ジンクス
何もしていないときにさえ、あの子の顔が浮かぶようになった。
オマエにとって、オレはなんなのだろう。
時折、そんな疑問が頭の中を巡る。
オレがどう想ってるかなんて知りもしないで、無防備な笑顔を振りまく。
なのに、彼女は誰といてもそうなのだ。自分にだけではない。
そんなもの、見たくない。自分以外にそんな笑顔を見せないでほしい。
他の男といる姿なんて、もっと見たくない。
この感情に、恋だの愛だの名前を付けていいものなのだろうか。
愛おしい。なのに、滅茶苦茶に壊してもやりたくなる。
『恋』とも『愛』とも違うこの感情を、言葉にすることはできない。
酒を片手にぼんやりとテレビを眺める。
海外物のラブコメディどうしてこんなに騒がしいのだろう。
作り話なら話は簡単だ。
紆余曲折あって、結局、最後はめでたしめでたし。二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
そう締めくくられる。
でも現実はそんなに簡単ではない。
「ユウリ」
誰もいない空間に、彼女の名前を呟いてみる。
小さな声はテレビの音にかき消された。
グラスに入っていたウイスキーを一気に呷る。いくら飲んでも酔うことはない。酔っ払って寝て、楽しい夢を見る。
そんなことすら今はもうない。
もう長いこと、まともに眠れていないような気がした。
不意に電子音が鳴って、ロトムの抜けたスマホを手に取る。
ミュートにしない限り四六時中通知を知らせるそれをマナーモードに切り替えて、通知をタップした。
公式アカウントとは別に作ったサブアカウントはユウリの『追っかけ』たちばかりをフォローしたものだ。別に監視が目的ではない。最初の頃は純粋に、危なっかしい彼女の行方を知るための術だった。
暇さえあればワイルドエリアの天候も関係なしにキャンプをする彼女の行動は度々問題になった。けして、誰かと何をしているのか知りたいわけではない。
そう言い聞かせるものの、本音は彼女が今どこにいるのか知りたいのだ。
重症だな、と呟いてグラスに酒を注ぐ。
監視するつもりはないなんて言いながら、他人に嫉妬する。もはや嫉妬で済まされる程度なのだろうかと自問自答を繰り返す。
最近はユウリから避けられている気がしている。
あれはクリスマスの時だったろうか。
クリスマスイベントを開催して、いつも以上に街は賑わっていた。
歩くだけで声を掛けられるなんてことはいつものことだが、あの時期は酷かった。仕事で移動するときも外へ出れば囲まれて結局歩けず、フライゴンに乗って空を移動していたほどだ。
仕事を終えて帰宅しようと外へ出た瞬間も女性たちに囲まれた。
自分の家に帰るだけでこれか、と呆れた表情を笑顔で隠してファンサービスをする。
一人群を抜いて綺麗な女性だったことは覚えている。その女性と写真を撮るだけのつもりが、その女性は抱きついてきた。けれど、それもよくあることの一つで、相応の対応をしていると、遠く後ろの方にユウリの姿が見えた。
瞬間的にまずいと思ったが追いかけようにも追いかけられず、ユウリは去っていった。
その背中は悲しそうにいつもより小さくなっていたような気もする。
ユウリが忙しいと理由をつけて避けるようになったのは、あの時からだと思う。年末くらいは二人で夕食でもと誘ってみても、忙しい、ごめんなさい。そうメッセージが返ってきた。
その後一か月経った今も何の音沙汰もない。
SNSを見る限りではワイルドエリアにいるかシュートシティにいるかのどちらからしいが、電話すら出てくれない現状では会いに行っても会えないだろう。
不特定多数の好意などいらない。
欲しいのはユウリだけだ。
たまに見せる、少し表情の歪んだ笑みが脳裏に浮かぶ。
守りたい、滅茶苦茶にしたい。張り付いた笑顔を引っ剥がして泣かせたい。
自分なしでは生きられないようにしたい。
なぜこうなってしまったのか、わからない。
まだ出会った頃は妹のような存在だった。
ワイルドエリアの魔物たちに怯えるトレーナーだった。
いつの間にか追い抜いて、ダンデにまで勝ってチャンピオンの座に君臨した。
子供の成長は恐ろしい。辿々しかったマスコミ対応も今では淡々と受け答えをしている。幼かった体つきも女性の丸みを帯びた体つきになった。
少女が必死で生きる姿に、守りたいと思った。
この地位を守ってやりたい。幼い女王の元に誰一人通さない。
最初は、そう思ったのだ。
彼女のポケモンたちへの情熱とバトルの才能はダンデと同類のものだ。世間はそれを『天才』と呼ぶ。けれどもそれは人々の空想だ。ダンデもユウリも並ならぬ努力をしていることなど、誰も知らない。
だから世間は彼らを批判する。
そのうちに、彼女は少女ではなく女性としての扱いを受けるようになった。
