ジンクス本編外
「あ、これキバナさんのだ」
キバナさんとのキャンプを終え、シュートシティの自宅へ戻り後片付けをしていると、バッグの中から自分のものではない保温マグを見つけた。
取り違えてしまったのかもしれない。なにせこのマグはキバナさんからプレゼントされたもので、小さなポケモンのシルエットがついたお揃いのマグだった。
私のはメッソン。キバナさんはヌメラだ。
可愛らしいヌメラのマグを片手に持ったまま、ロトムの抜けたスマホを手に取る。
『キバナさんのマグが私のバッグに紛れていました。明日返しにいきますね』
メッセージを送信すると小綺麗なショッピングバッグを探して丁寧にしまう。他の物を片付けていると、スマホから通知音が鳴った。
『悪い、明日から少し忙しいんだ。来週もキャンプしたいからそれまで預かってもらえるか?』
『わかりました。来週も特訓、お願いします!』
新しく捕まえた子をバトル慣れさせたいからとキャンプに誘ったのが数日前。キバナさんは快く受け入れてくれ、さっそく日程を合わせた。
新入りのモノズはあまりバトルをしたことがなかったのか手持ちの子たちとの練習では遊んでばかりでバトルにならなかった。ホップやマリィにも頼んでみたが、二人とも口を揃えてキバナさんが適任だと断られてしまった。
特にマリィは、会いに行く口実にもなると少し楽しんでいるような口ぶりで揶揄われてしまった。
確かに一番最初に頭に思い浮かんだ人物はキバナさんだった。
モノズはドラゴンタイプだし、こういうバトル慣れしていない子にも適切なトレーニング方法を教えてくれるだろう。
けれどもキバナさんに恋心を抱きはじめて数ヶ月。私から誘うにはなんとなく恥ずかしさがあった。
勿論好きな人には会いたいし、話もしたい。
メッセージや電話は度々くるが、それの対応にも一杯いっぱいだ。
自覚するまではもっと自然に接することができたのに、自覚した途端、一緒にいることすら気恥ずかしくて頭の中はまるで発熱した時のようにぼうっとしてしまう。
今日のキャンプとて会う前から緊張のしっぱなしだった。
会話もそこそこにバトルを始めたものの、モノズは初めて会うキバナさんとジュラルドンにひるんでしまった。
岩陰に隠れてしまったモノズとキバナさんのジュラルドンやヌメルゴンだけにし、カレーを作り始めたころには緊張はどこかへ行っていた。
やがて慣れてきたモノズと遊びのようなバトルを数回繰り返し、夕日が沈んでしまう前にとテントを片付けたのが数時間前。
「……あれ?」
バッグの底からはメッソン柄の保温マグが出てきた。
確か洗い終わって水滴をふき取ってからバッグにしまったのだ。その後にテントの片づけに行って。
「慌ててたのかなぁ……」
かわいらしいメッソンのイラストを見ながら呟くと、モノズがボールから出てきた。
余程楽しかったのか今日は少しテンションが高い。
けれどもどこかふわふわと眠そうな気配もあって、すっかりボールの中で寝ているのだと思った。
モノズは何度かきょろきょろと辺りを見回してラグの上に丸まった。
その頭を軽く撫で、来週のためにバッグの中に再度物を入れていく。
終わったころには眠気も限界で、早々に布団の中へと潜り込んだ。
◇◇◇
「……ん?」
二度目のモノズの特訓を終えた後。
バッグの中を整理していると、見覚えのない小さなポーチが入っていた。
恐らくキバナさんのものだろう。
黒いナイロン製のそれを軽く振ってみるとカサカサと音がする。
上から触ってみると何かの容器のようなものが入っているようだった。
テーブルの上に置いて写真を撮り、その画像を添付してメッセージを送る。
『これ、キバナさんのものですか?』
『あー、ユウリの方に入ってたかぁ。それ薬入ってんるんだ』
『じゃあ、明日お届けにいきますね』
テーブルの上のポーチを普段使いのバッグの中へとしまう。
それにしても、以前はこんなことなかったのにと思いつつ、思いがけずに会う理由を手に入れてしまったことには嬉しい。
何を手土産に持っていこうかとスマホで検索をしてみる。
キバナさんの好物を思い浮かべて、あれでもないこれでもないと悩む時間は楽しく、候補を何点か上げたころには眠気がもうすぐそこまで来ていた。
スマホを握りしめたまま寝てしまい、うつぶせのまま眠ってしまったらしい。
いつの間にかスマホに入り込んだロトムが朝を知らせた。
