ジンクス本編外
ユウリとの待ち合わせ場所に到着して、一時間。
公園のベンチに腰掛け、ぼんやりと小さな噴水から吹き出る水とその傍でニョロモとタッツーがみずでっぽうをして遊んでいる様子を眺めていた。スボミーやチェリンボがその水飛沫を浴びて嬉しそうに飛び跳ねていて、その横ではトレーナーと思わしき少年少女が同じようにはしゃいでいる。
遊ぶ子供と水ポケモンたちを眺め、ヌメルゴンもヌメラの時から水遊びが好きだったなと思い出し、スマホから写真を引っ張り出して見ていたり、SNSを開いたりしていた。
三十分程度は何かで遅れているんだろうなとそんなことをしているうちにあっという間に過ぎていた。
ところが、何度かユウリにメッセージを送っても既読がつかない。何かあったのではないかと心配になってきて、意味もなく公園をぐるぐると回ってみたものの、結局はベンチへ戻った。
ネットで検索しても、交通機関は遅延もないし止まってもいない。シュートシティからナックルシティまでの天候も安定しているようだ。
あまり急かすのもよくないかと思って控えていた電話をかけてみる。
呼び出し音が二十回鳴って、アナウンスに切り替わった。
終話をタップしてもう一度鳴らしてみる。
遠くから聞きなれた着信音が鳴ったが、よくあるスマホメーカーのデフォルトの着信音だ。
他の誰かかもしれないと思いつつあたりを見渡すと、小柄な女性が目いっぱい走っていた。
噴水の反対側で一度立ち止まり、また走ってこちらへ向かってくる。
「キ、バナさん。ごめんな、さい」
はあはあと息を切らし、両膝に手をついて乱れた呼吸を整えようとする合間に零れた謝罪にほっと胸を撫でおろした。
「まあ、とりあえず座れって」
ユウリの呼吸が収まるのを待つ間に近くの自販機でおいしい水を買って差し出すと、彼女は一気に半分ほど飲んだ。涼しい季節だというのに首筋や額には汗が滲んでいる。駅から走ってきたのだろう。
「あの、遅れちゃってごめんなさい」
「うん、何があった?」
小柄な体がさらに小さく見えるほどに縮こまった彼女に極めて冷静を装って訳を尋ねる。
怒ってはいないのだということを知ってほしかった。
「出がけに、モノズが熱を出しているのに気づいて。時間にちょっと余裕があったのでセンターに連れて行こうと思ったんです。だけどボールに入れようとしたら暴れちゃって……食器棚にぶつかってお皿割れて。暴れるモノズを捕まえようとしたらポケットからスマホが落ちて、踏まれて……その……画面が割れちゃって……」
小さなバッグから取り出したスマホは、画面の下半分を中心に割れていた。
これではメッセージに既読がつかないのも、電話に出なかったことにも納得がいく。
「お皿を片付けて、センターに連れて行って、急いで来たんですけど……ごめんなさい。今日の映画楽しみにしてたのに」
公開日にどうしても観たくて、二人でどうにか仕事を調整して休みを合わせた。もちろん、チケットも前もって買っていて、予定も組んでいた。
少し余裕を持って待ち合わせをして、昼食を済ませて早めに劇場へ入ろうと二人で話し合っていた。
そのあとはブティックで夏物を新調したいとユウリは言っていた。
けれどもう映画は始まってしまっているし、カフェのランチタイムも終わりそうだ。
「怪我は?してないか?」
半袖から伸びる腕を取って手首から肘までを切り傷や打ち身がないか診るが、どこにも傷はないようだ。
「大丈夫、です」
「映画はまだやってるさ。それよりどうする?飯食いに行くか?それとも先にスマホ、買いに行くか?」
「なんかバタバタしてて、落ち着いたら急にお腹減っちゃいました。キバナさんとも会えたし、スマホは後で買いに行ってもいいですか?」
「うん。何食べようか」
スマホで付近の店を表示させてユウリに見せると、何度かスクロールをして裏通りにある小さなカフェを指した。
外装はいたってシンプルなブラウン。店内の中もブラウンで統一され、落ち着いた雰囲気の店らしい。
はあ、と深く息を吐いたユウリは明らかに気落ちしているようだ。
捕まえてまだそんなに経っていないモノズの体調不良と続いたトラブルの上、連絡手段も断たれ、ユウリの焦る様子が目に浮かんだ。
