ランチボックスシリーズ
ふう、と買ってきた食材の入った袋を玄関に置いて、施錠をする。
こんな時間に家にいるということが滅多にないせいか、照明もつけていないのに明るい部屋にはなんだか違和感を感じる。
しっかりと手を洗って、そのまま部屋着に着替える。
そこまでは暑くないけれど、これからすることを考えて半袖に腕を通した。
イーブイのシルエットがプリントされたベージュの大きめの半袖は、去年キバナさんとお店に買いに行ったものだ。
安いのに丈夫で、シンプルなものからこういったデザインの服まで揃ったお店で、持っている大半の服はここの物だ。
意外にもそれはキバナさんも同じで、私服のシンプルな無地の物や部屋着は安い時にまとめて買うらしい。
あの時も、二人の手一杯に大きなビニール袋を持って帰ってきた。
その中の一着、特にこれはお気に入りだった。
肌ざわりのいいタオル地の半袖と短パンに着替えて、玄関に置きっぱなしにしていた袋とバッグを手にリビングに入る。
白いレースのカーテンから漏れる光は暖かで眩しい。
シンクに買ってきた物を一つずつ袋から取り出す。
ひき肉、卵、パン粉、モーモーミルク、玉ねぎ、大根、人参、レタス、ミニトマト、オレンジジュース。
スパイスケースの中からはナツメグ、塩、胡椒。
冷蔵庫からは味噌とマヨネーズ、醤油、胡麻ドレッシング。
工程別にとりあえず、今必要のない物はカウンターテーブルの上に並べる。
「ロトム、昨日撮ったママのレシピ、開いてくれる?」
すいっと流れるように飛んできたロトムが表示したレシピを見ながら、工程を呟きながら用意していく。
大き目のボウルにひき肉を入れて、塩、胡椒、ナツメグを振りかける。
味は少々薄くても濃くても構わないとママが言っていたから、大体ひき肉の表面全体にまぶす。
続いて味噌を大匙一杯。マヨネーズは大匙二杯。それから卵を二個。
パン粉は少し多めなくらいがいいらしいから、ひき肉が被るくらいに。
その上にモーモーミルクをパン粉に吸わせるようにぐるりとかけて、ゴム手袋をはめる。
ぐにゅっと柔らかい、少し妙な感覚。
すり潰すように、全体に混ざり合うように。
ひたすらひき肉を捏ねて、空気を含ませるように、ひき肉同士がくっついて一つの塊になるまで。
冷たいひき肉とモーモーミルクのせいで手が冷えてきた。
指が悴んできても、ひたすら捏ねていく。
一キロのひき肉を混ぜ合わせるのはなかなか大変だ。
それでもだんだん粘り気が出て白くなり、柔らかい一つの塊になる。
用意していた油の入った皿から少し油を取ってゴム手袋に広げ、一握り程ひき肉を取る。
丸く形を作って、平べったく広げてほんの少し、空気を抜く。
それをひたすら続けて、サランラップを敷いたトレーに並べていく。
ひき肉の三分の二をひたすら丸めて、残りの三分の一はさっきよりも半量のひき肉を丸いまま上から潰していく。
六枚ほど作って、別のトレーに並べていく。
ボウルの中のひき肉がなくなる頃には、右腕がだいぶ怠くなっていた。
ゴム手袋を脱いで乾燥しないようにサランラップをかける。
そのまま冷蔵庫に入れた。
時刻は四時半。キバナさんが帰ってくるまでまだ時間はある。
続いて、玉ねぎも小さくみじん切りにして、人参と大根はスライサーで薄く薄くスライスする。
それを細切りにして、レタスも同じように細く切り水にさらす。
小さな器にマヨネーズを絞って、醤油を小さじ一杯、胡麻ドレッシングを大匙一杯。
全部が混ざるように何度も混ぜて、最後にいりごまをまぶしたら特性マヨソースの出来上がり。
浸していた野菜をザルに開けて水を切り、キッチンペーパーで水分を取る。
