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ランチボックスシリーズ

よいしょ、と掛け声を上げて、10キロの米袋を担ぐ。
毎年この時期に届く、ヤローからの新米が楽しみだった。
リビングへと続くドアを開け、ずっしりとした米袋を下ろし、袋を開ける。
精米された米をざるに移し、ゆっくりと傷つけないように洗っていく。
程よく洗った米を炊飯器へ移し、水の量もしっかり守って30分後に炊飯を始めるようにタイマーをセットした。
「ユウリー」
はぁい、と間延びした声が聞こえてきて、パタパタとスリッパの音を鳴らしてユウリが姿を現した。
「衣替え、終わったか?」
「もうちょっとで終わりますよ」
「ユウリ、おにぎりの具は何がいい?」
「おにぎり、ですか?うーん…鮭と明太子かなぁ」
「OK。ちょうど全部あるな…」
「夕飯、おにぎりですか?」
「そ。ヤローから新米届いたからな」
「ヤローさんのお米、美味しいんですよね。カレー3杯くらい食べれちゃう」
それはいつもだろ、という言葉は喉からでる寸でのところで飲み込んだ。
「あ、キバナさん、今それはいつものことだって思ったでしょ。違うんですよ!いつもはお替りまでしかしないですからね!」
「思ってない、思ってない」
くく、っと思わず喉がなった。どうやら最近、ユウリはこちらの考えていることがよりわかるようになってきたようだ。
ぐっと飲み込んだ言葉も、すぐに察してしまう。
「いいから、衣替え終わらせてこい」
まだ何か言い足りないといった様子のユウリは、渋々ウォークインクローゼットの方へと消えていった。
さて、と声を上げて、冷蔵庫を開ける。
鮭を取り出して、オーブントレーの上にあるホイルを敷いてその上に乗せていく。
最近はフライパンで焼かずともオーブンに任せれば、焦げることも生焼けになることもなく焼きあがる。
火の管理をすることもなく、その間に他のこともできる。
全く、便利になったなと新しい電子レンジに買い替えてから毎回のように思ってしまう。
前の電子レンジではロトムに任せてもこんなことはできなかった。
焼いている間に先日、ヤローからもらった玉ねぎを輪切りにし、ばらしておく。
市販の唐揚げ粉を溶いて、揚げ物にしては少量の油を温めて、たっぷりと唐揚げ粉にくぐらせた玉ねぎを中温で揚げていく。
しゅわっと広がる唐揚げ粉は、すぐさま醤油の香りが広がった。
程よくきつね色になったところでひっくり返し、両面色が変わるまで待つ。
ファーストフード店のようにしっかりとした衣ではないから、しっかりと揚がるまでは極力触らないように気を付け、玉ねぎ2個分のオニオンフライを作っていると、パタパタとスリッパの音が聞こえた。
「おにぎりだけじゃない…?」
「オニオンフライもあるぜ」
出来上がった小さなオニオンフライが横から伸びた小さな手に攫われていった。
「おいしー!甘い!」
「オレもまだ食べてないのに先に食ったな?」
「はい、キバナさんも」
細い指が口元まで伸びてきて、その先にあるオニオンフライに噛り付く。
サクっとした薄い衣の醤油加減は丁度よく、柔らかい玉ねぎの甘さを引き立てていた。
「うまいな」
ついついもう一つ、と伸びそうになる手を止め、ひたすら揚げ続ける。
オーブンが鳴り、鮭が焼きあがると、ユウリがオーブンからトレーごと引き出した。
器用に箸で皮をはぎ、身を大雑把にほぐしていく。
「熱いから気をつけろよ」
「直接触らないから大丈夫ですよー」
揚げ鍋とユウリの手つきを交互に見ながらすべてを揚げ終えると、ちょうど炊飯器がメロディーを奏でた。
「私が作ってもいいですか?」
「じゃあ、頼もうかな。オレはスープ作る」
小鍋に水を入れ、鶏がらスープの粉末と醤油を入れて火をつける。
その間に溶き卵を溶いていると、ユウリがサランラップの上に炊き立てのご飯を乗せておにぎりを作り始めた。
具を乗せ、更に米を乗せ、熱い熱いと言いながら握っている。
最後に手のひらに塩をまぶして握り、海苔を巻いた。
スープが沸騰するまでの間に同じように隣でおにぎりを作る。
行程はユウリと一緒だ。
だが、出来上がったおにぎりを並べると、どうにもサイズが違う。
「ユウリが作ったやつ、でかくないか?」
「え?これくらいじゃないですか?」
手の大きさにそぐわない、大きなおにぎりと、市販のサイズと変わらない少し小ぶりなおにぎりが皿の上に並んでいる。
そうこうしている間に沸騰したスープの火を止め、ごま油を数滴といりごま、溶き卵を細く垂らしながら箸で混ぜていく。
一瞬広がってすぐに固まった卵は見るからにふわふわとしていた。
出来上がったスープとおにぎり、オニオンフライを皿に盛り、ダイニングテーブルへと運ぶ。
「さ、夕飯にするか」
今日はアイスティーではなく、カブさんに貰った水出しの緑茶を冷蔵庫から取り出した。
いただきます、と声を揃えて、ユウリの作った大振りのおにぎりに齧り付く。
少し強めに握ったせいか、表面は少し固い。
けれど中は柔らかく、ほのかに甘い米と塩辛い鮭の組み合わせは最高だ。
合間に挟んだスープも辛くもなく薄くもなく。
「ヤローさんのお米を味わうにはおにぎりが一番ですね」
ユウリはもう二個目を食べ始めている。
「明太子もおいしい。お米が届くと秋って感じがしますよね。もう一個作ればよかった」
「食欲の秋、だな」
「だって、おいしいんですもん」
ヨクバリスのように頬を膨らませているユウリは、本当に美味しそうに食べている。
美味しい食材を、明日はどのように調理しようかと考えながら、二個目のおにぎりに手を伸ばした。
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