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ランチボックスシリーズ

「あー…降ってるな」
しとしとと降り注ぐ雨、ならばまだ良かった。
ざあざあと音を立て、どんよりと重苦しい雲が空を一面に覆っている。
「こりゃ中止だな」
スマホを手に、ソファで膝を抱えるユウリ。
その表情は空同様に重苦しい。
スケジュールを何度も調整して、ようやくもぎ取った二人揃ってのオフ。
今日はエンジンシティで行われるグルメフェスティバルへ行くつもりだった。
雨の予報は出ていたけど、もしかしたら行けるかもしれないと期待をして、二人揃ってホームページでどの料理を食べるかで昨夜は盛り上がった。
肉、揚げ物、スイーツ。
これがいい、あれが食べたいとはしゃいでいた分、見ているこちらになぜか罪悪感が沸き起こった。
少しの雨ならば傘を差してでも回っただろう。
「中止ですって」
「だろうなぁ。今回は諦めて、また次行こう、な?」
こくりと小さく頷いて、それでもまだ気落ちしているユウリに何か手はないものかと頭を捻る。
とりあえず、キッチンへと向かう。
あちこちの引き出しを開けて発見した電子レンジで作るポップコーンをオーブンレンジに放り込んで、冷蔵庫を開ける。
卵と牛乳、砂糖。バニラエッセンスは確か引き出しの中にあったはずだ。
作り方は知っているけれど、今までなんとなく作る機会がなかった割と簡単にできるスイーツの用意を始める。
小鍋に70gの砂糖と少し浸るくらいの水を入れて火にかける。
スプーンで溶かすようにかき混ぜて、全体が茶色っぽくなったら火を止める。
続いてボウルに卵を4個を白身が完全になくなるまで混ぜて、ぬるいくらいに温めた牛乳を少しずつ混ぜていく。
最後にバニラエッセンスを振り入れて、下準備は完了。
「何作ってるんですか?」
パタパタとスリッパの音を立ててユウリがキッチンへやってきた。
「んー?プリン。上手く作れるかはわかんないけどさ」
いつだったか差し入れに頂いた、高級店のプリンの容器を取り出してカラメルソースを敷く。
なんだか捨てるのがもったいなくて、いつか使えるかもしれないで置いていたものだ。
こんな時に役立つなんて、捨てずに取っておいた自分を心内で褒める。
茶こしで何度も別のボウルへ卵液こし、気泡が消えて滑らかになったら容器へと移していく。
あとでいろいろと盛り付けをすることも考えて、量は七分目。
あとはオーブンレンジの天板に水を張ってメニューからプリンを選べば待つだけだ。
オーブンレンジから取り出した熱々のポップコーンを持ってソファへと戻る。
「映画でも見ようぜ。何飲む?」
「ロイヤルミルクティー…」
少し躊躇いがちに告げるユウリに、思わず笑いが零れた。
「いいよ。作ってくるから映画選んでて」
テレビのリモコンを渡すとユウリは大人しく受け取って選び出す。
恋愛物よりアクションが好きというのだから、今回も派手なアクション連発の話題作を選ぶのだろう。
キッチンへ戻って小鍋に牛乳を弱火で沸かす。
沸騰しないように気をつけながら、大量の三温糖を溶かす。
沸々と気泡が現れたらアッサムの茶葉を一握り。
ゆっくり丁寧に抽出して、茶こしを通して大き目のマグカップへと注ぐ。
味見がてらに一口啜ると、甘い甘いミルクティーだ。
「ありがとう、キバナさん」
「うん」
ソファーへ座ると、映画が始まる。
閉め切ったカーテンに部屋の隅だけを照らすダウンライト。
ポップコーンと甘いミルクティー。
映画館で見るような、けれど映画館よりは断然くつろげる環境で見る映画が好きだ。
途中で止められるし、邪魔も入らない。
ユウリが選んだのはやはりアクション映画だった。
最初から繰り広げられるカーアクションに目が離せなくなる。
軽快に鳴り響く話題曲も映画のストーリーに合っていて、あとで購入しようと決める。
丁度中ごろでオーブンレンジが音を立てた。
ちらちらと振り返りながら天板を取り出して、シンクの上にプリンカップを並べる。
あとは余熱が取れたら冷蔵庫へ入れるだけだ。
甘すぎたミルクティーの口直しにアイスコーヒーを入れて戻ると、コテンとユウリが倒れてきた。
クッションを抱えて食い入るように画面を見ている。
櫛で軽く解いただけの髪を撫で、同じように画面の中の世界へと入っていく。
なんとなく、嫌な予感がした。
開始してもうすぐ二時間。通常の映画ならば物語は終盤のはずなのに、まだこれから、というところだ。
もしかしてこれは。
「…え?」
エンドロールが流れて、ユウリが声を上げる。
「あー…やっぱり。これの続きは来年来るやつか」
「えぇ…いいところだったのに!」
まさかの続編に続く、というやつだ。
なんとも不完全燃焼で後味が悪い。その分次回作には期待が高まるのだけれど。
マグカップを片付けがてらキッチンへ向かうと、プリンカップが目に入った。
映画に集中していて冷蔵庫へ入れるのをすっかりと忘れていた。
少し生暖かいプリンにユウリの目がキラキラと輝いている。
「冷やすの、忘れてた」
「そのまま食べましょう」
ユウリはごそごそと冷凍庫を漁って、バニラアイスと使いかけの生クリームを取り出した。
くるくると器用にスプーンでアイスを削ってカップの上へ持っていく。
電子レンジで軽く解凍した生クリームを絞って周りを縁取る。
カットしたモモンの実やロゼルの実など甘口のきのみを添えて、最後にとくせんリンゴを一かけら。
「えへへ、ちょっと盛りすぎちゃったかな」
家庭だからできる、好きなトッピングをたっぷり乗せたプリン。
トッピングをしたカップを二つ、何も乗せていない普通のプリンを一つ、ユウリはダイニングテーブルに運んでいく。
向かい合うように座ると、ユウリはまず何も乗っていない普通のプリンを掬った。
「んん!美味しい…!」
「ちょっと上がボソボソしてるな。焼きすぎたか」
「でも美味しいですよ?カラメルソースもほろ苦くて、プリンも甘すぎなくて」
瞬く間にカップを一つ、空にして、ユウリは山盛りにトッピングを乗せた方へとスプーンを移動させる。
少し溶け始めたアイスをきのみに絡めて口に運ぶ。
甘いバニラアイスと同じく甘いきのみに今日は糖分の取りすぎだなぁと若干反省しつつ、プリンを掬う。
さほど甘くないプリンは、表面の焼き色の通り固めだ。
上はどちらかと言えば、甘い茶碗蒸しのような触感。
続いて下の方は滑らかなプリン。
なんとも不思議な食べ物だと思った。
「あ」
突如、カーテンの隙間から差し込んだ光にユウリが窓へと駆ける。
勢いよくカーテンを開けると、思わず目を細めるほどの眩しい太陽が部屋を照らした。
「ねえ、キバナさん。虹!」
そこには色鮮やかな半円が広がっていた。
すっかり晴れた空同様に、ユウリの機嫌も戻ったらしい。
それはプリンのお陰か晴れた空か。
どちらかはわからないけれど、どっちでもよかった。
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