その他
窓辺に置かれたベッドに腰掛けて、隣で熟睡しているワンパチを撫でながらぼうっと物思いにふける。
最近は執筆が忙しく、研究以外のことを考える時間も余裕もなかった。
久々の開放感に一息ついて星空を眺める。
周りに高い建物がないここは、ガラルの中でも特に静かで夜空を遮るものもない。
星を一つ、二つと線でつないで星座を作って遊んでいると、こちらに向かって飛んでくるオレンジ色が目に飛び込んできた。
見慣れたシルエット。
リザードン。
慌ててコートを羽織って外に飛び出る。
紫の長髪がリザードンの背でぐったりとしていた。
ソニアを見つけたリザードンは困ったように小さく一声鳴いて背中に乗っている人物を下ろす。
「リザードン、ありがとー」
自分よりに大きいダンデをリザードンと一緒に家の中にへ運び入れる。
肩に彼の腕を回した瞬間、強烈なアルコールの匂いに咽せそうになる。
大方、バトルタワー関連の接待でもしていたのだろう。
酔い潰れるとダンデはなぜかシュートシティの自宅でもハロンタウンの実家でもなくソニアの元へやってくる。
理由を聞いても当の本人は覚えていないという。
「ダンデくん!ねぇってば!」
ソファーに座らせてダンデの肩を強めに揺する。
「ん…ソニア…か?」
「そうよ!また酔っ払ってうちに来て…」
うっすらと目を開けたダンデはまだ微睡んでいる。
仕方ないというようにため息をついて上着を脱がせようと伸ばした手が止まった。
「…ダンデくん、それは?」
襟元に赤い口紅の擦れたような跡。
はっきりとした跡ではない分、なんだか余計に生々しい。
「なんのことだ?」
「襟の…口紅…」
小金色の瞳が僅かに揺らいで慌てて手で探す。
とっさに左の襟元を触れたあたり、覚えがあるのだろう。
「ダンデくんがうちに来るにはいつものことだし、別にいいのよ。…でもね、彼女と会った日だけは…やめてくれないかな」
いつものように。何でもないことを話すように。
笑顔で。
「ん?俺に彼女はいないぞ?」
相変わらず悪気なんて全くないような顔でソニアを見るダンデにだんだんと苛立ちが募る。
「ソニア」
怒りと悲しみと、よくわからないいくつもの感情が襲ってくる。
ー名前を呼ばないで。お願いだからそっとしておいて。
ただの幼馴染みでいたいの。
何度も声を出さずに唱える。
まだ少女だった頃。
バトルが強くて、無邪気に笑う方向音痴な男の子に恋をした。
いつも助けてくれ、なんて言って呼び出され、時にはリザードンに乗ってやってくる。
いつだってソニアがため息をついて、ダンデは笑っていた。
ソニアの作ったカレーを食べ、ポケモンの話に花が咲く。
本で得た知識を話せば黄金色の瞳を輝かせて真剣に聞く。
けれど、ずるずると長い間、そんなことを繰り返しているうちにダンデはチャンピオンになり、『無敗のダンデ』と呼ばれガラル中のスターとなった。
メディアに引っ張りだこで外を歩けば老若男女問わず声を掛けられる。
まさに雲の上の人だった。
彼の邪魔になってはいけない。
一歩、二歩と少しずつダンデのいる世界から背を向ける。
今までのように彼が来たら迎えて。
でも自分からはけして連絡を取らない。
辛くて涙を流す日も、嬉しいことがあった日も。
スマホロトムで宛先を空欄にメッセージを書いては削除する。
でもなぜかメッセージを削除した後に必ず連絡がくるのだ。
体調はどうだ?
研究の調子は?
