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ランチボックスシリーズ

「え、ボウル大きすぎませんか…?」
家にある一番大きいボウルを取り出したキバナさんに声をかける。
「これでも多分3回ちょっとしか焼けないぞ?」
たこ焼き機で一回に出来上がる個数が24個。それの三回分となると72個。4人でそんなに食べるのだろうかと首を捻っていると、キバナさんは卵を3個、泡だて器で溶かし始めた。
シンクには1リットルのおいしい水のペットボトル、だしの素、白だし、醤油に個包装のたこ焼き粉。
それらを順番に入れていって、ぐるぐるとダマをほぐすように混ぜ合わせた。
あっという間にボウル一杯になった液にへぇ、と驚きの声が漏れる。
「これがたこ焼きのベースなんですね。けっこう水っぽいけどこれで固まるんですか?」
「うん、逆に水っぽい方が中がふわっとする。冷蔵庫からタコとねぎと、天かすと紅ショウガ、出してくれるか?」
はーい、と返事をして冷蔵庫のタッパーを取り出す。
お昼過ぎに急遽決まったたこ焼きパーティーの為に買い物に行って、下ごしらえを済ませていたものだ。
シュートシティで期間限定で出店しているたこ焼きの店を知らないか、とネズさんから電話があったのが始まりだ。
シュートシティまでマリィと出かけたはいいものの見つからずにいたらしい。結局その店の出店期限は終えていて、それならば家でたこ焼きをしようとキバナさんが言い出した。
昔はよくキバナさんとダンデさん、ネズさんでやっていたらしい。
ここ最近は皆忙しくて集まれずにいたのだと懐かしむように言っていた。
「よし、焼き始めるか」
たっぷりの油をまんべんなく敷いて、天かすを入れる。
しばらくすると温まったプレートからぱちぱちと油の跳ねる音が聞こえ始めた。
お玉で掬った液を並々と注いで、手早くタコ、紅ショウガ、ネギを入れていく。
少しずつ固まっていく水のような液を眺めていると、手を洗いに行ったはずのキバナさんはわさびとからしのチューブを持って戻ってきた。
「どこにいれるか、覚えとけよ?…ま、結局焼いた順から皿に盛っていくからわかんなくなるけど」
適当なところにわさびとからしを1センチほどを入れ、薄皮を張ったように焼け始めたところを竹串でプレートからはがし、くるっとひっくり返した。
「…私には入れないでくださいね?マリィも」
「じゃあこっち半分はユウリたち。こっちのわさびとからし入りはオレらな」
くるくると器用に転がして、大きな丸に焼け目をつけていく。
だしの香りが部屋中に広がり、お腹がくうっと鳴った。
紙皿と割りばし、マヨネーズやソースをテーブルに用意していると、インターホンが鳴った。
モニターを見ると黒と白の髪がアップで映っていた。
「ネズさん、マリィ、いらっしゃい!」
「すみませんね、用意してもらって」
お土産です、と渡されたのはシュートシティの有名なケーキ屋の箱だった。
「あとでマリィと二人で食べてください。それから…ここに来る途中で迷子を拾ったので勝手に連れてきました」
マリィがドアを広げると、段ボールの箱を持った紫色の髪の毛がふわりと広がった。
「やぁ、ユウリ君」
大きな文字でビールの品名が書かれている箱を持ったダンデさんが立っていた。
「いらっしゃい、ダンデさん」
「久々に買い物に出たら迷ってしまったんだ」
「重くなかったですか?」
「大丈夫だぜ」
3人にスリッパを出してリビングに戻ると、一度目のたこ焼きが焼きあがっていた。
「キバナさん、ダンデさんも来ました」
「え、なんで?」
「シュートシティで迷っていたみたいです。ビールとケーキ、頂いちゃいました」
グラスを追加で出して、冷蔵庫に入れていたビールを注いでいく。
「マリィもビール飲む?」
「私はいいや、何か手伝う?」
「ううん、大丈夫だよ」
私の左隣にマリィ、右隣にはキバナさん。反対側にネズさんとダンデさんが座る。
焼きあがったたこ焼きを全員に配ると、たこ焼きパーティーが始まった。
「私、家でたこ焼きなんて初めて」
興味深そうにマリィはプレートを見て言った。
