ランチボックスシリーズ
「ただいまー」
午後5時半。
少し早めに帰宅すると、やはり家にユウリの姿はなかった。
よかった、と思うのは驚かせたいから。
朝に弁当を用意していたユウリに驚かされたように、作ってあげたいと思ってしまったのだ。
そのために早く仕事を片付けた。
少し重めのビニール袋を玄関に残したまま、まっすぐに脱衣所へ向かって念入りに手を洗う。
そのまま服を脱いで、洗濯したてのルームウェアに着替えて荷物を持ってリビングへ向かうと、まだ日の落ちていないリビングには夕日が差し込んでいた。
買ってきたものは卵、豚の塊肉に野菜をいくつか。
ここ最近、一人でスーパーに行かなかったせいか、それとも一人で買うときは総菜がメインだったからか。
見慣れた顔の年配女性の店員はちらちらと籠の中身とこちらを見ていた。
自炊もできるんだけどな、と苦笑いしつつ会計を済ませた物たちは各々の出番を待つかのように並んでいる。
「さて、と」
まずは真新しい大き目の弁当箱と小さな弁当箱を洗う。
丁寧に拭きあげて、カウンターテーブルに乗せ、次の作業へ。
大きめのジッパーパックに薄切りにされた豚肉、その上に醤油、砂糖、みりん、酒、しょうがチューブを入れ、揉みこんでいく。
そのまま馴染ませるために一旦冷蔵庫へ。
続いて豚の塊肉。脂身の少ないそれをフライパンに入るくらいの大き目のサイズに切っていく。
薄く敷いたゴマ油の上に乗せると、パチパチと油が跳ねた。
もとより、使い捨ての油跳ねガードを周りに立てておけば後片づけも楽だ。
脂の跳ねる角度が段々高くなって、肉がどんどん焦げ目をつけていく。
断面を全て焼き色がつけば、今度は深手の鍋に移し替え、上にしょうが、にんにく、白ネギの青い部分を覆うように被せ、しょうゆ、砂糖、酒。そして酢を少々。浸るくらいの水を入れて火にかける。沸騰しきる前にアルミホイルで落とし蓋。
ポケモンバトルは指示をするだけと思われるが、意外と体力を使う。
ましてや若いユウリは特に肉料理を好むのだ。
まな板に乗ったままの白ネギを細く切り込みを入れ、白髪ねぎを作る。
男の料理はおおざっぱだ、なんて言われているが、それはこういったひと手間を面倒だと思うかどうか。
今度はレタスを洗って手で千切り、水切りボウルへ入れていく。
ミニトマト、斜め切りにしたきゅうり。赤と黄色のパプリカはきちんと包丁で薄切りに。
冷蔵庫から卵を三つ取り出し、多めの砂糖と少量の白だし、塩を入れてかき混ぜる。
白身は切る様に、丁寧に。すべらかな卵液にしなければ、見栄えも味も良くない。
中火で油を入れて熱していた卵焼きに少し多めに流し込む。
ふわっと膨らんで色味が変わったら手早く手前に折っていく。
少しずつ卵液の量を減らしてまた折る。
最後の二巻きは特に丁寧に、薄い卵が破けないように。
折り目をフライパンの縁に軽く押さえつけて卵が剝がれないようにすれば、完成だ。
うん、と一人で頷く。
綺麗な黄色い卵焼きは厚さもボリュームがあって十分だ。
久々に作ったにしては上出来だろう。
冷蔵庫から漬け込んでいた薄切り肉を取り出し、汁気を切ってフライパンで焼いていく。
先ほどの塊肉を焼いたフライパンは、ある程度余計な油をふき取れば油を敷く必要もない。
できるだけ、焼いている間は触らないように。
一度ひっくり返すときだけだ。
次々と焼いては皿へ移していく。
最後は残ったたれを流し込み、沸騰させる。焦げやすい醤油だれはフライパンをゆすってまんべんなく。
一旦火を止めて、カウンターテーブルで出番を待っていた弁当箱を取り出す。
少し冷めてから切った甘い卵焼き。仕切り代わりのサラダを立てかけるように盛りつけて、その上に半分に切った生姜焼き。
ミニトマトを飾り付けると、ユウリの小さい弁当箱はいっぱいになった。
ところが自分用の大きめの弁当箱は、少し多めにおかずを入れても余ってしまう。
