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ランチボックスシリーズ

「あ…」
食品売り場へと向かっている最中、目に留まったものに思わず声を上げてしまった。
平日の静かなショッピングモール内、小さく上げた声に気づいたのか、少し先を歩いていたキバナさんが立ち止まって、私の視線の先にある商品を手に取る。
「お、ポケモンモチーフか」
様々な色のエプロンが、所狭しとハンガーラックに下がっていた。
水色の生地にメッソンのワッペンがついたもの。オレンジ色はナックラー。手持ちポケモンたちを見つけては手に取って、どれにしようかと考え込む。
キバナさんは生憎ナックラーしかなかったようで、それを手に持っていた。
「どいつもジムチャレンジ時代からの仲間だな」
棚に広げたエプロンを見て悩むこと数分、ふらりと店内を回っていたキバナさんが戻ってきた。
「どの子も大好きだから1番って決められないんですよね…」
「オレもジュラルドンやヌメラがあったら決まらなかっただろうな」
「うーん…決めました!メッソンにします。一番最初に選んだ子だから、今回はメッソンで」
綺麗な水色のエプロンを手に取って、店の奥の方へと進んでいく。
小さな雑貨店には所狭しといろいろなものが置いてあって、あれもこれもいいな、と目移りしてしまう。
店内を一周してレジへと向かい、会計を済ませるとすぐに食品売り場へと向かった。
今日はこれから予定がある。
久しぶりに重なったオフに、二人でジャムを作ろうと計画をしていた。
ママから届いたたくさんの特選リンゴがなかなか消費できず、昨日腐ってしまったものを見つけてしまい、他のリンゴも痛む前に加工してしまうことにし、その準備のために砂糖や瓶などを買いに来たのだ。
ジャムにしてしまえば応用も効く。朝のパンに塗ったり、ヨーグルトに入れたり。小さいころも、この時期になるとママの手作りジャムを食べるのが楽しみだった。
目当てのものを購入し、真夏の茹だるような熱風から少し涼しくなってきた風に吹かれて帰路につく。
雑貨店の紙袋が奏でる音に、帰ってから着用するのが楽しみで仕方がなかった。