あくびをしながら伸びをして、変に硬直した体を伸ばしていく。
歯を磨き、軽く朝食を取って鏡の前で丁寧に化粧をしていく。
キャンプの時は日焼け止めを塗るくらいしかできないが、今日はバトルの予定はない。キバナさんに会いに行くだけだ。
だからこそ、普段はあまりしないメイクをして、髪をしっかりと解きほぐす。
肩の下まで伸びた髪は、最近よく寝ぐせがついて直すのに苦労する。
今日も思いきり外側に跳ねている一束をスプレーで濡らし、ドライヤーで乾かせば綺麗なストレートに戻った。
瞼に乗ったラメ入りの薄いピンクのアイシャドーに合わせてほんの少しだけグロスを塗る。
つやつやと光る唇は自分のものではないように感じた。
最後にバッグの中にポーチが入っているのを確認して、少しだけヒールのあるパンプスに足を通す。
服装こそ薄手のセーターにスキニージーンズとラフなものだが、足元を変えるだけでも印象が変わるのだとソニアさんに教わった。
一歩足を踏み出すだけでいつもとは違うのだと感じる。
地面に足をつけた時の感触。コツンとなる足音。
好きな人に会いに行くのだから、緊張もあるがやはりもう子供ではないのだと知ってほしい。
アーマーガアタクシーに乗り込んで、足を組むと華奢な足首とパンプスが目に入る。
トレーナーなのだから、いつも動きやすい服装のほうがいいと注意されるかもしれない。
メイクもパンプスも、似合っているのかすらわからなくて、どんどん不安になっていく。いつもの服装でくればよかっただろうかと落ち着かなくなって、やっぱり引き返して靴を履き替えようかと思った時には、もうナックルシティジムが見えていた。
石畳にヒールが引っかからないように気を付けて降りる。
太くて短いヒールだから大丈夫な気もするが、履きなれない分不安はある。
ジムの受付にいたレナさんとヒトミさんに挨拶をして、執務室のドアをノックすると返事よりも先にドアが開いた。
「悪かったな、届けに来てもらって」
「いえ、今日もオフだったので大丈夫です」
タクシーに乗る前に自宅近くの店で購入した紅茶を手渡すと、キバナさんは嬉しそうに目尻を下げた。
「わざわざありがとな。それも」
「キバナさん、お薬ってどこか悪いんですか?」
「いや?ただ痛み止めとかポケモンたちの薬も入ってたからさ。なんでそっちに入ってたんだろうなぁ」
「なんででしょうね。私もキバナさんも間違えるとは思えないし……あ……!」
「ん?なんか心当たりでもあったか?」
「モノズです!そういえば最近、いろんなものがバッグの中に入っていたりなくなってるんですよ。特に小さいもの」
そういえば、先日は化粧ポーチが仕事用のバッグからなくなっていた。
てっきり忘れたのだと思っていたが、帰って確認してみると別のバッグから出てきた。
そのほかにもパスケースやキーケースなど、小さなものが変な場所にあることが気になっていたのだ。
キャンプの時に最後までボールの外にいたのはモノズとジュラルドン。
ジュラルドンはそんなことしないだろうし、家の中でも起きるということはモノズしかあり得ない。
事の流れを思い出していると、腰のボールホルダーからモノズが出てきた。
初対面の時は怯えていたのに、真っ先にキバナさんへ駆け寄り足元にすり寄っている。
キバナさんはテーブルの上に盛られていたきのみを一つ取り、小さくちぎってモノズの口に入れた。
「すみませんでした……」
「なるほどなぁ。まあ小さいうちはいろんなことやるからな。ヌメルゴンだって小さいときは洗濯物引っ張り出して粘液だらけにしてたし、フライゴンだってナックラーの時は家具齧ってたし。それに、オレさまはユウリに会える口実ができたからモノズに感謝だな。オマエ最近遊びに来てくれないしさ」
「えっと……あまり頻繁だとお邪魔かなって……」
「そんなの気にすんなって。よし、このまま飯食いに行くか。せっかくオシャレしてきてくれたんだからさ」
返事をする前に手を取られ、そのまま繋ぐ形になってしまった。
突然のことに急に体温が上がった気がするが、それは気のせいではないだろう。
会う口実ができた、とキバナさんは言った。
それは、もしかしたら期待してもいいのだろうかと脳内で何度もキバナさんの言葉が響く。
繋がれた手は温かく、けれどもそれ以上に自分の手の方が熱いような気がした。
どうかそれはまだ、気づかれませんように。
祈るようにそっと言葉には出さずに呟いて、手を引かれるままに踏み出した。