色味も十分、今から何かを作るのもすこし面倒だった。
冷蔵庫の野菜室に使いきれなかった野菜をしまうついでに中身を確認すると、中途半端に余ってしまったジャガイモが三つ。
小さいそれは、カレーで使うには少し足りないかもしれない。
手には半分ほど余ったきゅうり。
その二種類を手に、もう一度包丁を握る。
ジャガイモの目はえぐるように刃先でくるりと一周させ、元から小さなそれを半分に切って少量の塩と水を浸した鍋へ。
きゅうりは少し厚めの輪切りに切って、塩をまぶして手で擦り合わせる。
こういう時はでかい手でよかったなと思うのだ。
具材は一度に多めに処理できるし、落とすこともない。
水で洗い流し、きつく絞ってボウルの中へ。
ジャガイモが煮えるまでの間、洗い物をしていく。
ここで溜めてしまうと後々、げんなりすることはない。
丁度洗い終えると鍋の湯が沸騰してきた。
そのまま待っている間に煮込んでいた豚塊肉の様子を確認すると、綺麗な茶色い液体に浸された塊は、油の部分まで茶色く染め上げていた。
スプーンに煮汁を一匙取って味を確認する。
にんにくの香りを漂わせた少し甘めのたれに、もう少し醤油を足した方がよかっただろうかと思うが、後で豆板醤を入れたりラー油を入れて楽しむのもいいだろうともう一度落とし蓋を被せ、弱火から弱めの中火へ。
ぐつぐつと泡を立てているジャガイモは、箸を通せばすっと入っていった。
一旦火を消して落とさないように湯切りをする。
もう一度弱火にかけて転がすように水分を飛ばして。
ジャガイモの表面から水分が抜けた頃合いにフォークで潰していく。
クリーム状のジャガイモと少し触感が残っているポテトサラダがユウリのお気に入りだ。
きゅうりの入ったボウルにジャガイモペースト、塩胡椒、マヨネーズ。隠し味にコンソメ粉をほんの少し。
それらを混ぜ合わせ、空いた弁当箱のスペースに使い捨てのカップに入れて、明日の弁当は完成だ。
このまま具材が覚めたら蓋をして冷蔵庫へ入れて、持ち運びには保冷剤を入れる。
職場では冷蔵庫で保管して電子レンジで少し温めればいい。シャキシャキのサラダは楽しめないが少し残念だが。トマトとポテトサラダは温めるときに蓋に移してもらおう。
朝、詰めるのが理想だが、どうしてもそうは言っていられない日もある。
如何せん、ユウリは朝が弱いし、起きてすぐはお互い手持ちポケモンたちの世話もあるのだ。
最初の頃は弁当用にと分けて保存していたおかずも、詰めることすら忘れて出勤してしまったことも多い。
だから最近はテイクアウトばかりしていたのだけれど。
買いに出るのも億劫だったり、そもそもそんな暇もなかったり。デリバリーはとうに飽きてしまった。
今日も、またサンドイッチでもかぶりつきながらSNSを見るのだろうと思っていた矢先、渡された小さな弁当箱。
少し焦げていた卵焼き。茶色いおかず。それでも十分だった。
自分のためだけなら、こんなに作ったりはしなかっただろう。
生姜焼きは夕飯にもなるし、煮込んでいる塊肉は明日以降のおかずだけれども。
グツグツと気泡を立てている塊肉は、まだ完成しそうにない。
キッチンの隅に収納していた折り畳みスツールを取り出して、腰掛ける。
手持無沙汰だけれども目が離せない時にちょうどいいだろうと購入したスツールは、意外と出番がなかった。
ぼんやりと鍋を見ながらその香りを嗅いでいると、カチャ、と小さな音がした。
パタパタとスリッパが奏でる音は一度脱衣所へと消えていく。
その後、リビングのドアが開いてまだ少女のようなあどけなさを残すユウリが顔を出した。
「おかえり」
ただいま、と帰ってくれば、自ずと口角が上がる。
「すっごくいい匂いが玄関までしてました。何作ってるんですか?」
「ん?ちょっと早く帰ってきたから。今日の弁当、ありがとうな」
「でも卵焼き、焦げちゃいました。ミートボールも昨日の残りだったし」
顔を伏せるユウリに手招きをして落とし蓋を少し持ち上げる。