ユウリのモノズは性格がおくびょうだ。
まだ幼いせいか、好奇心旺盛で、興味が持ったことにはすぐに走っていく。
今回も、具合が悪くなって恐怖を感じ、更に苦手なポケモンセンターへ行くと気がついての行動だ。
よくあることではあるが、それで括ってしまうには聊か不安がある。
色々なタイプ、性格のポケモンを育成してきたユウリが手を拱いているのだ。
サザンドラまで進化してもこのままの性格であれば、少々補正するしかないのかもしれない。
「あの、キバナさん」
そんなことを考えながらカフェまでの道を歩いていると、くいっと服の裾が引っ張られた。
「本当に、今日はごめんなさい」
服の裾を持ったまま項垂れているユウリの頭に手を置いて、目線を合わすようにしゃがんだ。
「大丈夫、少し予定が変わっただけだからさ。飯食って、スマホ変えて、映画観に行こうぜ。遅くなったらそのままナックルに泊まっていったらいい」
そう提案すると、ほんの少しだけ、ユウリは笑った。
「ランチしながらモノズの今後の育成について、考えるか」
元々、モノズの育成は難しいものがある。ドラゴンタイプ自体、難しい。
これから進化をして体が大きくなってからもこのままでは、ユウリが危険だ。
面倒だと言って、捨てられることもある。そうならないように学ぶべきなのに、残念ながら扱いにくいと言って捨てられる率が高水準なのがドラゴンタイプだ。
ユウリに限ってはそんなことはないだろうけれど、彼女が怪我をするのだけは見ていられない。
けれども、モノズには少し感謝にも似た感情を持っていた。
モノズがユウリのポケモンにならなければ、育成に携わることもなかっただろう。そして最近なぜか少し距離を取っていたユウリが会いに来ることが多くなった。
会えば目を逸し、どこかよそよそしかったユウリとこうやって以前のように食事をしたり遊びに行ったりできるようになった。
だからこそ、できるかぎりのことをモノズにしようと思う。
なんて言ったって、距離を縮めるきっかけを作ってくれたのだから。
公園のベンチに腰掛け、ぼんやりと小さな噴水から吹き出る水とその傍でニョロモとタッツーがみずでっぽうをして遊んでいる様子を眺めていた。スボミーやチェリンボがその水飛沫を浴びて嬉しそうに飛び跳ねていて、その横ではトレーナーと思わしき少年少女が同じようにはしゃいでいる。
遊ぶ子供と水ポケモンたちを眺め、ヌメルゴンもヌメラの時から水遊びが好きだったなと思い出し、スマホから写真を引っ張り出して見ていたり、SNSを開いたりしていた。
三十分程度は何かで遅れているんだろうなとそんなことをしているうちにあっという間に過ぎていた。
ところが、何度かユウリにメッセージを送っても既読がつかない。何かあったのではないかと心配になってきて、意味もなく公園をぐるぐると回ってみたものの、結局はベンチへ戻った。
ネットで検索しても、交通機関は遅延もないし止まってもいない。シュートシティからナックルシティまでの天候も安定しているようだ。
あまり急かすのもよくないかと思って控えていた電話をかけてみる。
呼び出し音が二十回鳴って、アナウンスに切り替わった。
終話をタップしてもう一度鳴らしてみる。
遠くから聞きなれた着信音が鳴ったが、よくあるスマホメーカーのデフォルトの着信音だ。
他の誰かかもしれないと思いつつあたりを見渡すと、小柄な女性が目いっぱい走っていた。
噴水の反対側で一度立ち止まり、また走ってこちらへ向かってくる。
「キ、バナさん。ごめんな、さい」
はあはあと息を切らし、両膝に手をついて乱れた呼吸を整えようとする合間に零れた謝罪にほっと胸を撫でおろした。
「まあ、とりあえず座れって」
ユウリの呼吸が収まるのを待つ間に近くの自販機でおいしい水を買って差し出すと、彼女は一気に半分ほど飲んだ。涼しい季節だというのに首筋や額には汗が滲んでいる。駅から走ってきたのだろう。
「あの、遅れちゃってごめんなさい」
「うん、何があった?」
小柄な体がさらに小さく見えるほどに縮こまった彼女に極めて冷静を装って訳を尋ねる。
