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ランチボックスシリーズ

「アローラでは記録的な猛暑が続いており、ビーチは人で賑わっています。特にこちらの海の家は連日、長い列ができておりーー」
テレビの画面には鮮やかなスカイブルーが広がっていた。
砂地には家族連れやカップルがビニールシートを広げて休んでいたり、海で泳いでいる人もいる。
そんな中、簡易的な建物の前に長蛇の列ができていた。
見ているだけでも暑そうだと思う中、皆並んで自分の番が来るまで待っている。
「キバナさん、海の家って行った事ありますか?」
「んー…ないな」
「何を売ってるんでしょう?暑いからかき氷とか?」
「聞いた話だけど中で食事もできるらしいぜ。焼きそばとか焼きとうもろこしとか」
へぇ、と感嘆のため息が漏れる。
残念なことにガラルには遊泳できるような海はない。なのでもちろん海の家もない。
泳いだ後に食べるかき氷やアイスクリームがとても美味しいことくらいしか知らない。それを経験したのも、とても幼い頃だったけれど。
「行ってみたい?」
「うーん…」
横に座っていたキバナさんの肩に頭を乗せる。
ビーチも海の家も行ってみたいけれど、それを実現させるにはやらなければならないことが沢山ある。
二人揃って長期の休みなんて、どう頑張っても取れるのはシーズンオフの冬。
冬に海なんてとてもではないけれど現実的ではない。
「ちょっと暑いからかき氷食べたくなっちゃいました」
多分キバナさんは気づいているだろう。
本当は行きたいと思っていること。けれどそれを言い出せないでいること。
どうしようもないことがあるということくらい、もうわかっているつもりだった。
ほんの少しだけ、キバナさんと旅行に行ってみたいなと思うくらいは許してほしい。
「夕飯前になるけど、食べるか?」
キバナさんは立ち上がってキッチンの方へ歩いていく。その後ろをついていくと、戸棚の高いところから細長い箱を取り出した。
「いつだったかな。なんかの飲み会でもらったんだ」
少し埃をかぶったその箱にはかき氷機と書かれていた。
「一人だと食べようと思わなくてさ」
新品のそれはハンディタイプで割と手軽に作れるようだった。
実家にあるのは大きな機械で、ハンドルをぐるぐると回して氷を削るタイプのものだ。
暑い夏の日はよく母がかき氷を作って、ホップと一緒に食べた。
急いで食べて、よく頭が痛くなった覚えがある。
「あ、でもシロップないですよね?」
「この間これ見つけた後に買ってきた」
にやりと笑みを浮かべて、食品棚を差した。
引き出しを開けると、定番の三種類、いちごとブルーハワイ、メロンの小さなボトルが入っていた。
「ユウリはどれがいい?」
「うーん、私はブルーハワイミルクがいいです」
冷蔵庫に練乳が入っていることは知っていた。
あまり出番はないけれど、キバナさんがたまにスイーツを作ってくれる時用に買ってあるのだ。
「キバナさんはどれにしますか?」
「オレはメロンかな」
機械を軽く洗い終わって、製氷機から氷を入れる。
ガラガラと氷を削る音が部屋中に響いた。
ミネラルを含んだ冷凍庫の氷が削れてどんどん器に白い山を作っていく。
アイスクリーム用に買った透明なガラスの器にできた山はまるでキルクスの山のようで見ているだけで涼しくなった気がした。
二つの山ができた所で、青い液体と緑の液体をまんべんなく垂らしていく。
ブルーハワイの方にはさらにたっぷりと練乳をかけて、再びソファーへと戻る。
「いただきます!」
キバナさんはテレビのリモコンを操作して動画配信サイトにアクセスすると、どこかの海の景色と波の音が流れる動画を再生した。
「んー…美味しい…口の中ひんやりする~」
青と白の山をスプーンで削って口に運ぶと、甘くて冷たい感触が口の中一杯に広がった。
直に口の中で溶けてしまう氷を次々と口へ運んでいると、隣からかすかに笑い声が聞こえた。
「急いで食べると頭痛くなるぞ」
「だって、かき氷食べるの久しぶりなんですもん」
「…今は、これで我慢してくれよ。オレもユウリと旅行行きたいし。もう少し待ってな」
「旅行は、行きたいですけど。今は二人揃ったオフがあれば十分です」
スプーンにソースと練乳がちょうどかかった部分を掬って、キバナさんの前に差し出す。
「…甘いな~」
キバナさんはメロンのソースがかかった部分をスプーンに山盛りに乗せ、差し出されたそれをぱくりと食べる。
あまりにも暑くて外に出たくなくて、室内でゆったりと過ごしていた休日。
なんでもない休日に二人で楽しむことがあれば、今はそれで充分満足だった。
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