「あ、この匂いだったんですね。なんですか?」
「おかずチャーシュー。旨そうだろ?明日は金曜日だし、これをアテに飲もうかなって思ってさ」
キラキラと瞳を輝かせたユウリの次の言葉は、予想がつく。
おそらく。
「味見、していいですか?」
予想的中にふっと吹き出してしまった。
「まだ駄目。明日まで待ってな」
うう、っと唸ったユウリに、代わりにレンジの中で保温している物を指さす。
「生姜焼きだぁ!」
「着替えておいで。夕飯にしよう」
機嫌を直した彼女は、はーい、と間延びした返事と共に、再び脱衣所へ消えていく。
パチっとコンロの火を消して、一旦肉を覚ます。夕食が終わった頃にジッパーパックにたれと一緒に入れておけば明日は味の染みた肉が楽しめるだろう。
まだ温かい生姜焼きを盛りつけた皿を取り出し、レタス、きゅうり、パプリカと盛りつけ、その横にポテトサラダ。
意外に残ってしまったポテトサラダは明日の朝食にポテトサラダトーストにしようか。
もしかしたら、食べきってしまうかもしれないけれど。
「お風呂も沸かしちゃいました」
「おお、ありがと。今日早いことゆっくりできそうだし映画でも見るか?」
「はい!…なんだか悔しいなぁ。キバナさんの方がお料理、上手だし」
カウンターテーブルに置かれた皿を運んでいくユウリは口を尖らせながらそう呟いた。
「オレさま、なんでも器用にこなすからなー。っていうのは冗談で。やっぱり作らなきゃ上達はしない。料理の特訓もするか」
あれだけ美味いカレーを作れるのだから、経験値さえ積めばいつか。
二人で作るのも、きっと楽しいだろう。
「ユウリ、明日はオレが作った弁当、持って行ってな」
「え!お弁当もあるんですか!?」
「あるある。まあ、おかずは今日の夕飯と同じもんだけどな」
「やったぁ!」
子供のようにはしゃぐ彼女に作ってよかったと思う。
こんなに喜んでくれるならお安い御用だ。
さて、次は何を作ろうか。
午後5時半。
少し早めに帰宅すると、やはり家にユウリの姿はなかった。
よかった、と思うのは驚かせたいから。
朝に弁当を用意していたユウリに驚かされたように、作ってあげたいと思ってしまったのだ。
そのために早く仕事を片付けた。
少し重めのビニール袋を玄関に残したまま、まっすぐに脱衣所へ向かって念入りに手を洗う。
そのまま服を脱いで、洗濯したてのルームウェアに着替えて荷物を持ってリビングへ向かうと、まだ日の落ちていないリビングには夕日が差し込んでいた。
買ってきたものは卵、豚の塊肉に野菜をいくつか。
ここ最近、一人でスーパーに行かなかったせいか、それとも一人で買うときは総菜がメインだったからか。
見慣れた顔の年配女性の店員はちらちらと籠の中身とこちらを見ていた。
自炊もできるんだけどな、と苦笑いしつつ会計を済ませた物たちは各々の出番を待つかのように並んでいる。
「さて、と」
まずは真新しい大き目の弁当箱と小さな弁当箱を洗う。
丁寧に拭きあげて、カウンターテーブルに乗せ、次の作業へ。
大きめのジッパーパックに薄切りにされた豚肉、その上に醤油、砂糖、みりん、酒、しょうがチューブを入れ、揉みこんでいく。
そのまま馴染ませるために一旦冷蔵庫へ。
続いて豚の塊肉。脂身の少ないそれをフライパンに入るくらいの大き目のサイズに切っていく。
薄く敷いたゴマ油の上に乗せると、パチパチと油が跳ねた。
もとより、使い捨ての油跳ねガードを周りに立てておけば後片づけも楽だ。
脂の跳ねる角度が段々高くなって、肉がどんどん焦げ目をつけていく。
断面を全て焼き色がつけば、今度は深手の鍋に移し替え、上にしょうが、にんにく、白ネギの青い部分を覆うように被せ、しょうゆ、砂糖、酒。そして酢を少々。浸るくらいの水を入れて火にかける。沸騰しきる前にアルミホイルで落とし蓋。
ポケモンバトルは指示をするだけと思われるが、意外と体力を使う。
