その他
「そんなものって何よ!!」
ソニアの怒号が研究室に響き渡る。
「ソニア」
涙目になって怒鳴り声を上げるソニアに弁明しようと名前を呼ぶ。
「兄貴、今のは駄目なんだぞ…」
もこもこ毛のバイウールーに抱きつきながら呆れた目をしているホップを横目に、ダンデは自分の失言に内心舌打ちをする。
ことの発端は些細なことだった。
ダンデがメモを取ろうとソニアのデスクから万年筆を借りた。
その古い万年筆は劣化が進んでいて、インクは乾いてきていたし、ペン先は使い込まれて書いた線は二重になる。
だから言ってしまったのだ。
そんなものは使わない方がいい、と。
本当は『そんなに使い込こんだ万年筆は修理してから使うべきだ』という意味だったのだ。
通じるだろうと思った。
幼いころからの仲だから。
「兄貴、あれ、ソニアが一番大事にしてる万年筆だぞ」
ホップがそっとダンデに耳打ちする。
「ソニア、すまなかった。そういう意味で言ったんじゃないんだ」
わなわなと肩を震わせているその背中はとても小さくて。
肩に手をかけようとしてもすぐに振り払われてしまう。
「ダンデくん…その万年筆、覚えてないの?」
くすんだ紫色の万年筆。
昔からソニアのデスクにあったことだけは覚えている。
昔はもう少し、自分の髪の色に近い色だった気がする。
「初めて…ダンデくんからもらったんだよ。いくらダンデくんでも、私の大事なもの、そんなものなんて言わないでよ」
「俺があげた?」
覚えてなかったんだね、と伏せた目からは涙が一粒落ちた。
「そうだよね、覚えてないよね。ずっと前にダンデくんからもらったんだよ」
あげた事すら忘れていた万年筆。
それをソニアが今でも大切にしているという事実には嬉しい。
嬉しいがこの状況は全く持って嬉しくない。
なぜ覚えていなかったんだと後悔したところで今更だった。
謝罪の言葉を告げてもソニアはダンデを見ない。
小さな肩はいまだに小さく震えている。
部屋の隅で様子を伺っていたホップに目配せをして、研究室からの退室を促す。
よほど居心地が悪かったのか、ホップはバイウールーを引き連れてそそくさと出ていった。
パタンとドアが閉まって、ダンデはゆっくりとソニアに近づいて、紫色の万年筆をぎゅっと握ぎりしめている彼女の手をゆっくりと解きほぐしていく。
「…修理に出してから使えばいいという意味だったんだ」
俺が言葉が足りないのは知っているだろう、と万年筆を渡す。
ソニアは白衣の裾で丁寧に拭いて、そっとデスクの上に戻した。
「きちんと修理に出そう」
な、と意思を確認すればソニアは小さく頷いた。
目元の涙は乾き始めていて、黒い線と一緒に固まりつつある。
「ダンデくんには何気ないものだろうけど。私には大事なものなの」
幾分落ち着いたのかゆっくりとソニアは喋り出した。
「君は俺が渡したもの、大事にしてくれてるんだな」
そっと抱きしめれば、抵抗なくそのままソニアはダンデの胸に顔を埋める。
抱きしめた体を擦って嗅ぎなれた甘い、けれどもどこか爽やかな彼女の香りを吸い込む。
たまたま貰い物の中の一つを何気なくソニアにあげたものだったと思う。
まだ付き合うことなんて考えていなかったころのものかもしれない。
部屋をよく見れば、ダンデが渡したものがかなりある。
マグカップ、ペアグラス。よくわからないオブジェや小物。
全てが貰い物で、好きにしてくれと置いていった物。
この中にダンデ自身がソニアのために選んだものはない。
「この中にもう一つ加えてもいいか?」
顔を上げた彼女の目元の黒い筋を拭ってお詫びの印に額にそっとキスを一つ。
「別に…何もねだってるわけじゃないよ?」
「それはわかってる。俺が加えてほしいんだ」
困惑した表情をして、ソニアはしぶしぶと頷く。
貰い物なんかじゃなく。ダンデ自身が選んだものを彼女が喜んでくれることを期待して。
