラスさんは嬉しくて、いつもは姿を見せないようなところへもこれなら飛んでいけると、いそいそと大喜びで飛び立ちました。
カラスさんは、森や野原、人間たちの住む街へと向かいました。そして、本当にあちこち飛び回りました。カラスさんを見た鳥や獣や人間たちは驚きました。何かきらきらしたきれいな色を持つものが飛んでいる、それがあのカラスさんなのです。相変わらず真っ黒な体でしたが、その体にはいくつものきれいな輝くものがついている、それも太陽の光にきらっと輝いて、地面にきれいな色を落として、本当に美しいのでした。
カラスさんは実に気持ちよく空を飛びまわりました。飛んで、飛んで、ずっと遠くまで、いつもは行かないような遠くまで、ずっと羽ばたき続けました。自分の集めたものはこんなにきれいなのだと、ほかのものたちに見せられるのですから、とても気分がよかったのです。いつもみたいな悪口も聞こえません。それは、少しは、『あのカラスが……』なんていう声も聞こえましたが、それは驚きに満ちていて、かえってカラスさんの気分をよくしたのです。だから、気付きませんでした。いつのまにか、つるがほどけてきていることに。
さて、日が落ちる前に帰ろうかと、カラスさんは自分の住む木のほうへ、飛ぶ方向を変えました。そして我が家へ向かって一生懸命疲れた翼を羽ばたかせました。そして、ようやく気付いたのです。つるがほどけて、ひとつ、ひとつ、大事な宝物が、きらきらと光っていた飾りが、どんどん落ちていくことに。
気付いたときにはもう遅く、カラスさんは、宝物をばらまきながら飛んでいました。いまさら飛ぶことをやめることはできません。止まれるようなちょうどよい木も、屋根も、何も見当たりません。カラスさんはなす術もなく、ただ宝物を空から地面へばらまきながら、泣く泣く飛ぶしかなかったのです。カラスさんは本当に悲しい気持ちで次々と落ちてゆく宝物を見つめていました。明日にでも、拾いに行こうと思いながら。
すると、なんということでしょう。カラスさんが落とした先から、ほかの鳥や動物や人間たちが、我先にと宝物に近づいて、それを拾って持って行ってしまうではありませんか。きれいなものを手にしたと喜んで。しかも、それだけでなく、飛んでいるカラスさんのことをあざ笑って。
『こんなものはあいつに似合うはずがない』『まっくろくろのカラスのくせに』『落とすなんて本当にまぬけ』『あいつなんかにはもったいない』『もらっていってやってろう』……。
口々に勝手なことを言って、みんなはカラスさんの宝物をさらっていきます。大事な、大事な、宝物を。
カラスさんは傷ついて、悲しくて、悲しくて、仕方ありませんでした。大切な宝物は落ちてしまった、みんなに持っていかれてしまった、もう二度とこの手には戻らない。それどころか、似合いもしなかった。自分の大事な宝物は、ほかのものたちに言わせれば、似合いもしないものだったのです。カラスさんが持つにはふさわしくないものだったと。真っ黒なカラスさんに、あの色とりどりの光り輝く宝物たちは、持つことができないものだったのだ、と。だから、きっと、草のつるも簡単に切れてしまったに違いない、そう思い、カラスさんはねぐらに戻ってから、しくしく泣きました。
カラスさんの大切にしていた宝物は、カラスさんを馬鹿にするものたちに持っていかれてしまいました。カラスさんを馬鹿にするくせに、そのカラスさんが集めたものを、きれいだと言って拾って持っていってしまいました。また集めればいいという考え方もあるでしょう。でも、また集めてなんになるでしょう。それはカラスさんには似合わないものだと、みんなが馬鹿にして、笑ったのですから。そのことに、どうしようもなくカラスさんは傷ついてしまったのですから。いまやなんの価値があるでしょう。なんの意味があるでしょう。そんなもの集めたって、またみんなに笑われるだけです。
カラスさんは、悲しくて、切なくて、胸が張り裂けそうでした。自分にはもう何もない、何ひとつない、そう思って、カラスさんは夕日が近づく中、ひとりぽっちでしょんぼりしていました。もう死んでしまいたいとまで思っていました。
すると、そのとき、沈みゆくお日さまが、そんなカラスさんに声をかけました。
『カラスさん、カラスさん、あなたは何をそんなに落ち込んでいるの? あなたの翼はわたしの光に照らされて、そんなにもきれいにつやつや輝いているっていうのに』
カラスさんは驚いて自分の翼を見ました。
本当です。黒い翼がお日さまの光で実に見事に美しく輝いています。それはまるで、黒いなめらかな宝石のようです。お日さまの言う通り、つややかに輝いています。
『そら、動いてごらん。とってもきれいだよ』
カラスさんは翼を持ち上げたり、下げたりして、自分の翼の輝きを確かめました。本当に、真っ黒ではあるけれども、それが濡れたように美しく光っています。
そうです、カラスさんには、黒という色があるのでした。
「お日さま、ありがとう」
カラスさんはだんだんと沈んでいくお日さまにお礼を言いました。もう、泣いてはいませんでした。
この世でもっとも身近にある光るもの、それは自分自身が持っていたのです。
それから、カラスさんはお日さまが大好きになりました。
(おわり)
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