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お題会第11回「涙」

ユウリと別れてから半年が過ぎた。
忘れるように仕事に没頭していた。一日中仕事のことを考えていれば時間が過ぎるのはあっという間だった。
けれど、あの部屋に帰るとどうしてもユウリを探してしまう。
別れた後、一週間以上部屋へは入れなかった。
彼女の気配が消えるまでの間、ホテルへ泊まってやり過ごした。どのみち寝に帰るだけだから、眠るのならどこでもよかった。
二週間が経って、ようやく部屋へ入ると、もうそこは以前のようにがらんとした空間に戻っていた。
家具や家電はある。そうではない、人の気配のしない部屋だ。
あちこちに置いていた彼女の物は消え、残っていたのは贈ったアクセサリーだけだった。
季節外れの服も、使いかけのシャンプーや化粧品も姿を消していた。
ほっとしたのと同時に、この空間にずっと一人でいたのかと思うと途端に罪悪感が募った。
いや、気配がある分、今よりも辛かったかもしれない。
待つことほど苦痛なことはないのだろう。
何年も暮らした部屋なのに、なぜかここには居れないと思った。
「リザードン」
ボールのロックを解除して名前を呼ぶと、大きな橙色の体が現れた。
「今からハロンまで飛べるか?」
もちろんだと言うように彼は一声鳴いた。
しばらくぶりの飛行が嬉しいのか、早くと言わんばかりにベランダへと背中を押される。
しっかりと窓の施錠をして、リザードンに跨ると大きな翼を羽ばたかせてベランダから飛んだ。
風はまだ生ぬるい。もうすぐ夏が終わるとはいえ、それは暦の上だけなのだろう。
それでもあの部屋にいるよりははるかにましだった。
愛していた。
最善を尽くしたつもりだった。
けれども、仕事を前にすればほかのことなど忘れてしまう。
何度注意されてもそれだけは変わらない。
だから、理解してくれていると勝手に思い込んでいたのだ。
少しくらい遅くなっても大丈夫。
あとで連絡を返せばいい。
そんな風に思っていたことが間違いだったのだとようやく気がついた。
ワイルドエリアの上空を超え、エンジンシティを超えるとようやく故郷が近づいてきた。
急に故郷の空気が吸いたくなったのだ。
牧草の匂い、ウールーの鳴き声。実家の狭い部屋、満天の星空。
急にそれらが懐かしくなった。
ブラッシータウンに入ると、青々とした草木の匂いが強くなった。
上空から見る限り、もう誰もいない。
日が暮れ始めると、街の人たちは各々家へと帰ってしまうのだ。
明かりがついているとすればポケモンセンターくらいだ。
そんな中、ポケモンセンターから一人、両手で大きな紙袋を抱えた人物が扉を体でこじ開けるようにして出てきた。
白衣姿の鮮やかなオレンジ色の髪に、照明の光を受けて光る髪飾りをしている。
「リザードン、ソニアがいる。降りてくれないか」
ちらりとこちらを一瞬見て、リザードンが降下を始めた。
ドスン、と地響きにも似た音を立ててリザードンが着地をすると、ソニアが振り向いた。
「ダンデ君?」
「やあ、ソニア」
「珍しいね、こっちに来るの。ねぇ、ちょうどいいからこれ、研究所まで運んで」
顔が隠れてしまうくらいの大きな紙袋をあたかも当然と言うように差し出してきた。
それを受け取って後ろをついていく。
ポケモンセンターから歩いてすぐの研究所の照明は落されていて、ホップもいないようだった。
「ホップはいないのか?」
「今ワイルドエリアのフィールドワークに行ってるよ。あと数日は帰ってこないかも」
手近な棚に紙袋を置くと、ワンパチが奥から駆けてきた。
足元をくるくると回って、嬉しそうに舌を出して尻尾を振っている。
その頭を撫で、首のあたりを掻くように撫でると腹を見せて強請る。
「お茶でも飲むー?」
奥の方からソニアの声がした。
「ああ」
「オッケー。座って待っててー」
立ち上がるとワンパチはリザードンの方へと駆けていった。
ヒトカゲの頃からワンパチと一緒に過ごしていたからか、リザードンもワンパチと戯れている。
大きさがかなり違うのに、ああいう風に仲良くできるのは信頼関係があるからなのだろう。
ポケモンですら、信頼関係を築くことができるのに。
ユウリとは築けなかった。築く努力をしなかった。
「で、何かこっちに用事?」
「いや、用事はないんだ。ただ急にハロンが恋しくなった」
「珍しいね。ダンデ君がそんなこと言うなんて」
「キミも、知っているんだろう?」
「うん。ユウリから聞いたよ。別れたって」
特に気にした素振りもなく、ソニアはコーヒーを啜った。
差し出されたコーヒーは、いつものように砂糖だけが用意されている。
「ダンデ君はさ。一個のことをやり始めたら周りが見えなくなっちゃうんだよね。それで皆振り回されるのに、どうしてか嫌いになれないの。でもユウリは耐えられなかったんだね。若いもん、仕方ないよ」
「仕方ない、か…」
「だって、ダンデ君はやり遂げるまでその生活スタイル崩さないでしょ?それにバトルタワーの仕事は一生終わらない。だから仕方ないんだよ」
「それだと俺は一生結婚はできないな」
「そうだねぇ。ダンデ君も私も多分独り身の方が楽だよ」
「キミもか?」
「だって研究楽しいし、一生終わらないもん」
似ているな、と思った。
そこまで達観するまでに、一人の力で乗り越えたのだろうか。
だとしたら、女性は凄いと素直に関心せざるを得ない。
好きだった。愛していた。
その感情に偽りはない。
けれど同じ道を歩いていくことはできなかった。
それは変わりようのない事実で、今更なのだ。
「ダンデ君、ちょっと息抜きしようよ」
ドン、とテーブルの上に置かれたワインボトルに驚いてソニアを見ると、彼女はにやにやと怪しい笑みを浮かべている。
「お酒、付き合って」
研究所に隠している酒はこれだけではないのだろう。
好きだという割に、ソニアは酒に弱い。弱いけれど、眠ってしまうまでひたすら飲み続けるのだ。
彼女はもう飲む気満々用意を始めていて、とても帰るとは言えなかった。
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