連載おめでとう
無邪気な彼はひたすらソニアの恋心に塩を塗り続けた。
いい加減にもうやめてほしい。
拗らせすぎてねじ曲がった恋心に蓋をしたい。
私には研究さえあれば大丈夫。
そう、思い始めていたのにやっぱり本人に会えば決意なんてしなかったも同然に湧き上がってくる。
「ソニア」
一瞬のうちに顎を持ち上げられ、唇に温かいものが触れる。
それがダンデの唇だとわかるのに数秒の時間を要した。
「なんで…毎回私のとこに来るのよ」
「俺がリザードンにいつも言ってるからな。何かあったらソニアの所へ、と」
「方向音痴で超がつくくらい鈍感な癖に、なんでいつもタイミングよく連絡してくるのよ…」
「ソニアのロトムは俺が渡したものだからだな」
「…え?」
血の気が一気に引いて、ぞわぞわと全身に鳥肌が立つ。
唖然として見れば、目の前の男はにかっと歯を見せて笑っている。
「全部届いてたぜ!」
ー全部?
あの恥ずかしい少女のような内容を全部。
本人に送っていた…?
目の前が真っ暗になるという感覚を身をもって体験するとは思ってもいなかった。
スピーチで内容を忘れた時でもフル稼働していた脳は今や完全にフリーズ状態。
「なあ、ソニア。言うのが遅くなってすまなかった」
フローリングに跪いてそっとソニアの左手を取る。
フリーズしていた脳は現実逃避を始めたかのように、王子様ってこういう人のことを言うんだろうなぁなんて呑気なことを考え始める。
「俺と、結婚を前提に付き合ってはくれませんか」
彼の声が脳内で木霊する。
「けっこん…?」
目の前の、顔を真っ赤にしている男は誰だろう。
結婚ってなんだっけ。
フリーズ状態から早急に処理を求められた脳は煙を上げている。
「ああ、先に言っておくとこの口紅はさっきの接待の時に酔った女性を支えるときについたつものだな」
ばつが悪そうに頬を掻いて、黄金色の瞳が揺らぐ。
「酔った勢いの告白なんて、ムードもなにもないじゃないの…」
涙で視界がにじんでいく。
すっぴんで、服も部屋着で。
漂うアルコールの匂い。
ぼろぼろと泣き出すソニアにあからさまな動揺を見せる男。
なんて無様な二人なんだろう。
それでも返事は一つしかない。
答えはYesだ。
最近は執筆が忙しく、研究以外のことを考える時間も余裕もなかった。
久々の開放感に一息ついて星空を眺める。
周りに高い建物がないここは、ガラルの中でも特に静かで夜空を遮るものもない。
星を一つ、二つと線でつないで星座を作って遊んでいると、こちらに向かって飛んでくるオレンジ色が目に飛び込んできた。
見慣れたシルエット。
リザードン。
慌ててコートを羽織って外に飛び出る。
紫の長髪がリザードンの背でぐったりとしていた。
ソニアを見つけたリザードンは困ったように小さく一声鳴いて背中に乗っている人物を下ろす。
「リザードン、ありがとー」
自分よりに大きいダンデをリザードンと一緒に家の中にへ運び入れる。
肩に彼の腕を回した瞬間、強烈なアルコールの匂いに咽せそうになる。
大方、バトルタワー関連の接待でもしていたのだろう。
酔い潰れるとダンデはなぜかシュートシティの自宅でもハロンタウンの実家でもなくソニアの元へやってくる。
理由を聞いても当の本人は覚えていないという。
「ダンデくん!ねぇってば!」
ソファーに座らせてダンデの肩を強めに揺する。
「ん…ソニア…か?」
「そうよ!また酔っ払ってうちに来て…」
うっすらと目を開けたダンデはまだ微睡んでいる。
仕方ないというようにため息をついて上着を脱がせようと伸ばした手が止まった。
「…ダンデくん、それは?」
襟元に赤い口紅の擦れたような跡。
はっきりとした跡ではない分、なんだか余計に生々しい。
「なんのことだ?」
「襟の…口紅…」
小金色の瞳が僅かに揺らいで慌てて手で探す。
とっさに左の襟元を触れたあたり、覚えがあるのだろう。