キバナさんとのキャンプを終え、シュートシティの自宅へ戻り後片付けをしていると、バッグの中から自分のものではない保温マグを見つけた。
取り違えてしまったのかもしれない。なにせこのマグはキバナさんからプレゼントされたもので、小さなポケモンのシルエットがついたお揃いのマグだった。
私のはメッソン。キバナさんはヌメラだ。
可愛らしいヌメラのマグを片手に持ったまま、ロトムの抜けたスマホを手に取る。
『キバナさんのマグが私のバッグに紛れていました。明日返しにいきますね』
メッセージを送信すると小綺麗なショッピングバッグを探して丁寧にしまう。他の物を片付けていると、スマホから通知音が鳴った。
『悪い、明日から少し忙しいんだ。来週もキャンプしたいからそれまで預かってもらえるか?』
『わかりました。来週も特訓、お願いします!』
新しく捕まえた子をバトル慣れさせたいからとキャンプに誘ったのが数日前。キバナさんは快く受け入れてくれ、さっそく日程を合わせた。
新入りのモノズはあまりバトルをしたことがなかったのか手持ちの子たちとの練習では遊んでばかりでバトルにならなかった。ホップやマリィにも頼んでみたが、二人とも口を揃えてキバナさんが適任だと断られてしまった。
特にマリィは、会いに行く口実にもなると少し楽しんでいるような口ぶりで揶揄われてしまった。
確かに一番最初に頭に思い浮かんだ人物はキバナさんだった。
モノズはドラゴンタイプだし、こういうバトル慣れしていない子にも適切なトレーニング方法を教えてくれるだろう。
けれどもキバナさんに恋心を抱きはじめて数ヶ月。私から誘うにはなんとなく恥ずかしさがあった。
勿論好きな人には会いたいし、話もしたい。
メッセージや電話は度々くるが、それの対応にも一杯いっぱいだ。
自覚するまではもっと自然に接することができたのに、自覚した途端、一緒にいることすら気恥ずかしくて頭の中はまるで発熱した時のようにぼうっとしてしまう。
今日のキャンプとて会う前から緊張のしっぱなしだった。
会話もそこそこにバトルを始めたものの、モノズは初めて会うキバナさんとジュラルドンにひるんでしまった。
岩陰に隠れてしまったモノズとキバナさんのジュラルドンやヌメルゴンだけにし、カレーを作り始めたころには緊張はどこかへ行っていた。
やがて慣れてきたモノズと遊びのようなバトルを数回繰り返し、夕日が沈んでしまう前にとテントを片付けたのが数時間前。
「……あれ?」
バッグの底からはメッソン柄の保温マグが出てきた。
確か洗い終わって水滴をふき取ってからバッグにしまったのだ。その後にテントの片づけに行って。
「慌ててたのかなぁ……」
かわいらしいメッソンのイラストを見ながら呟くと、モノズがボールから出てきた。
余程楽しかったのか今日は少しテンションが高い。
けれどもどこかふわふわと眠そうな気配もあって、すっかりボールの中で寝ているのだと思った。
モノズは何度かきょろきょろと辺りを見回してラグの上に丸まった。
その頭を軽く撫で、来週のためにバッグの中に再度物を入れていく。
終わったころには眠気も限界で、早々に布団の中へと潜り込んだ。
◇◇◇
「……ん?」
二度目のモノズの特訓を終えた後。
バッグの中を整理していると、見覚えのない小さなポーチが入っていた。
恐らくキバナさんのものだろう。
黒いナイロン製のそれを軽く振ってみるとカサカサと音がする。
上から触ってみると何かの容器のようなものが入っているようだった。
テーブルの上に置いて写真を撮り、その画像を添付してメッセージを送る。
『これ、キバナさんのものですか?』
『あー、ユウリの方に入ってたかぁ。それ薬入ってんるんだ』
『じゃあ、明日お届けにいきますね』
テーブルの上のポーチを普段使いのバッグの中へとしまう。
それにしても、以前はこんなことなかったのにと思いつつ、思いがけずに会う理由を手に入れてしまったことには嬉しい。
何を手土産に持っていこうかとスマホで検索をしてみる。
キバナさんの好物を思い浮かべて、あれでもないこれでもないと悩む時間は楽しく、候補を何点か上げたころには眠気がもうすぐそこまで来ていた。
スマホを握りしめたまま寝てしまい、うつぶせのまま眠ってしまったらしい。
いつの間にかスマホに入り込んだロトムが朝を知らせた。
あくびをしながら伸びをして、変に硬直した体を伸ばしていく。