透けるほど薄い大根に満足しながら皿に盛り付け、ミニトマトも脇にいくつか添える。
みじん切りにした玉ねぎとオレンジジュース、水と醤油、酒、みりんを同量ずつ測って入れ、弱火にかける。
大き目のフライパンに薄く油を敷いて、楕円形に整形したひき肉を三つ、焼いていく。
油の跳ねる音と、香ばしい匂いが一瞬にしてキッチンに広がった。
ふわふわで持てば形が崩れてしまうほど柔らかい種の側面が少しずつピンク色から白っぽく変わってきたらフライ返しでひっくり返す。
再び奏でる音と匂いのハーモニーは食欲をそそった。
そういえば、遅めに朝食を取って以来何も口にしていない。
帰ってきたのも思っていたより遅かったから、冷蔵庫に用意されていたオムライスにも手を付けていなかった。
冷蔵庫を開けると、中央にオムライスの乗った皿があった。
昨夜、無意識に作ってしまったという私の分のオムライス。
食べたかったけれど、少し予定が外れてしまって、まだ手の付けられていないオムライス。
その横には2切れのケーキ。
パチン、と油が盛大に跳ねる音が聞こえて、慌ててコンロの前に戻って火を止める。
両面うっすらと焼き色をつけたひき肉をアルミホイルを敷いたオーブンレンジの天板に乗せ、肉汁をスプーンで掬っては塗っていく。
そのままオーブンレンジに入れて、メニューからハンバーグを選んでスタートボタンを押せば、あとは自動で丁度良く焼いてくれるはずだ。
弱火で温めていたソースも透き通った玉ねぎがソースの色に色づき始めている。
もうしばらく煮込めば理想のソースになるだろう。
シンクの中に入れたボウルやスプーンを洗っていく。
キッチン周りを拭いて、調味料を片付けて一息つく前に炊飯器を開いてみると、キラキラと光る米粒がぎっしりと並んでいた。
予約タイマーで炊いておいてくれたのだろう。
しゃもじで丁寧にほぐし、、立ち昇る蒸気にさらに空腹を覚える。
時刻は五時半少し前。
そろそろ帰ってくる頃だろう。
陽もだいぶ沈んできて、淡いオレンジの弱弱しい光に変わっていた。
カーテンを閉めて、リビングの照明をつける。
珍しく脱ぎっぱなしの部屋着を畳んで、洗面所の棚へ置く。
天候を操るバトルスタイルと、サダイジャの砂やヌメルゴンの粘液が付くことから、キバナさんは帰ってくるとすぐに部屋着に着替える。
お風呂に入った後に新しいスウェットに着替えるからと、いつもはきちんと洗面台の傍の棚に畳んで置いてあるのだけれども。
どうやら今日はそんな時間がなかったらしい。
ほんの少しの好奇心に、畳んだスウェットを手に取って顔を近づける。
ふわりと香る柔軟剤のフローラルな匂いと、シトラスのボディーソープの匂い。それだけではない、キバナさん自身の香り。
たった一日会わなかっただけなのに、懐かしいようで落ち着く香り。
滑らかな肌ざわりのスウェットを離すに離せないまま、ぼんやりとしていると、ガチャっとドアが開く音がした。
ただいまーと間延びした声に慌ててスウェットを棚の上へ戻す。
開けっ放しだった洗面所の扉から玄関を覗くと、ちょうどスニーカーを脱いでいるところだった。
「おかえりなさい」
「ただいま。顔、赤いな。具合悪いか?」
「い、いえ。多分さっきまで火の前にいたから。ちょっと暑くて」
「今日の夕飯、楽しみでさ。急いで帰ってきたんだ」
へらっと目尻が垂れた笑顔に、つられて口角が上がる。
入れ違いに洗面所を出て、ごく弱火で温めていたソースの火を止める。
オーブンレンジの表示はあと5分だ。
白くて丸い大きな皿を一枚と、小さめの皿一枚に細切りにした野菜を盛り付け、ぽてっとした固めのマヨソースを置く。