「ダンデくんがうちに来るにはいつものことだし、別にいいのよ。…でもね、彼女と会った日だけは…やめてくれないかな」
いつものように。何でもないことを話すように。
笑顔で。
「ん?俺に彼女はいないぞ?」
相変わらず悪気なんて全くないような顔でソニアを見るダンデにだんだんと苛立ちが募る。
「ソニア」
怒りと悲しみと、よくわからないいくつもの感情が襲ってくる。
ー名前を呼ばないで。お願いだからそっとしておいて。
ただの幼馴染みでいたいの。
何度も声を出さずに唱える。
まだ少女だった頃。
バトルが強くて、無邪気に笑う方向音痴な男の子に恋をした。
いつも助けてくれ、なんて言って呼び出され、時にはリザードンに乗ってやってくる。
いつだってソニアがため息をついて、ダンデは笑っていた。
ソニアの作ったカレーを食べ、ポケモンの話に花が咲く。
本で得た知識を話せば黄金色の瞳を輝かせて真剣に聞く。
けれど、ずるずると長い間、そんなことを繰り返しているうちにダンデはチャンピオンになり、『無敗のダンデ』と呼ばれガラル中のスターとなった。
メディアに引っ張りだこで外を歩けば老若男女問わず声を掛けられる。
まさに雲の上の人だった。
彼の邪魔になってはいけない。
一歩、二歩と少しずつダンデのいる世界から背を向ける。
今までのように彼が来たら迎えて。
でも自分からはけして連絡を取らない。
辛くて涙を流す日も、嬉しいことがあった日も。
スマホロトムで宛先を空欄にメッセージを書いては削除する。
でもなぜかメッセージを削除した後に必ず連絡がくるのだ。
体調はどうだ?
研究の調子は?
連載おめでとう
無邪気な彼はひたすらソニアの恋心に塩を塗り続けた。
いい加減にもうやめてほしい。
拗らせすぎてねじ曲がった恋心に蓋をしたい。
私には研究さえあれば大丈夫。
そう、思い始めていたのにやっぱり本人に会えば決意なんてしなかったも同然に湧き上がってくる。
「ソニア」
一瞬のうちに顎を持ち上げられ、唇に温かいものが触れる。
それがダンデの唇だとわかるのに数秒の時間を要した。
「なんで…毎回私のとこに来るのよ」
「俺がリザードンにいつも言ってるからな。何かあったらソニアの所へ、と」
「方向音痴で超がつくくらい鈍感な癖に、なんでいつもタイミングよく連絡してくるのよ…」
「ソニアのロトムは俺が渡したものだからだな」
「…え?」
血の気が一気に引いて、ぞわぞわと全身に鳥肌が立つ。
唖然として見れば、目の前の男はにかっと歯を見せて笑っている。
「全部届いてたぜ!」
ー全部?
あの恥ずかしい少女のような内容を全部。
本人に送っていた…?
目の前が真っ暗になるという感覚を身をもって体験するとは思ってもいなかった。
スピーチで内容を忘れた時でもフル稼働していた脳は今や完全にフリーズ状態。
「なあ、ソニア。言うのが遅くなってすまなかった」
フローリングに跪いてそっとソニアの左手を取る。
フリーズしていた脳は現実逃避を始めたかのように、王子様ってこういう人のことを言うんだろうなぁなんて呑気なことを考え始める。
「俺と、結婚を前提に付き合ってはくれませんか」
彼の声が脳内で木霊する。
「けっこん…?」
目の前の、顔を真っ赤にしている男は誰だろう。
結婚ってなんだっけ。
フリーズ状態から早急に処理を求められた脳は煙を上げている。
「ああ、先に言っておくとこの口紅はさっきの接待の時に酔った女性を支えるときについたつものだな」
ばつが悪そうに頬を掻いて、黄金色の瞳が揺らぐ。
「酔った勢いの告白なんて、ムードもなにもないじゃないの…」
涙で視界がにじんでいく。
すっぴんで、服も部屋着で。
漂うアルコールの匂い。
ぼろぼろと泣き出すソニアにあからさまな動揺を見せる男。
なんて無様な二人なんだろう。
それでも返事は一つしかない。
答えはYesだ。