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ジンクス本編外

時々、自分の居場所がわからなくなる。
ずいぶん前に捨てた『ダンデのライバル』という座をなくしてからというもの、自分は何者であるべきか、何を目的として生きているのか。
ふと思ってしまえばそれは染みのように広がって黒い影を落としていく。
書棚に並んだノートの山は10年間のダンデのための対策を書き記したもの。
それももはや、必要ないのかもしれないがなんとなく自分の努力の結晶のような気がしていまだに手元に置いている。
ユウリと一緒に住み始めた頃、これを見つけた彼女は目を輝かせて一冊一冊手にとってはパラパラと捲っていた。
今でも飽きずに何度も読んでいるらしい。
『ダンデのライバル』を降りて10年。
新しく玉座に座った少女は女性になり、恋人になった。
愛しい人。けれど同時にライバルでもある。
私情を挟むわけではないがどうしても、ダンデの時と同じような感情ではいられない。
バトルの時は倒すことしか考えていないし、対策も怠らない。それでも。
ユウリのライバルでいるべきなのか、恋人でいるべきなのか。どちらかを選ばなければなんだか中途半端なような気がするのだ。

◇◇
ユウリとの公式戦の一週間前は必ず、ユウリはシュートシティのホテルへ泊まる。
お互いが集中できないからだ。その一週間の間に、最後の詰めに入る。
手持ち、技の構成。過去の試合動画を見ながら分析していくのは楽しい。
その答え合わせのようなバトルは言葉だけでは表せない。
まるで麻薬のように脳を痺れさせて、ユウリの表情しか見れなくなる。
口角を少しだけ上げて笑む、悔しそうに奥歯を噛む。その一つ一つを見逃さないように。
そこに聳え立つ女王に集中すれば観客の熱狂も聞こえず、しんと静まり返った空間になる。
それが終わった瞬間、まるでバットトリップのように襲う虚無感。
全身全霊で戦ったからこそのその感覚は、次第に膨れ上がっていく。
戦うことの意味まで考え始めたら数日は闇の中だ。
この期間中はさすがにユウリに合わせる顔がなくて、すぐに荷物を纏めてホテルへ向かう。
彼女だって気まずいだろうから。いつまでたっても大人げないオレさまに、気を遣わせるのも申し訳ない。
一人で落ちるところまで落ちて、数日後には今まで通り。
愛しい彼女の元へ戻る。そうすれば笑顔でお帰りなさいと迎えてくれて、また日常に戻る。

すっかり日常に戻ったそんなある日。
ダンデが突然、ジムへやってきた。
一緒に飲みに行ったりすることはあっても、ダンデがジムまで来ることは滅多にない。
そんな彼が置いていったのは一通の手紙だった。
封蝋されたそれを開ければ、中には招待状。
「ガラルスタートーナメント…」
ジムリーダーを始めとした強者とのタッグバトル。
「当然あいつも参加するんだよな?」
挑戦的な目つきで口角を上げたダンデはどこか楽しそうだった。
ああ、ようやくこいつと戦える。今度はユウリと二人で倒してやろうか。
そう思っていたのに、まさかの初戦はダンデとのタックだった。
順調に勝ち進んで、ダンデの傾向を掴んでいった決勝戦。
ユウリとホップのタッグは絶妙なコンビネーションだった。
決勝戦までの二戦分のダンデの傾向はどれも当てはまらないし、技の指示は的確なはずなのに上手くいかない。
それもそのはず。もともとライバル同士の二人が組んだところでコンビネーションもなにもない。
キョダイマックスリザードンとキョダイマックスインテレオン。
その迫力ある光景の先に見えたユウリは、勝利を確信して微笑んでいた。

◇◇
「キバナさん、私と組んでくれませんか?」
4回目のガラルスタートーナメントを前にユウリが誘ってきた。
あれから頻繁に行われるこのトーナメントに出場するうち、他のジムリーダーたちと組んでなんとなく勝手がわかってきたところだ。
決勝まで進めないこともあったオレさまに比べて、毎回優勝するユウリ。
「…待ってたぜ」
念願のユウリとのタッグ。毎回組む相手も対戦相手も違うため、対策はしきれていない。
だからこそ楽しい。
いつも通り決勝までの二戦はユウリの傾向を観察しつつ、進めていく。
技が綺麗に決まっていくのはとても気持ちがよかった。
偶然にしてはできすぎるくらいに思い通りに進んでいく。
それが偶然ではなくユウリの策略だと気づいたのは決勝戦のダンデとマスタードのタッグの試合中だ。
タイプ相性を完璧に理解し、一撃で仕留めていく。
力でねじ伏せていくその様は圧巻だった。
残ったHPはフライゴンのじしんと砂あらしで削って行けば、残りはリザードンとウーラオスのみ。
ちらりとユウリを見ればこちらを見て微笑んだ。
ーああ、わかった。
ジュラルドンをボールに戻してキョダイマックスさせる。
キョダイマックスジュラルドン対キョダイマックスリザードン。
先行でダイロックでダメージを与え、二撃目のキョダイゲンスイを放ったところでリザードンは倒れた。
小さくなってボールに入っていくリザードンを眺めて、脱力しそうになった直前、ユウリを見る。
ウーラオスを倒した彼女はにかっと悪戯っ子のような顔で笑った。

「ユウリ」
「気づいてましたか、キバナさん」
「もちろんだ」
控室に戻って思わず抱きしめたユウリはふふっと笑って抱き返してきた。
ユウリはこの試合の中、一度もダンデのポケモンに攻撃をしていない。範囲技も、天候も変えていない。
ひたすらマスタードと戦っていたのだ。
決勝戦までの二戦でユウリはオレさまの傾向を掴み、最後の決勝戦はオレさまとダンデの二人の試合へ変えてくれた。
「おめでとうございます、キバナさん」
「オレ、ここがいいわ」
なんのことですか?と首を傾げるユウリをもう一度強く抱きしめる。
ダンデに勝てた。おそらくSNSなんかではユウリがいたから勝てたとかそういうことを言うやつもいるだろう。
それでもいい。長年の夢を叶えられただけじゃなかった。
オレさまは最強のジムリーダー。そしてユウリを守るために生きていく。
なによりも、ユウリの傍にいたいと望んでいる。
そう気づいたとたんに、染みは跡形もなく消え去った。
「キバナさん、私キバナさんとバトルを楽しみたいんです。キバナさんに負けるなら、私は本望なんですよ」
上機嫌な女王のその目には闘志が宿っていた。





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