その上にミニトマトを一つ、乗せて、皿の片側には楕円形の器で形取った白米。
小さめの皿には米を乗せず、サラダだけを盛り付ける。
丁度鳴ったオーブンレンジから熱々の天板を取り出して大き目のハンバーグを二つ、白米の隣に添える。
その半分ほどのサイズしかないハンバーグを小さめの皿へ乗せ、少しとろみのついたソースをまんべんなくかける。
冷蔵庫からオムライスを取り出して、レンジの中へ入れる。
今日の夕飯のメインはハンバーグだけれど、私はキバナさんの作ってくれたオムライスだ。
どちらも食べたかったから欲張ってしまったけれど。
「あれ、帰ってきたの、遅かったのか?」
「今日は朝もちょっと遅くて、帰ってきたのも遅かったので」
熱々のオーブンレンジに入れたオムライスは、いつもの半分の時間で温まってしまった。
オムライスとハンバーグを並べ、いつも作り置きしているアイスティーを添えて。
「ハンバーグか。すっごい久しぶり」
「ママのレシピ、昨日教えてもらったんです」
いただきます、と二人声を揃えて、キバナさんがハンバーグを一口食べる様子をじっと見つめる。
ハンバーグは途中で味見ができないから、きちんと焼けているか、味は濃すぎないかが不安だった。
「うん、旨い。ふわふわでしっかり肉汁が閉じ込められてる。…けどどっかで食べたことがあるような気がするんだよな。このサラダの見た目も」
「ふふ、これです」
スマホで用意していた写真を見せると、キバナさんは納得したように頷いた。
「そういえば昔、出来た頃に食べに行ったわ」
「小さいころ、テレビのCMで流れる度に食べたいって言ってたらママが作ってくれたんです。当時はシュートにしかお店がなかったから、ハロンから行くのは大変だったみたいで」
「なるほどなぁ。ユウリのお母さん凄いな。昔食べたっきりだけど味、似てると思う」
「気に入ってくれました?」
「勿論。でもユウリはそれだけでいいのか?」
小さい皿に乗った、極々小さなハンバーグに目線を向ける。
「オムライスも食べたいし、自分で作ったハンバーグも味見したいっていう我儘です。あとでケーキもあるし?」
「贅沢な我儘だなぁ」
「ですよね。あとでケーキ、半分こしてくださいね?」
「ショートケーキとチョコレート、両方食べたいんだろ?」
「あたりです」
「そういえば、冷蔵庫に入ってたトレーは?あの平べったいやつ」
「それは、明日の夜にハンバーガーにしようと思って」
「んじゃ、明日はちょっと買い物して帰ってこようかな。トマトと、チリソース、バーベキューソースでもいいな。あとチーズ…チェダーとモツァレラ、どっちがいい?」
「チェダーの方がチーズバーガーっぽくなりません?」
「よし、じゃそれ買って帰ってこようか」
夕飯を食べながら、明日の夕飯の相談をしているうちに皿はどんどん空になっていく。
瞬く間にキバナさんのお腹の中へと消えていくハンバーグに思うことは、ただ、作ってよかったという達成感。
昨日見せてもらったママのレシピ帳には、何度も食べたレシピが沢山あった。
次は何を作ったら喜んでくれるだろう。
幼いころにママが作ってくれた料理を思い出しながら、バター醤油で炒めたライスをスプーンに掬う。
育ってきた環境が違うから、もちろん食べなれた物も違う。
でもこうしてお互いの好きな物を少しずつ共有して、それが定番になっていく。
オムライスだって、ケチャップ味のオムライスしか知らなかった。
不思議なことだけれど、それが面白い。
「あー美味しかった」
その一言だけで、こんなにも心が満たされるのだと、また作ろうと活力が沸いてくるのだと、この時初めて知った。