「二人だと、なかなかやろうと思わないんですよね」
「一回分作るってなかなか難しいからなぁ」
男性たちはすでにグラスを傾けている。
各々好きなようにソースやマヨネーズ、青のりをかけてぱくりと一口。
「そうそう、この味ですね」
「だしの香りが効いてて美味しいばい」
「懐かしいな、昔キバナに作ってもらった味だ」
合わせだしと白だし、ほのかに醤油の香りが口いっぱいに広がっていく。
大振りに切ったタコの味、少し甘めのソースとマヨネーズ、ぴりっとアクセントになった紅ショウガ。
小さな丸い塊の中にはいろいろな香りと味が詰まっていて、けれどもどれも邪魔をしない。不思議なくらい調和がとれていた。
「んぐっ…!」
突然、ダンデさんが口を押え、ビールを流し込む。
「くくっ…」
「ははっ…!」
ネズさんとキバナさんがその様子を見て笑っていた。
「辛いぜ…」
ダンデさんは目にうっすらと涙を浮かべ、追加で注いだビールを飲み干した。
「何味だった?」
「わさびだな…」
「アニキ、これ、わさび入ってると?」
「ああ、ロシアンルーレット、まあ罰ゲームみたいなものですよ」
「大丈夫、マリィとユウリのには入れてないから」
ほっとマリィが胸を撫でおろした。
全員の皿が空になり始めた頃、2度目のたこ焼きが焼きあがった。
さっとプレートの左半分から自分とマリィの分を取ると、男性たちの手が伸びる。
「ぐっ…!」
一瞬、喉を詰まらせたかのようにくぐもった声が聞こえた。
ネズさんの方を見ると先ほどのダンデさんと同じようにビールを飲み干す。
「…キバナ」
「お、1回目のやつのからしはネズに行ったか」
「ユウリ、冷蔵庫開けてもいいですか」
「どうぞ…?」
戻ってきたネズさんの手にはラー油のボトルが握られていた。
キバナさんの背後に回り、たこ焼きの一つにラー油をワンプッシュかける。
一滴、二滴のレベルではないラー油に鰹節が真っ赤に染まり、いかにも辛そうなそれを箸で摘まんだかと思うとキバナさんの前に持っていく。
「俺が食べさせてやりますよ。ほら、口開け」
「いやいや、それは違うだろ」
「俺とダンデが食ってオマエだけ食ってないのが気に食わねぇんですよ」
「キバナ、オレもネズも食べたんだ。キミだけ食べなてないのはずるいぜ」
「…わーったよ。食えばいいんだろ」
はぁ、とため息を一つついて、キバナさんは大きく口を開けた。
さっと放り込まれた真っ赤なたこ焼きを何度か咀嚼して、やはりビールを流し込む。
「くくっ…」
ネズさんは満足したのか、自分の席に戻って普通のたこ焼きを食べ始めた。
ダンデさんの皿は2回目に焼いたたこ焼きもなくなりかけている。
「まだ口ん中ヒリヒリするわ」
「オレもまだ鼻の奥が少し痛いぜ」
キバナさんと、ネズさん、ダンデさん。
三人のやり取りを見ていると、自然と笑みが零れた。
長い間、こうやって三人でいたのだろう。
立場もなにも関係なく、昔からこうやって三人で騒いでいたのだろうか。
ふと、羨ましいなと思った。こんなキバナさんの表情を見たことはあまりない。いつもよりもどこか幼い気がした。
「もうお腹いっぱいたい」
マリィとモルペコは同じようにお腹を撫でていた。
「私も。美味しかったし…楽しいな」
「そうやね。アニキも楽しそうだし、今日はありがとう」
「またみんなでやりたいね。そうだ、ネズさんからもらったケーキ、食べる?」
ケーキ、という単語にに反応したモルペコが目を輝かせて一声鳴いた。
「モルペコ、まだ食べると?」
元気よく返事をするモルペコに二人揃って笑い声をあげる。
「さて、次は何入れる?今度は恨みっこなしだ」
キバナさんがニヤリと怪しい笑みを浮かべた。
「これなんてどうです?」
ネズさんがジャケットから取り出したのはFRISKだった。
三人はまだまだ食べて、飲むようだ。
「マリィどっちがいい?」
「半分こ、せーへん?」
「そうしよっか」
均等になるように二種類のケーキを半分に割って、取り分ける。
食後のデザートを堪能する私たちとは反対に、男性陣の燥ぐ声がリビングに広がっていた。
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