ランチボックスシリーズ
ふっと意識が浮かんで瞼を開けると、部屋はとても静かだった。
普段は隣の部屋でキバナさんと私のポケモンたちが休んでいる。
けれども朝ともなれば皆起きだして、煩いとまではいかなくても音はする。
しかし、今日は全く気配を感じない。
枕元に置いていたスマホを確認すると、時刻は午前10時。
たっぷりと眠ってしまったらしい。
キバナさんとは休みが合わなかった。残念ではあったけど、二人の休みが重なる方が珍しい。
ぐいっと腕を伸ばして伸びをすると、固まっていたのかぱきっとどこかの骨が鳴った。
ベッドから足を下ろし、隣の部屋のドアを開けると、そこには誰もいなかった。
「…あ、そっか」
そういえば、今日はポケモンたちのヘルスチェックのためにナックルシティジムの傍のポケモンセンターに預ける予定だった。
午前中に預ければ午後には引き取れるが、ここ最近の疲労もあって少し、億劫だった。
6日ぶりの休日。少しゆっくりと眠りたい。どうしようかと悩んだ末、起きてからでいいだろうという結果に至ったのだが、どうやらキバナさんが連れて行ってくれたらしい。
なんとなくお腹が減ったような気がして冷蔵庫を開けると、昨日の夕飯に残った豚肉とたまねぎの焼き肉タレ炒めがあった。その器を引き出すと、奥の方にキバナさんの弁当箱が残っていた。蓋を開けてみると、おかずだけが入っていてご飯が入っていない。忘れていってしまったのだろう。
弁当箱を片手に少しだけ考えて、それを電子レンジで温める。
次に炒め物が入った器を軽く温めた。
弁当箱のおかずを摘まみながら卵を四つ割る。そこに砂糖を中さじ1杯と牛乳、マヨネーズ、塩、白だしを少し多めに入れてよく溶きほぐした。
卵焼きの長方形のフライパンに油を敷いて温め、中温になったところで溶き卵を半量。すぐにかき混ぜて半熟より少し柔らかめの状態で折りたたむ。
火を止めて、食パンにマヨネーズとからしを塗り、まな板の上に広げてふっくらと柔らかく固まった卵をパンの形に合わせて敷いてパンを重ねれば出来上がり。
半分に切ってサンドイッチ用に買った少しオシャレなオレンジ色のケースに詰める。
同じようにもう一つ、卵サンドを作って鮮やかな水色のケースに詰めた。
もう四枚、まな板の上にパンを置いてマヨネーズを薄く塗り、残っていたサラダ用の千切りキャベツと豚肉と玉ねぎの炒め物を乗せる。
それも半分に切って、またケースへ。
少し開いたスペースに、残って冷蔵庫へ入れていたマカロニサラダと人参とごぼうの甘辛炒めを入れて、ランチバッグの中へ入れた。
洗い物を済ませて身支度を整えた頃にはもう11時半を回っていて、置きっぱなしだったスマホを手に取る。
仕事中は極力、連絡は控えていた。巡回中であればその一瞬の隙が危険を生むこともある。会議中であれば、通知音は鳴らないだろうけれど気が散ってしまうだろう。
付き合う前まではあまり気にしていなかったことでも、よくよく考えれば危険と隣り合わせの彼に、今はだいぶ気を遣うようになった。
けれど弁当を忘れたままではお昼に困るかもしれない。
『キバナさん、お弁当忘れていきませんでした?』
『忘れた。さっき気づいたわ…』
ほどなくして返ってきたメッセージは涙目のプリンのスタンプ付きで思わずくすりと笑ってしまった。
『今からジムに行きますね』
ぺこり、と頭を下げたイーブイのスタンプが返ってきたのを確認し、ジムへと向かう。
外はうだるような暑さで、少し歩いただけでも汗が滲んだ。
ジムまで15分程度歩いただけなのに、容赦なく照り付ける太陽に汗だくになってしまった。
入り口で水を撒いていたリョウタさんに忘れ物を届けに来たと伝えて執務室に取り次いでもらう。
「キバナさん、お弁当持ってきました」
「あー助かった…暑かったろ?」
「今日はホントに暑いですね…」
空調の効いた執務室の中は涼しく、体の熱がすっと引いていく。
ようやくまともに呼吸ができたような気がした。