怒ってはいないのだということを知ってほしかった。
「出がけに、モノズが熱を出しているのに気づいて。時間にちょっと余裕があったのでセンターに連れて行こうと思ったんです。だけどボールに入れようとしたら暴れちゃって……食器棚にぶつかってお皿割れて。暴れるモノズを捕まえようとしたらポケットからスマホが落ちて、踏まれて……その……画面が割れちゃって……」
小さなバッグから取り出したスマホは、画面の下半分を中心に割れていた。
これではメッセージに既読がつかないのも、電話に出なかったことにも納得がいく。
「お皿を片付けて、センターに連れて行って、急いで来たんですけど……ごめんなさい。今日の映画楽しみにしてたのに」
公開日にどうしても観たくて、二人でどうにか仕事を調整して休みを合わせた。もちろん、チケットも前もって買っていて、予定も組んでいた。
少し余裕を持って待ち合わせをして、昼食を済ませて早めに劇場へ入ろうと二人で話し合っていた。
そのあとはブティックで夏物を新調したいとユウリは言っていた。
けれどもう映画は始まってしまっているし、カフェのランチタイムも終わりそうだ。
「怪我は?してないか?」
半袖から伸びる腕を取って手首から肘までを切り傷や打ち身がないか診るが、どこにも傷はないようだ。
「大丈夫、です」
「映画はまだやってるさ。それよりどうする?飯食いに行くか?それとも先にスマホ、買いに行くか?」
「なんかバタバタしてて、落ち着いたら急にお腹減っちゃいました。キバナさんとも会えたし、スマホは後で買いに行ってもいいですか?」
「うん。何食べようか」
スマホで付近の店を表示させてユウリに見せると、何度かスクロールをして裏通りにある小さなカフェを指した。
外装はいたってシンプルなブラウン。店内の中もブラウンで統一され、落ち着いた雰囲気の店らしい。
はあ、と深く息を吐いたユウリは明らかに気落ちしているようだ。
捕まえてまだそんなに経っていないモノズの体調不良と続いたトラブルの上、連絡手段も断たれ、ユウリの焦る様子が目に浮かんだ。
ユウリのモノズは性格がおくびょうだ。
まだ幼いせいか、好奇心旺盛で、興味が持ったことにはすぐに走っていく。
今回も、具合が悪くなって恐怖を感じ、更に苦手なポケモンセンターへ行くと気がついての行動だ。
よくあることではあるが、それで括ってしまうには聊か不安がある。
色々なタイプ、性格のポケモンを育成してきたユウリが手を拱いているのだ。
サザンドラまで進化してもこのままの性格であれば、少々補正するしかないのかもしれない。
「あの、キバナさん」
そんなことを考えながらカフェまでの道を歩いていると、くいっと服の裾が引っ張られた。
「本当に、今日はごめんなさい」
服の裾を持ったまま項垂れているユウリの頭に手を置いて、目線を合わすようにしゃがんだ。
「大丈夫、少し予定が変わっただけだからさ。飯食って、スマホ変えて、映画観に行こうぜ。遅くなったらそのままナックルに泊まっていったらいい」
そう提案すると、ほんの少しだけ、ユウリは笑った。
「ランチしながらモノズの今後の育成について、考えるか」
元々、モノズの育成は難しいものがある。ドラゴンタイプ自体、難しい。
これから進化をして体が大きくなってからもこのままでは、ユウリが危険だ。
面倒だと言って、捨てられることもある。そうならないように学ぶべきなのに、残念ながら扱いにくいと言って捨てられる率が高水準なのがドラゴンタイプだ。
ユウリに限ってはそんなことはないだろうけれど、彼女が怪我をするのだけは見ていられない。
けれども、モノズには少し感謝にも似た感情を持っていた。
モノズがユウリのポケモンにならなければ、育成に携わることもなかっただろう。そして最近なぜか少し距離を取っていたユウリが会いに来ることが多くなった。
会えば目を逸し、どこかよそよそしかったユウリとこうやって以前のように食事をしたり遊びに行ったりできるようになった。
だからこそ、できるかぎりのことをモノズにしようと思う。
なんて言ったって、距離を縮めるきっかけを作ってくれたのだから。