ダンデは思いきりソニアを抱きしめた。
ソニアの怒号が研究室に響き渡る。
「ソニア」
涙目になって怒鳴り声を上げるソニアに弁明しようと名前を呼ぶ。
「兄貴、今のは駄目なんだぞ…」
もこもこ毛のバイウールーに抱きつきながら呆れた目をしているホップを横目に、ダンデは自分の失言に内心舌打ちをする。
ことの発端は些細なことだった。
ダンデがメモを取ろうとソニアのデスクから万年筆を借りた。
その古い万年筆は劣化が進んでいて、インクは乾いてきていたし、ペン先は使い込まれて書いた線は二重になる。
だから言ってしまったのだ。
そんなものは使わない方がいい、と。
本当は『そんなに使い込こんだ万年筆は修理してから使うべきだ』という意味だったのだ。
通じるだろうと思った。
幼いころからの仲だから。
「兄貴、あれ、ソニアが一番大事にしてる万年筆だぞ」
ホップがそっとダンデに耳打ちする。
「ソニア、すまなかった。そういう意味で言ったんじゃないんだ」
わなわなと肩を震わせているその背中はとても小さくて。
肩に手をかけようとしてもすぐに振り払われてしまう。
「ダンデくん…その万年筆、覚えてないの?」
くすんだ紫色の万年筆。
昔からソニアのデスクにあったことだけは覚えている。
昔はもう少し、自分の髪の色に近い色だった気がする。
「初めて…ダンデくんからもらったんだよ。いくらダンデくんでも、私の大事なもの、そんなものなんて言わないでよ」
「俺があげた?」
覚えてなかったんだね、と伏せた目からは涙が一粒落ちた。
「そうだよね、覚えてないよね。ずっと前にダンデくんからもらったんだよ」
あげた事すら忘れていた万年筆。
それをソニアが今でも大切にしているという事実には嬉しい。
嬉しいがこの状況は全く持って嬉しくない。
なぜ覚えていなかったんだと後悔したところで今更だった。
謝罪の言葉を告げてもソニアはダンデを見ない。
小さな肩はいまだに小さく震えている。
部屋の隅で様子を伺っていたホップに目配せをして、研究室からの退室を促す。
よほど居心地が悪かったのか、ホップはバイウールーを引き連れてそそくさと出ていった。
パタンとドアが閉まって、ダンデはゆっくりとソニアに近づいて、紫色の万年筆をぎゅっと握ぎりしめている彼女の手をゆっくりと解きほぐしていく。
「…修理に出してから使えばいいという意味だったんだ」
俺が言葉が足りないのは知っているだろう、と万年筆を渡す。
ソニアは白衣の裾で丁寧に拭いて、そっとデスクの上に戻した。
「きちんと修理に出そう」
な、と意思を確認すればソニアは小さく頷いた。
目元の涙は乾き始めていて、黒い線と一緒に固まりつつある。
「ダンデくんには何気ないものだろうけど。私には大事なものなの」
幾分落ち着いたのかゆっくりとソニアは喋り出した。
「君は俺が渡したもの、大事にしてくれてるんだな」
そっと抱きしめれば、抵抗なくそのままソニアはダンデの胸に顔を埋める。
抱きしめた体を擦って嗅ぎなれた甘い、けれどもどこか爽やかな彼女の香りを吸い込む。
たまたま貰い物の中の一つを何気なくソニアにあげたものだったと思う。
まだ付き合うことなんて考えていなかったころのものかもしれない。
部屋をよく見れば、ダンデが渡したものがかなりある。
マグカップ、ペアグラス。よくわからないオブジェや小物。
全てが貰い物で、好きにしてくれと置いていった物。
この中にダンデ自身がソニアのために選んだものはない。
「この中にもう一つ加えてもいいか?」
顔を上げた彼女の目元の黒い筋を拭ってお詫びの印に額にそっとキスを一つ。
「別に…何もねだってるわけじゃないよ?」
「それはわかってる。俺が加えてほしいんだ」
困惑した表情をして、ソニアはしぶしぶと頷く。
貰い物なんかじゃなく。ダンデ自身が選んだものを彼女が喜んでくれることを期待して。
ダンデは思いきりソニアを抱きしめた。