こんな時間に家にいるということが滅多にないせいか、照明もつけていないのに明るい部屋にはなんだか違和感を感じる。
しっかりと手を洗って、そのまま部屋着に着替える。
そこまでは暑くないけれど、これからすることを考えて半袖に腕を通した。
イーブイのシルエットがプリントされたベージュの大きめの半袖は、去年キバナさんとお店に買いに行ったものだ。
安いのに丈夫で、シンプルなものからこういったデザインの服まで揃ったお店で、持っている大半の服はここの物だ。
意外にもそれはキバナさんも同じで、私服のシンプルな無地の物や部屋着は安い時にまとめて買うらしい。
あの時も、二人の手一杯に大きなビニール袋を持って帰ってきた。
その中の一着、特にこれはお気に入りだった。
肌ざわりのいいタオル地の半袖と短パンに着替えて、玄関に置きっぱなしにしていた袋とバッグを手にリビングに入る。
白いレースのカーテンから漏れる光は暖かで眩しい。
シンクに買ってきた物を一つずつ袋から取り出す。
ひき肉、卵、パン粉、モーモーミルク、玉ねぎ、大根、人参、レタス、ミニトマト、オレンジジュース。
スパイスケースの中からはナツメグ、塩、胡椒。
冷蔵庫からは味噌とマヨネーズ、醤油、胡麻ドレッシング。
工程別にとりあえず、今必要のない物はカウンターテーブルの上に並べる。
「ロトム、昨日撮ったママのレシピ、開いてくれる?」
すいっと流れるように飛んできたロトムが表示したレシピを見ながら、工程を呟きながら用意していく。
大き目のボウルにひき肉を入れて、塩、胡椒、ナツメグを振りかける。
味は少々薄くても濃くても構わないとママが言っていたから、大体ひき肉の表面全体にまぶす。
続いて味噌を大匙一杯。マヨネーズは大匙二杯。それから卵を二個。
パン粉は少し多めなくらいがいいらしいから、ひき肉が被るくらいに。
その上にモーモーミルクをパン粉に吸わせるようにぐるりとかけて、ゴム手袋をはめる。
ぐにゅっと柔らかい、少し妙な感覚。
すり潰すように、全体に混ざり合うように。
ひたすらひき肉を捏ねて、空気を含ませるように、ひき肉同士がくっついて一つの塊になるまで。
冷たいひき肉とモーモーミルクのせいで手が冷えてきた。
指が悴んできても、ひたすら捏ねていく。
一キロのひき肉を混ぜ合わせるのはなかなか大変だ。
それでもだんだん粘り気が出て白くなり、柔らかい一つの塊になる。
用意していた油の入った皿から少し油を取ってゴム手袋に広げ、一握り程ひき肉を取る。
丸く形を作って、平べったく広げてほんの少し、空気を抜く。
それをひたすら続けて、サランラップを敷いたトレーに並べていく。
ひき肉の三分の二をひたすら丸めて、残りの三分の一はさっきよりも半量のひき肉を丸いまま上から潰していく。
六枚ほど作って、別のトレーに並べていく。
ボウルの中のひき肉がなくなる頃には、右腕がだいぶ怠くなっていた。
ゴム手袋を脱いで乾燥しないようにサランラップをかける。
そのまま冷蔵庫に入れた。
時刻は四時半。キバナさんが帰ってくるまでまだ時間はある。
続いて、玉ねぎも小さくみじん切りにして、人参と大根はスライサーで薄く薄くスライスする。
それを細切りにして、レタスも同じように細く切り水にさらす。
小さな器にマヨネーズを絞って、醤油を小さじ一杯、胡麻ドレッシングを大匙一杯。
全部が混ざるように何度も混ぜて、最後にいりごまをまぶしたら特性マヨソースの出来上がり。
浸していた野菜をザルに開けて水を切り、キッチンペーパーで水分を取る。