下衆なマスコミは彼女をも対象にした。
どうして幼馴染のホップとキャンプをしているだけで彼氏だと言えるのか。
その記事を読んだときは笑いが止まらなかった。あり得ない、そう笑って誤魔化したところで、芽生えた焦りは消えなかった。
結んでいない髪が鬱陶しい。
暑いのか、寒いのか。苦しいのか痛いのか。
幸せなのか、辛いのか。
感情とはどのようなものだったか。
考えれば考えるほどに胸が締め付けられる。
ふと、開きっぱなしだったカレンダーアプリの予定を見る。月末の予定にユウリの誕生日が加わっていた。
今年は、何を上げたら喜ぶだろう。
渡したいものがあると言えば会ってくれるだろうか。
「会いてぇなぁ…」
何かメッセージを送ろうかとメッセージアプリを起動するが、結局そのまま閉じた。
見てももらえないだろうメッセージを送ることに何の意味も見いだせなかった。
ホーム画面に置いたSNSアプリは、通知の数だけを数字で表している。
SNSアプリを起動すると、ずらりと並ぶ様々な情報の一つに『もうすぐバレンタイン!今話題のカジッチュのジンクス!』と大衆の興味を引くような見出しの記事があった。
今年もバレンタインのチョコレートをユウリは持ってきてくれるだろうか。
去年も一昨年もユウリはバレンタインチョコを振舞っていた。すべて同じ、既製品のチョコレートを。
それでもよかったのだ。
まだ自分には配ってくれる。自分はユウリの圏内にいる。チャンスはあると思えた。
結局、成人まで待っていたらこの様だ。嫉妬に狂った男など、ユウリには似合わない。
けれどももし、チャンスがあるのだとすれば、イベント事は絶好の機会ではないだろうか。
いくら恋愛事に疎いように見えるユウリでも、このジンクスなら知っているだろう。
もし、僅かな可能性があるならば。
少しくらい行動してみても罰は当たらないだろう。
振られるのならばそれまで。このまま距離を置いていけばいいだけだ。
「ジュラルドン、フライゴン。散歩に付き合ってくれよ」
そばに置いていたボールがカタカタと揺れる。まだ起きている証拠だ。
パーカーを羽織ってブーツに履き替える。ボールからフライゴンを出すと、嬉しそうに一声上げて頬を摺り寄せてきた。
「ワイルドエリアまで頼むよ」
承知したと言わんばかりにもう一声鳴いて、一気に上昇する。
冬の風が露出した肌を突き刺した。
オマエにとって、オレはなんなのだろう。
時折、そんな疑問が頭の中を巡る。
オレがどう想ってるかなんて知りもしないで、無防備な笑顔を振りまく。
なのに、彼女は誰といてもそうなのだ。自分にだけではない。
そんなもの、見たくない。自分以外にそんな笑顔を見せないでほしい。
他の男といる姿なんて、もっと見たくない。
この感情に、恋だの愛だの名前を付けていいものなのだろうか。
愛おしい。なのに、滅茶苦茶に壊してもやりたくなる。
『恋』とも『愛』とも違うこの感情を、言葉にすることはできない。
酒を片手にぼんやりとテレビを眺める。
海外物のラブコメディどうしてこんなに騒がしいのだろう。
作り話なら話は簡単だ。
紆余曲折あって、結局、最後はめでたしめでたし。二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
そう締めくくられる。
でも現実はそんなに簡単ではない。
「ユウリ」
誰もいない空間に、彼女の名前を呟いてみる。
小さな声はテレビの音にかき消された。
グラスに入っていたウイスキーを一気に呷る。いくら飲んでも酔うことはない。酔っ払って寝て、楽しい夢を見る。
そんなことすら今はもうない。
もう長いこと、まともに眠れていないような気がした。
不意に電子音が鳴って、ロトムの抜けたスマホを手に取る。
ミュートにしない限り四六時中通知を知らせるそれをマナーモードに切り替えて、通知をタップした。
公式アカウントとは別に作ったサブアカウントはユウリの『追っかけ』たちばかりをフォローしたものだ。別に監視が目的ではない。最初の頃は純粋に、危なっかしい彼女の行方を知るための術だった。
暇さえあればワイルドエリアの天候も関係なしにキャンプをする彼女の行動は度々問題になった。けして、誰かと何をしているのか知りたいわけではない。
そう言い聞かせるものの、本音は彼女が今どこにいるのか知りたいのだ。
重症だな、と呟いてグラスに酒を注ぐ。
監視するつもりはないなんて言いながら、他人に嫉妬する。もはや嫉妬で済まされる程度なのだろうかと自問自答を繰り返す。
最近はユウリから避けられている気がしている。
あれはクリスマスの時だったろうか。
クリスマスイベントを開催して、いつも以上に街は賑わっていた。