ましてや若いユウリは特に肉料理を好むのだ。
まな板に乗ったままの白ネギを細く切り込みを入れ、白髪ねぎを作る。
男の料理はおおざっぱだ、なんて言われているが、それはこういったひと手間を面倒だと思うかどうか。
今度はレタスを洗って手で千切り、水切りボウルへ入れていく。
ミニトマト、斜め切りにしたきゅうり。赤と黄色のパプリカはきちんと包丁で薄切りに。
冷蔵庫から卵を三つ取り出し、多めの砂糖と少量の白だし、塩を入れてかき混ぜる。
白身は切る様に、丁寧に。すべらかな卵液にしなければ、見栄えも味も良くない。
中火で油を入れて熱していた卵焼きに少し多めに流し込む。
ふわっと膨らんで色味が変わったら手早く手前に折っていく。
少しずつ卵液の量を減らしてまた折る。
最後の二巻きは特に丁寧に、薄い卵が破けないように。
折り目をフライパンの縁に軽く押さえつけて卵が剝がれないようにすれば、完成だ。
うん、と一人で頷く。
綺麗な黄色い卵焼きは厚さもボリュームがあって十分だ。
久々に作ったにしては上出来だろう。
冷蔵庫から漬け込んでいた薄切り肉を取り出し、汁気を切ってフライパンで焼いていく。
先ほどの塊肉を焼いたフライパンは、ある程度余計な油をふき取れば油を敷く必要もない。
できるだけ、焼いている間は触らないように。
一度ひっくり返すときだけだ。
次々と焼いては皿へ移していく。
最後は残ったたれを流し込み、沸騰させる。焦げやすい醤油だれはフライパンをゆすってまんべんなく。
一旦火を止めて、カウンターテーブルで出番を待っていた弁当箱を取り出す。
少し冷めてから切った甘い卵焼き。仕切り代わりのサラダを立てかけるように盛りつけて、その上に半分に切った生姜焼き。
ミニトマトを飾り付けると、ユウリの小さい弁当箱はいっぱいになった。
ところが自分用の大きめの弁当箱は、少し多めにおかずを入れても余ってしまう。
色味も十分、今から何かを作るのもすこし面倒だった。
冷蔵庫の野菜室に使いきれなかった野菜をしまうついでに中身を確認すると、中途半端に余ってしまったジャガイモが三つ。
小さいそれは、カレーで使うには少し足りないかもしれない。
手には半分ほど余ったきゅうり。
その二種類を手に、もう一度包丁を握る。
ジャガイモの目はえぐるように刃先でくるりと一周させ、元から小さなそれを半分に切って少量の塩と水を浸した鍋へ。
きゅうりは少し厚めの輪切りに切って、塩をまぶして手で擦り合わせる。
こういう時はでかい手でよかったなと思うのだ。
具材は一度に多めに処理できるし、落とすこともない。
水で洗い流し、きつく絞ってボウルの中へ。
ジャガイモが煮えるまでの間、洗い物をしていく。
ここで溜めてしまうと後々、げんなりすることはない。
丁度洗い終えると鍋の湯が沸騰してきた。
そのまま待っている間に煮込んでいた豚塊肉の様子を確認すると、綺麗な茶色い液体に浸された塊は、油の部分まで茶色く染め上げていた。
スプーンに煮汁を一匙取って味を確認する。
にんにくの香りを漂わせた少し甘めのたれに、もう少し醤油を足した方がよかっただろうかと思うが、後で豆板醤を入れたりラー油を入れて楽しむのもいいだろうともう一度落とし蓋を被せ、弱火から弱めの中火へ。
ぐつぐつと泡を立てているジャガイモは、箸を通せばすっと入っていった。
一旦火を消して落とさないように湯切りをする。
もう一度弱火にかけて転がすように水分を飛ばして。
ジャガイモの表面から水分が抜けた頃合いにフォークで潰していく。
クリーム状のジャガイモと少し触感が残っているポテトサラダがユウリのお気に入りだ。
きゅうりの入ったボウルにジャガイモペースト、塩胡椒、マヨネーズ。隠し味にコンソメ粉をほんの少し。
それらを混ぜ合わせ、空いた弁当箱のスペースに使い捨てのカップに入れて、明日の弁当は完成だ。
このまま具材が覚めたら蓋をして冷蔵庫へ入れて、持ち運びには保冷剤を入れる。