透けるほど薄い大根に満足しながら皿に盛り付け、ミニトマトも脇にいくつか添える。
みじん切りにした玉ねぎとオレンジジュース、水と醤油、酒、みりんを同量ずつ測って入れ、弱火にかける。
大き目のフライパンに薄く油を敷いて、楕円形に整形したひき肉を三つ、焼いていく。
油の跳ねる音と、香ばしい匂いが一瞬にしてキッチンに広がった。
ふわふわで持てば形が崩れてしまうほど柔らかい種の側面が少しずつピンク色から白っぽく変わってきたらフライ返しでひっくり返す。
再び奏でる音と匂いのハーモニーは食欲をそそった。
そういえば、遅めに朝食を取って以来何も口にしていない。
帰ってきたのも思っていたより遅かったから、冷蔵庫に用意されていたオムライスにも手を付けていなかった。
冷蔵庫を開けると、中央にオムライスの乗った皿があった。
昨夜、無意識に作ってしまったという私の分のオムライス。
食べたかったけれど、少し予定が外れてしまって、まだ手の付けられていないオムライス。
その横には2切れのケーキ。
パチン、と油が盛大に跳ねる音が聞こえて、慌ててコンロの前に戻って火を止める。
両面うっすらと焼き色をつけたひき肉をアルミホイルを敷いたオーブンレンジの天板に乗せ、肉汁をスプーンで掬っては塗っていく。
そのままオーブンレンジに入れて、メニューからハンバーグを選んでスタートボタンを押せば、あとは自動で丁度良く焼いてくれるはずだ。
弱火で温めていたソースも透き通った玉ねぎがソースの色に色づき始めている。
もうしばらく煮込めば理想のソースになるだろう。
シンクの中に入れたボウルやスプーンを洗っていく。
キッチン周りを拭いて、調味料を片付けて一息つく前に炊飯器を開いてみると、キラキラと光る米粒がぎっしりと並んでいた。
予約タイマーで炊いておいてくれたのだろう。
しゃもじで丁寧にほぐし、、立ち昇る蒸気にさらに空腹を覚える。
時刻は五時半少し前。
そろそろ帰ってくる頃だろう。
陽もだいぶ沈んできて、淡いオレンジの弱弱しい光に変わっていた。
カーテンを閉めて、リビングの照明をつける。
珍しく脱ぎっぱなしの部屋着を畳んで、洗面所の棚へ置く。
天候を操るバトルスタイルと、サダイジャの砂やヌメルゴンの粘液が付くことから、キバナさんは帰ってくるとすぐに部屋着に着替える。
お風呂に入った後に新しいスウェットに着替えるからと、いつもはきちんと洗面台の傍の棚に畳んで置いてあるのだけれども。
どうやら今日はそんな時間がなかったらしい。
ほんの少しの好奇心に、畳んだスウェットを手に取って顔を近づける。
ふわりと香る柔軟剤のフローラルな匂いと、シトラスのボディーソープの匂い。それだけではない、キバナさん自身の香り。
たった一日会わなかっただけなのに、懐かしいようで落ち着く香り。
滑らかな肌ざわりのスウェットを離すに離せないまま、ぼんやりとしていると、ガチャっとドアが開く音がした。
ただいまーと間延びした声に慌ててスウェットを棚の上へ戻す。
開けっ放しだった洗面所の扉から玄関を覗くと、ちょうどスニーカーを脱いでいるところだった。
「おかえりなさい」
「ただいま。顔、赤いな。具合悪いか?」
「い、いえ。多分さっきまで火の前にいたから。ちょっと暑くて」
「今日の夕飯、楽しみでさ。急いで帰ってきたんだ」
へらっと目尻が垂れた笑顔に、つられて口角が上がる。
入れ違いに洗面所を出て、ごく弱火で温めていたソースの火を止める。
オーブンレンジの表示はあと5分だ。
白くて丸い大きな皿を一枚と、小さめの皿一枚に細切りにした野菜を盛り付け、ぽてっとした固めのマヨソースを置く。