歩くだけで声を掛けられるなんてことはいつものことだが、あの時期は酷かった。仕事で移動するときも外へ出れば囲まれて結局歩けず、フライゴンに乗って空を移動していたほどだ。
仕事を終えて帰宅しようと外へ出た瞬間も女性たちに囲まれた。
自分の家に帰るだけでこれか、と呆れた表情を笑顔で隠してファンサービスをする。
一人群を抜いて綺麗な女性だったことは覚えている。その女性と写真を撮るだけのつもりが、その女性は抱きついてきた。けれど、それもよくあることの一つで、相応の対応をしていると、遠く後ろの方にユウリの姿が見えた。
瞬間的にまずいと思ったが追いかけようにも追いかけられず、ユウリは去っていった。
その背中は悲しそうにいつもより小さくなっていたような気もする。
ユウリが忙しいと理由をつけて避けるようになったのは、あの時からだと思う。年末くらいは二人で夕食でもと誘ってみても、忙しい、ごめんなさい。そうメッセージが返ってきた。
その後一か月経った今も何の音沙汰もない。
SNSを見る限りではワイルドエリアにいるかシュートシティにいるかのどちらからしいが、電話すら出てくれない現状では会いに行っても会えないだろう。
不特定多数の好意などいらない。
欲しいのはユウリだけだ。
たまに見せる、少し表情の歪んだ笑みが脳裏に浮かぶ。
守りたい、滅茶苦茶にしたい。張り付いた笑顔を引っ剥がして泣かせたい。
自分なしでは生きられないようにしたい。
なぜこうなってしまったのか、わからない。
まだ出会った頃は妹のような存在だった。
ワイルドエリアの魔物たちに怯えるトレーナーだった。
いつの間にか追い抜いて、ダンデにまで勝ってチャンピオンの座に君臨した。
子供の成長は恐ろしい。辿々しかったマスコミ対応も今では淡々と受け答えをしている。幼かった体つきも女性の丸みを帯びた体つきになった。
少女が必死で生きる姿に、守りたいと思った。
この地位を守ってやりたい。幼い女王の元に誰一人通さない。
最初は、そう思ったのだ。
彼女のポケモンたちへの情熱とバトルの才能はダンデと同類のものだ。世間はそれを『天才』と呼ぶ。けれどもそれは人々の空想だ。ダンデもユウリも並ならぬ努力をしていることなど、誰も知らない。
だから世間は彼らを批判する。
そのうちに、彼女は少女ではなく女性としての扱いを受けるようになった。
下衆なマスコミは彼女をも対象にした。
どうして幼馴染のホップとキャンプをしているだけで彼氏だと言えるのか。
その記事を読んだときは笑いが止まらなかった。あり得ない、そう笑って誤魔化したところで、芽生えた焦りは消えなかった。
結んでいない髪が鬱陶しい。
暑いのか、寒いのか。苦しいのか痛いのか。
幸せなのか、辛いのか。
感情とはどのようなものだったか。
考えれば考えるほどに胸が締め付けられる。
ふと、開きっぱなしだったカレンダーアプリの予定を見る。月末の予定にユウリの誕生日が加わっていた。
今年は、何を上げたら喜ぶだろう。
渡したいものがあると言えば会ってくれるだろうか。
「会いてぇなぁ…」
何かメッセージを送ろうかとメッセージアプリを起動するが、結局そのまま閉じた。
見てももらえないだろうメッセージを送ることに何の意味も見いだせなかった。
ホーム画面に置いたSNSアプリは、通知の数だけを数字で表している。
SNSアプリを起動すると、ずらりと並ぶ様々な情報の一つに『もうすぐバレンタイン!今話題のカジッチュのジンクス!』と大衆の興味を引くような見出しの記事があった。
今年もバレンタインのチョコレートをユウリは持ってきてくれるだろうか。
去年も一昨年もユウリはバレンタインチョコを振舞っていた。すべて同じ、既製品のチョコレートを。
それでもよかったのだ。
まだ自分には配ってくれる。自分はユウリの圏内にいる。チャンスはあると思えた。
結局、成人まで待っていたらこの様だ。嫉妬に狂った男など、ユウリには似合わない。
けれどももし、チャンスがあるのだとすれば、イベント事は絶好の機会ではないだろうか。
いくら恋愛事に疎いように見えるユウリでも、このジンクスなら知っているだろう。
もし、僅かな可能性があるならば。
少しくらい行動してみても罰は当たらないだろう。
振られるのならばそれまで。このまま距離を置いていけばいいだけだ。
「ジュラルドン、フライゴン。散歩に付き合ってくれよ」
そばに置いていたボールがカタカタと揺れる。まだ起きている証拠だ。
パーカーを羽織ってブーツに履き替える。ボールからフライゴンを出すと、嬉しそうに一声上げて頬を摺り寄せてきた。
「ワイルドエリアまで頼むよ」
承知したと言わんばかりにもう一声鳴いて、一気に上昇する。
冬の風が露出した肌を突き刺した。
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