職場では冷蔵庫で保管して電子レンジで少し温めればいい。シャキシャキのサラダは楽しめないが少し残念だが。トマトとポテトサラダは温めるときに蓋に移してもらおう。
朝、詰めるのが理想だが、どうしてもそうは言っていられない日もある。
如何せん、ユウリは朝が弱いし、起きてすぐはお互い手持ちポケモンたちの世話もあるのだ。
最初の頃は弁当用にと分けて保存していたおかずも、詰めることすら忘れて出勤してしまったことも多い。
だから最近はテイクアウトばかりしていたのだけれど。
買いに出るのも億劫だったり、そもそもそんな暇もなかったり。デリバリーはとうに飽きてしまった。
今日も、またサンドイッチでもかぶりつきながらSNSを見るのだろうと思っていた矢先、渡された小さな弁当箱。
少し焦げていた卵焼き。茶色いおかず。それでも十分だった。
自分のためだけなら、こんなに作ったりはしなかっただろう。
生姜焼きは夕飯にもなるし、煮込んでいる塊肉は明日以降のおかずだけれども。
グツグツと気泡を立てている塊肉は、まだ完成しそうにない。
キッチンの隅に収納していた折り畳みスツールを取り出して、腰掛ける。
手持無沙汰だけれども目が離せない時にちょうどいいだろうと購入したスツールは、意外と出番がなかった。
ぼんやりと鍋を見ながらその香りを嗅いでいると、カチャ、と小さな音がした。
パタパタとスリッパが奏でる音は一度脱衣所へと消えていく。
その後、リビングのドアが開いてまだ少女のようなあどけなさを残すユウリが顔を出した。
「おかえり」
ただいま、と帰ってくれば、自ずと口角が上がる。
「すっごくいい匂いが玄関までしてました。何作ってるんですか?」
「ん?ちょっと早く帰ってきたから。今日の弁当、ありがとうな」
「でも卵焼き、焦げちゃいました。ミートボールも昨日の残りだったし」
顔を伏せるユウリに手招きをして落とし蓋を少し持ち上げる。
「あ、この匂いだったんですね。なんですか?」
「おかずチャーシュー。旨そうだろ?明日は金曜日だし、これをアテに飲もうかなって思ってさ」
キラキラと瞳を輝かせたユウリの次の言葉は、予想がつく。
おそらく。
「味見、していいですか?」
予想的中にふっと吹き出してしまった。
「まだ駄目。明日まで待ってな」
うう、っと唸ったユウリに、代わりにレンジの中で保温している物を指さす。
「生姜焼きだぁ!」
「着替えておいで。夕飯にしよう」
機嫌を直した彼女は、はーい、と間延びした返事と共に、再び脱衣所へ消えていく。
パチっとコンロの火を消して、一旦肉を覚ます。夕食が終わった頃にジッパーパックにたれと一緒に入れておけば明日は味の染みた肉が楽しめるだろう。
まだ温かい生姜焼きを盛りつけた皿を取り出し、レタス、きゅうり、パプリカと盛りつけ、その横にポテトサラダ。
意外に残ってしまったポテトサラダは明日の朝食にポテトサラダトーストにしようか。
もしかしたら、食べきってしまうかもしれないけれど。
「お風呂も沸かしちゃいました」
「おお、ありがと。今日早いことゆっくりできそうだし映画でも見るか?」
「はい!…なんだか悔しいなぁ。キバナさんの方がお料理、上手だし」
カウンターテーブルに置かれた皿を運んでいくユウリは口を尖らせながらそう呟いた。
「オレさま、なんでも器用にこなすからなー。っていうのは冗談で。やっぱり作らなきゃ上達はしない。料理の特訓もするか」
あれだけ美味いカレーを作れるのだから、経験値さえ積めばいつか。
二人で作るのも、きっと楽しいだろう。
「ユウリ、明日はオレが作った弁当、持って行ってな」
「え!お弁当もあるんですか!?」
「あるある。まあ、おかずは今日の夕飯と同じもんだけどな」
「やったぁ!」
子供のようにはしゃぐ彼女に作ってよかったと思う。
こんなに喜んでくれるならお安い御用だ。
さて、次は何を作ろうか。