その上にミニトマトを一つ、乗せて、皿の片側には楕円形の器で形取った白米。
小さめの皿には米を乗せず、サラダだけを盛り付ける。
丁度鳴ったオーブンレンジから熱々の天板を取り出して大き目のハンバーグを二つ、白米の隣に添える。
その半分ほどのサイズしかないハンバーグを小さめの皿へ乗せ、少しとろみのついたソースをまんべんなくかける。
冷蔵庫からオムライスを取り出して、レンジの中へ入れる。
今日の夕飯のメインはハンバーグだけれど、私はキバナさんの作ってくれたオムライスだ。
どちらも食べたかったから欲張ってしまったけれど。
「あれ、帰ってきたの、遅かったのか?」
「今日は朝もちょっと遅くて、帰ってきたのも遅かったので」
熱々のオーブンレンジに入れたオムライスは、いつもの半分の時間で温まってしまった。
オムライスとハンバーグを並べ、いつも作り置きしているアイスティーを添えて。
「ハンバーグか。すっごい久しぶり」
「ママのレシピ、昨日教えてもらったんです」
いただきます、と二人声を揃えて、キバナさんがハンバーグを一口食べる様子をじっと見つめる。
ハンバーグは途中で味見ができないから、きちんと焼けているか、味は濃すぎないかが不安だった。
「うん、旨い。ふわふわでしっかり肉汁が閉じ込められてる。…けどどっかで食べたことがあるような気がするんだよな。このサラダの見た目も」
「ふふ、これです」
スマホで用意していた写真を見せると、キバナさんは納得したように頷いた。
「そういえば昔、出来た頃に食べに行ったわ」
「小さいころ、テレビのCMで流れる度に食べたいって言ってたらママが作ってくれたんです。当時はシュートにしかお店がなかったから、ハロンから行くのは大変だったみたいで」
「なるほどなぁ。ユウリのお母さん凄いな。昔食べたっきりだけど味、似てると思う」
「気に入ってくれました?」
「勿論。でもユウリはそれだけでいいのか?」
小さい皿に乗った、極々小さなハンバーグに目線を向ける。
「オムライスも食べたいし、自分で作ったハンバーグも味見したいっていう我儘です。あとでケーキもあるし?」
「贅沢な我儘だなぁ」
「ですよね。あとでケーキ、半分こしてくださいね?」
「ショートケーキとチョコレート、両方食べたいんだろ?」
「あたりです」
「そういえば、冷蔵庫に入ってたトレーは?あの平べったいやつ」
「それは、明日の夜にハンバーガーにしようと思って」
「んじゃ、明日はちょっと買い物して帰ってこようかな。トマトと、チリソース、バーベキューソースでもいいな。あとチーズ…チェダーとモツァレラ、どっちがいい?」
「チェダーの方がチーズバーガーっぽくなりません?」
「よし、じゃそれ買って帰ってこようか」
夕飯を食べながら、明日の夕飯の相談をしているうちに皿はどんどん空になっていく。
瞬く間にキバナさんのお腹の中へと消えていくハンバーグに思うことは、ただ、作ってよかったという達成感。
昨日見せてもらったママのレシピ帳には、何度も食べたレシピが沢山あった。
次は何を作ったら喜んでくれるだろう。
幼いころにママが作ってくれた料理を思い出しながら、バター醤油で炒めたライスをスプーンに掬う。
育ってきた環境が違うから、もちろん食べなれた物も違う。
でもこうしてお互いの好きな物を少しずつ共有して、それが定番になっていく。
オムライスだって、ケチャップ味のオムライスしか知らなかった。
不思議なことだけれど、それが面白い。
「あー美味しかった」
その一言だけで、こんなにも心が満たされるのだと、また作ろうと活力が沸いてくるのだと、この時初めて知った。