歯を磨き、軽く朝食を取って鏡の前で丁寧に化粧をしていく。
キャンプの時は日焼け止めを塗るくらいしかできないが、今日はバトルの予定はない。キバナさんに会いに行くだけだ。
だからこそ、普段はあまりしないメイクをして、髪をしっかりと解きほぐす。
肩の下まで伸びた髪は、最近よく寝ぐせがついて直すのに苦労する。
今日も思いきり外側に跳ねている一束をスプレーで濡らし、ドライヤーで乾かせば綺麗なストレートに戻った。
瞼に乗ったラメ入りの薄いピンクのアイシャドーに合わせてほんの少しだけグロスを塗る。
つやつやと光る唇は自分のものではないように感じた。
最後にバッグの中にポーチが入っているのを確認して、少しだけヒールのあるパンプスに足を通す。
服装こそ薄手のセーターにスキニージーンズとラフなものだが、足元を変えるだけでも印象が変わるのだとソニアさんに教わった。
一歩足を踏み出すだけでいつもとは違うのだと感じる。
地面に足をつけた時の感触。コツンとなる足音。
好きな人に会いに行くのだから、緊張もあるがやはりもう子供ではないのだと知ってほしい。
アーマーガアタクシーに乗り込んで、足を組むと華奢な足首とパンプスが目に入る。
トレーナーなのだから、いつも動きやすい服装のほうがいいと注意されるかもしれない。
メイクもパンプスも、似合っているのかすらわからなくて、どんどん不安になっていく。いつもの服装でくればよかっただろうかと落ち着かなくなって、やっぱり引き返して靴を履き替えようかと思った時には、もうナックルシティジムが見えていた。
石畳にヒールが引っかからないように気を付けて降りる。
太くて短いヒールだから大丈夫な気もするが、履きなれない分不安はある。
ジムの受付にいたレナさんとヒトミさんに挨拶をして、執務室のドアをノックすると返事よりも先にドアが開いた。
「悪かったな、届けに来てもらって」
「いえ、今日もオフだったので大丈夫です」
タクシーに乗る前に自宅近くの店で購入した紅茶を手渡すと、キバナさんは嬉しそうに目尻を下げた。
「わざわざありがとな。それも」
「キバナさん、お薬ってどこか悪いんですか?」
「いや?ただ痛み止めとかポケモンたちの薬も入ってたからさ。なんでそっちに入ってたんだろうなぁ」
「なんででしょうね。私もキバナさんも間違えるとは思えないし……あ……!」
「ん?なんか心当たりでもあったか?」
「モノズです!そういえば最近、いろんなものがバッグの中に入っていたりなくなってるんですよ。特に小さいもの」
そういえば、先日は化粧ポーチが仕事用のバッグからなくなっていた。
てっきり忘れたのだと思っていたが、帰って確認してみると別のバッグから出てきた。
そのほかにもパスケースやキーケースなど、小さなものが変な場所にあることが気になっていたのだ。
キャンプの時に最後までボールの外にいたのはモノズとジュラルドン。
ジュラルドンはそんなことしないだろうし、家の中でも起きるということはモノズしかあり得ない。
事の流れを思い出していると、腰のボールホルダーからモノズが出てきた。
初対面の時は怯えていたのに、真っ先にキバナさんへ駆け寄り足元にすり寄っている。
キバナさんはテーブルの上に盛られていたきのみを一つ取り、小さくちぎってモノズの口に入れた。
「すみませんでした……」
「なるほどなぁ。まあ小さいうちはいろんなことやるからな。ヌメルゴンだって小さいときは洗濯物引っ張り出して粘液だらけにしてたし、フライゴンだってナックラーの時は家具齧ってたし。それに、オレさまはユウリに会える口実ができたからモノズに感謝だな。オマエ最近遊びに来てくれないしさ」
「えっと……あまり頻繁だとお邪魔かなって……」
「そんなの気にすんなって。よし、このまま飯食いに行くか。せっかくオシャレしてきてくれたんだからさ」
返事をする前に手を取られ、そのまま繋ぐ形になってしまった。
突然のことに急に体温が上がった気がするが、それは気のせいではないだろう。
会う口実ができた、とキバナさんは言った。
それは、もしかしたら期待してもいいのだろうかと脳内で何度もキバナさんの言葉が響く。
繋がれた手は温かく、けれどもそれ以上に自分の手の方が熱いような気がした。
どうかそれはまだ、気づかれませんように。
祈るようにそっと言葉には出さずに呟いて、手を引かれるままに踏み出した。