「あんまり暑いから外、出たくなくてさ。昼飯どうしようか迷ってたんだ」
「一緒に食べようと思って作ってきました」
「わざわざ作り直したのか?」
「特製サンドイッチです!」
ケースの蓋を開けて中を見せるとキバナさんはしげしげとサンドイッチを見つめる。
「つい最近までカレー以外作れなかったのにな…」
「色々作るようになってから、だいぶコツがわかってきました」
キバナさんは卵サンドを一切れ手に取り、口に運ぶ。
「どう、ですか?テレビで見たから試してみたんですけど」
「うん、旨い。卵ふわふわだし白だしが効いてて。あとこのからしマヨネーズ、合うな」
「えへへ、よかった」
実はキバナさんがいないときにこっそり作って食べていたのだ。
最初は卵が固くなってしまったり、バラバラになってしまったり。時には焼きすぎて焦げたこともあった。何度も動画を見ながら試行錯誤して、ようやく人前に出せるレベルになった。
「キバナさん、今日の夕飯は何がいいですか?」
「辛口カレーがいいな。最近暑いからバテそうだし」
「いいですね。じゃあ辛口のトロピカルカレー、どうですか?」
「うん、作ってくれるか?」
「勿論!まごころ込めて作りますよ!」
「これで巡回も頑張れそうだ」
「気を付けてくださいね。あ、インテレオンたちポケモンセンターに預けてくれてありがとうございました」
「出勤のついでだよ。帰りに寄って引き取ってくれ」
「はい。じゃあ私は帰りますね。巡回、頑張ってください」
すっかり空になったケースをしまい、立ち上がる。
またあの熱気の中を帰るのかと思うとすこし気分が落ち込むが、これから外での仕事を控えている彼からすればそんなことは言っていられない。
「じゃあ、またあとで」
「ありがとな。カレー楽しみにしてる」
外へ出ると再び熱気に包まれた。蜃気楼のように揺らめく視界の中、上を見上げるとフライゴンが美しい音色を奏でながら飛び立って行く。
その姿が見えなくなるまで見送って、ポケモンセンターへと向かった。
普段は隣の部屋でキバナさんと私のポケモンたちが休んでいる。
けれども朝ともなれば皆起きだして、煩いとまではいかなくても音はする。
しかし、今日は全く気配を感じない。
枕元に置いていたスマホを確認すると、時刻は午前10時。
たっぷりと眠ってしまったらしい。
キバナさんとは休みが合わなかった。残念ではあったけど、二人の休みが重なる方が珍しい。
ぐいっと腕を伸ばして伸びをすると、固まっていたのかぱきっとどこかの骨が鳴った。
ベッドから足を下ろし、隣の部屋のドアを開けると、そこには誰もいなかった。
「…あ、そっか」
そういえば、今日はポケモンたちのヘルスチェックのためにナックルシティジムの傍のポケモンセンターに預ける予定だった。
午前中に預ければ午後には引き取れるが、ここ最近の疲労もあって少し、億劫だった。
6日ぶりの休日。少しゆっくりと眠りたい。どうしようかと悩んだ末、起きてからでいいだろうという結果に至ったのだが、どうやらキバナさんが連れて行ってくれたらしい。
なんとなくお腹が減ったような気がして冷蔵庫を開けると、昨日の夕飯に残った豚肉とたまねぎの焼き肉タレ炒めがあった。その器を引き出すと、奥の方にキバナさんの弁当箱が残っていた。蓋を開けてみると、おかずだけが入っていてご飯が入っていない。忘れていってしまったのだろう。
弁当箱を片手に少しだけ考えて、それを電子レンジで温める。
次に炒め物が入った器を軽く温めた。
弁当箱のおかずを摘まみながら卵を四つ割る。そこに砂糖を中さじ1杯と牛乳、マヨネーズ、塩、白だしを少し多めに入れてよく溶きほぐした。
卵焼きの長方形のフライパンに油を敷いて温め、中温になったところで溶き卵を半量。すぐにかき混ぜて半熟より少し柔らかめの状態で折りたたむ。
火を止めて、食パンにマヨネーズとからしを塗り、まな板の上に広げてふっくらと柔らかく固まった卵をパンの形に合わせて敷いてパンを重ねれば出来上がり。