「ただいま~」
施錠音に反応したお留守番組が次々とリビングの扉を開けて出てきた。
手が器用な子が開けてしまうと、それに続いて皆が出てきてしまう。こればかりはいくら言っても聞いてくれなくて、キバナさんも私ももう諦めてしまった。
手洗いや着替えを済ませて、新品のエプロンを身に着ける。
Sサイズでも少しゆとりができてしまった。
キバナさんはLサイズでちょうどよかったようで、オレンジのカラーがやっぱりよく似合っていた。
「なんか、エプロン一つでも好きなものだと嬉しいですね」
「オレのもヌメルゴンの粘液が落ちなくて染みになってたからちょうどよかったな」
昨日までつけていた黒いエプロンには、所々大きな染みがあった。
油跳ねにしては大きいそれは、ヌメルゴンが抱きついた跡なのだろう。
キバナさんはそのエプロンを丁寧に畳んで衣装ケースの中へとしまった。
どんなに汚れたり破けていても、思い出の一つなのだ。私も捨てられないものがどうしてもあって、普段は目につくことはないけれどきちんと保管している。
「よし、じゃあ作るか」
小鍋に水を張って瓶を沈め、火をつける。まずは煮沸消毒だ。
その間に私は特選リンゴを角切りにし、塩水を張ったボウルに次々と入れていく。
皮を剥き、芯を取り、角切りにしていくのはなかなかに大変だ。
ひたすら同じ作業を繰り返していると、キバナさんが横で大きな鍋に水を張り始めた。
「何か作るんですか?」
「チキンスープストック、作ってみようかと思ってさ」
「チキンスープストック?」
「鶏ガラと臭みを取る野菜を煮て出汁を作っておくんだ。冷凍すればしばらく何にでも使えるらしいから」
あまり想像ができなくて、へぇ、と曖昧に返事をすると、キバナさんは苦笑いを浮かべた。
「まあ、出来上がったらわかるさ」
また黙々と、目の前のリンゴに向き直る。並べた4個のうち、これでようやく3個目だ。大きなボウルが角切りのリンゴでいっぱいになっていく。その間に煮沸消毒が済んだ瓶はキバナさんが干してくれていた。
「終わったぁ」
「お疲れ」
4個を切り終わった頃には、手首から下が少しピリピリと痺れていて、疲労を感じた。
そうも言っていられなくて、塩水から上げたリンゴを鍋に移し、砂糖を入れていく。
中火で砂糖とリンゴを混ぜ合わせながら、リンゴが透明になって、水分にとろみがつくまで煮ていく。
都度かき混ぜている必要はなく、ほとんどほったらかしだ。
「リンゴジャムってこれだけか?」
「たまにかき混ぜるだけですよ。苺とかベリーみたいに手間がかからないので、楽ですよ」
ふーん、と頷いて、キバナさんは物珍しそうにぐるりと一度、木べらでかき混ぜた。
「キバナさんの方のチキンストックは?」
「これもずーっと煮ておくだけだな。たまに灰汁取って、水を足すくらいか。1~2時間かかるぜ」
「ねぇキバナさん。これでパウンドケーキ、作ってみませんか?前、ママに貰ったレシピ帳にあったの」
「暇だけど、キッチンにいなきゃいけないしな。小腹が空いた時食べれるし作ってみるか」
食器棚の引き出しかママのレシピ帳を取り出して、たくさん張った付箋の一枚を目印にページを開く。
「えっと、材料が…卵、砂糖、バニラエッセンス、小麦粉、ベーキングパウダー、サラダ油、牛乳とジャム」
「OK」
読み上げた材料が次々に色々な棚から出てくる。ずらりと並んだ材料を前に、レシピ帳を立てかけてその通りに進めていく。
まずは卵を溶きほぐし、砂糖とバニラエッセンスを入れて混ぜ合わせる。
カシャカシャと音を立てて溶きほぐす卵は、砂糖も入っているからかいつもより重い。綺麗な濃い黄色になったところでサラダ油と牛乳を入れ、混ぜ合わせる。
「あとはジャムを入れてからですね。ジャムを入れて小麦粉とベーキングパウダーを入れたらオーブンで焼くって書いてます」
「ジャムの具合はどうだ?」
「もう少し…とろみがついたらいいのかなぁ。冷めたら固まるのかも…?」
少しとろみが少ないような気もするが、水分はだいぶ減っている。
これ以上は焦げてしまうかもしれない。
「うん、このくらいで瓶に詰めて冷ましましょう」
少しずつ、木べらで瓶に詰め、パウンドケーキに入れる分は鍋に入れたまま、氷の入ったボウルを底に当てる。
熱を分散させるために木べらで混ぜながら急冷すると、途端に重くなり、市販のものより少し固めのジャムになった。
丁寧に掬ってボウルに入れ、計量した粉類を篩っていく。
小さな白い山がボウルの中に出来上がり、丁寧に、綺麗に混ぜ合わせ、型に移してオーブンへと入れた。
タイマーを30分にセットして、ふう、と一息吐く。
なんだかバタバタと動いていたのがひと段落ついて、急に疲れを感じた。
普段はここまですることがないから、右手が痛い。
「お疲れさん。スイーツはユウリの方が知ってるから任せっきりだったな」
「でもキバナさんが洗い物してくれたので助かりました。キバナさんの方は?」
「もうすぐ完成でいいと思うんだよなぁ」
ぐつぐつと煮立つ大きな鍋をのぞき込むと、無色透明だった水は綺麗な黄金色に変わっていた。透明になった玉ねぎ、くたくたになったセロリやニンジン、煮崩れた生姜とニンニクが浮いていた。
くん、と鼻を動かして匂いを嗅ぐ。
「チキンスープだ…」
「そ。これと野菜を煮込めばチキンスープになるし、もうすぐ肌寒くなるからランチにもスープ持っていけるだろ?」
「そっかぁ…!楽しみだなぁ。トマトペーストとささみをこれで煮たりしたら美味しそう」
「色々試してみるか」
網目状になった掬いでキバナさんは野菜を取っていく。
最後にボウルにキッチンペーパーを置いたザルを重ね、少しずつ器用にスープを流し込んで濾していく。
ボウルの中には黄金色の液体だけになった。
「これで冷めたら完成」
「あ、私の方ももう終わりますよ」
言うが早いか、オーブンが終了の合図を鳴らす。
オーブンを開けると、ふわっと甘い香りが漂った。
こげ茶色に焼き色のついた表面は、ぱっくりと割れていてよく膨らんでいた。
「これってすぐ切り分けていいのか?」
「もう少し冷めるまで待ちましょうか」
カウンターの上に焼きあがったパウンドケーキを置き、シンクやコンロの周りを掃除する。
エプロンを外すと、飛び散った小麦粉が付着していた。
水色の布地についた白い粉はまるで粉雪のようで、これから冷え込む日のために作られたチキンスープのアレンジが次々と思い浮かぶ。
「美味いな。ふわっとしていて口当たりがいいし、ジャムの甘さがちょうどいい」
「もうつまみ食いしちゃったんですか?これから紅茶も淹れておやつにしようと思ったのに」
早速切り分けた端の方を食べているキバナさんは、確か焼いている間もちらちらとオーブンの中をのぞいていた。
「これってあいつらも食えるのか?」
「甘さ控えめだけど、少量なら大丈夫ですよ」
個々の大きさに合わせて半分や四分の一に切り分け、キバナさんはリビングで大人しく待っていたポケモンたちに渡していく。
みんなキラキラと目を輝かせ、それを頬張り、ぱっと表情が明るくなる。
私は料理があまり得意ではない。前よりは確かに、少しずつ色々と作れるようにはなったけれど、まだキバナさんの作ったご飯の方がおいしいと思う。
けれどこんなに喜んでもらえるなら、疲れたけれどおいしいと思ってくれるなら、もっと色々作ってみたいと思った。




~リンゴジャム~
リンゴ4つを角切りにし、鍋に砂糖70~140gを入れて中火で煮る。
ブラウンシュガー(三温糖)だとほろ苦い感じに、白砂糖だと甘めに。
140gいれるとだいぶ甘いので90gくらいがおススメ。

~パウンドケーキ~
・卵2個
・砂糖60~70g
・サラダ油40ml
・牛乳30㏄
・薄力粉120g
・ベーキングパウダー小さじ1
・バニラエッセンス
・ジャムやドライフルーツなどお好きなものをお好きな量
(HMを使ってもOK)

粉類以外を混ぜ合わせ、篩った粉類をさっくり混ぜ合わせる。
180度の余熱したオーブンで30~40分焼く。
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