半分に切ってサンドイッチ用に買った少しオシャレなオレンジ色のケースに詰める。
同じようにもう一つ、卵サンドを作って鮮やかな水色のケースに詰めた。
もう四枚、まな板の上にパンを置いてマヨネーズを薄く塗り、残っていたサラダ用の千切りキャベツと豚肉と玉ねぎの炒め物を乗せる。
それも半分に切って、またケースへ。
少し開いたスペースに、残って冷蔵庫へ入れていたマカロニサラダと人参とごぼうの甘辛炒めを入れて、ランチバッグの中へ入れた。
洗い物を済ませて身支度を整えた頃にはもう11時半を回っていて、置きっぱなしだったスマホを手に取る。
仕事中は極力、連絡は控えていた。巡回中であればその一瞬の隙が危険を生むこともある。会議中であれば、通知音は鳴らないだろうけれど気が散ってしまうだろう。
付き合う前まではあまり気にしていなかったことでも、よくよく考えれば危険と隣り合わせの彼に、今はだいぶ気を遣うようになった。
けれど弁当を忘れたままではお昼に困るかもしれない。
『キバナさん、お弁当忘れていきませんでした?』
『忘れた。さっき気づいたわ…』
ほどなくして返ってきたメッセージは涙目のプリンのスタンプ付きで思わずくすりと笑ってしまった。
『今からジムに行きますね』
ぺこり、と頭を下げたイーブイのスタンプが返ってきたのを確認し、ジムへと向かう。
外はうだるような暑さで、少し歩いただけでも汗が滲んだ。
ジムまで15分程度歩いただけなのに、容赦なく照り付ける太陽に汗だくになってしまった。
入り口で水を撒いていたリョウタさんに忘れ物を届けに来たと伝えて執務室に取り次いでもらう。
「キバナさん、お弁当持ってきました」
「あー助かった…暑かったろ?」
「今日はホントに暑いですね…」
空調の効いた執務室の中は涼しく、体の熱がすっと引いていく。
ようやくまともに呼吸ができたような気がした。
「あんまり暑いから外、出たくなくてさ。昼飯どうしようか迷ってたんだ」
「一緒に食べようと思って作ってきました」
「わざわざ作り直したのか?」
「特製サンドイッチです!」
ケースの蓋を開けて中を見せるとキバナさんはしげしげとサンドイッチを見つめる。
「つい最近までカレー以外作れなかったのにな…」
「色々作るようになってから、だいぶコツがわかってきました」
キバナさんは卵サンドを一切れ手に取り、口に運ぶ。
「どう、ですか?テレビで見たから試してみたんですけど」
「うん、旨い。卵ふわふわだし白だしが効いてて。あとこのからしマヨネーズ、合うな」
「えへへ、よかった」
実はキバナさんがいないときにこっそり作って食べていたのだ。
最初は卵が固くなってしまったり、バラバラになってしまったり。時には焼きすぎて焦げたこともあった。何度も動画を見ながら試行錯誤して、ようやく人前に出せるレベルになった。
「キバナさん、今日の夕飯は何がいいですか?」
「辛口カレーがいいな。最近暑いからバテそうだし」
「いいですね。じゃあ辛口のトロピカルカレー、どうですか?」
「うん、作ってくれるか?」
「勿論!まごころ込めて作りますよ!」
「これで巡回も頑張れそうだ」
「気を付けてくださいね。あ、インテレオンたちポケモンセンターに預けてくれてありがとうございました」
「出勤のついでだよ。帰りに寄って引き取ってくれ」
「はい。じゃあ私は帰りますね。巡回、頑張ってください」
すっかり空になったケースをしまい、立ち上がる。
またあの熱気の中を帰るのかと思うとすこし気分が落ち込むが、これから外での仕事を控えている彼からすればそんなことは言っていられない。
「じゃあ、またあとで」
「ありがとな。カレー楽しみにしてる」
外へ出ると再び熱気に包まれた。蜃気楼のように揺らめく視界の中、上を見上げるとフライゴンが美しい音色を奏でながら飛び立って行く。
その姿が見えなくなるまで見送って、ポケモンセンターへと向かった。