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ジンクス本編外

「キバナさんはいつまでサンタを信じていましたか?」
夕食後のひと時。ソファーに2人、腰掛けてテレビを見ているとユウリは唐突に尋ねてきた。
「5歳くらいだったかな…今年こそはサンタがどんな奴か見てやるって寝たフリしてたんだよ。扉が開いて、目を開けようか迷っていたらふわっと母親の香水の匂いと包み紙の擦れる音がして。扉が閉まって、両親の声が聞こえたんだ。よろこんでくれるかしら、って。それで気づいたな」
首を縦に振って相槌を打ちながら聞いていたユウリはうーん、と首をかしげた。
「ショックはなかったんですか?サンタは実在しない、って」
「その前に友達の間で話題になってたからな。サンタは親なんだぜ、ってませた様に言う奴がいてさ。だから余計、気になったんだよな」
うんうん、と頷きながらユウリは白い湯気が立ち上るミルクティーに口をつけた。想像より熱かったのか、今度はふうふうと息をかけてもう一口。
「ユウリは?いつ気づいたんだ?」
「私は…たしか6歳くらいの時ですね。サンタさんに会ってみたくて寝たフリしてたんです。そうしたらドアが開いて、なかなか入ってこないなぁって布団の端から少し目を開けたら実家にいるゴンベがプレゼントを持ってきて。そっと包みを置いて戻ったゴンベに、ママがありがとう、今年も成功ね、って」
若干視線を上に上げ、思い出すように紡いでいくその表情が、若干幼い気がするのは気のせいか。
ずっとその成長を見守ってきた少女が女性になって隣にいるその事実に今更ながら月日が経つのは早いなぁなんて思って、普段の気丈な姿とのアンバランス差に思わず頬が緩む。
たくさん話をしてきたはずなのに、何度もクリスマスを共に過ごしたのに、未だに知らないこともある。そのすべてを共有してほしいというのは独占欲か。どこまでも貪欲な己を知りつつ傍にいてくれるのは愛なのか。
「今年はキバナさんも私も、クリスマスはお仕事ですもんね。ケーキだけは買っておくので一緒に食べましょう」
無邪気な少女が少し寂しそうに笑う。
「ダンデが正月明けすぐにスタートーナメントするって決めたからなぁ。今のうちにできるだけ仕事、片付けないと」
今年最後のジムリーダー会議で発表された突然のスタートーナメント開催に、皆苦渋を示した。
にも拘わらず、バトルタワーオーナーであるダンデは年始めに何かイベントを開催したかったらしく、年始にガラルスタートーナメントを開催すると発表した。ちらりと見えた企画書に年末と年始の日付が載っていたことは見ないふりをした。両方を開催しなかっただけマシかもしれない。
そのお陰で二人とも仕事が増えた。ただでさえ忙しい年末に仕事を増やされて不服ではあるが、正直バトルは楽しみで仕方ない。とはいえ、ユウリとしては本当は二人で祝いたかったのだろう。度々スマホで各地のイベントをチェックしていたのも知っていた。キラキラと期待を込めた表情で、キルクスのイルミネーションを見てみたいと言っていたユウリ。
「来年は、キルクスのイルミネーション見に行くか」
「はい!」
一年の先の予定を組んで、笑顔になるユウリの頭を撫でる。普段はもう子供ではないからと嫌がるそれに、今日は文句の言葉は聞こえてこなかった。

◇◇◇
降りしきる大粒の雪が紙に染みを作っていく。
本日何枚目かわからないほど書き飽きた書類にペンを走らせて、呼吸をするふりをしてそっとため息をついた。
「ロトム、今何時?」
「23時7分ロト」
「ユウリから連絡は?」
「ないロト」
小声で辺りを飛び回るロトムに訊ねる。
最後に責任者のサインをしてトン、とバインダーに点を打ってペン先をしまった。
「リョウタ、これ渡しとくな」
「はい、お疲れさまでした、キバナ様」
運ばれていく救助者たちはガタガタと震えてアーマーガアタクシーに乗っている。
あとはナックルシティまで運んで終わりだろう。
「それにしても今年は多いですね、救助者」
大方、彼女にいいところでも見せようとワイルドエリアに入り込んだのだろう。せめて己の技量だけは分かった上で来てほしいもんだ、と思ったところで、立場上とても言えない。
散々広報誌やSNSに警告文を載せたところで己がどのくらいのレベルのポケモンなら太刀打ちできるかわかっていないのでは話にならない。
だが、ナックルシティ側のワイルドエリアで発生した救助者や遭難者を見つけ出すのは仕事の一つだ。
故に肯定も否定もできない。
「さ、キバナ様。ユウリ様が待ってらっしゃいますよ。早くお帰りになってください。次の連絡が入らないうちに」
「そうさせてもらうわ。クリスマスに夜勤なんて悪いな」
「僕は独り身ですから。せめて今夜はごゆっくりお過ごしください。それでは失礼いたします」
バインダーを抱え持ち場へ戻るリョウタにいい部下を持ったなと素直に思う。
リョウタだけでなく他のトレーナーたちも皆、いい部下たちだ。
腰のボールホルダーでフライゴンがカタカタと動き続けていた。
カチっとボタンを押せば赤い光と共に待っていましたと言わんばかりに一声鳴く。
「フライゴン、家まで頼む」
分厚い雲で覆われた夜闇から降りしきる雪はフライゴンにとって辛いだろう。
けれど日付が変わる前に家で待っているはずのユウリに会いたい。
結局クリスマスイブも祝えなかったのだ。今日は早く帰るようにすると伝えて出勤した途端に増えた救助要請。昼を食べる余裕もなく、ほぼ一日中外にいた体は冷えきっていた。
辛うじて指先だけは手袋のおかげか他の部位よりも温かい。
顔に当たる雪の粒が寒さでひりつく皮膚を跳ねていく。
片目を凝らすとようやく住宅街が見えてきて、けれどもう自宅に明かりは灯っていなかった。
やっぱりな、と思いつつ、まだ起きていてくれるかもと期待した分、落胆する。
「ただいま」
家の中はどこもダウンライトがついているだけで部屋はどこか暗い。
ああ、やっぱりもう寝ていたか、とため息が漏れる。
当然だろう、シュートシティまで通っている彼女は通勤時間が長いのだから。
まだほんのり温かい浴室で簡単にシャワーを浴び、戸棚の上に隠しておいた箱を取り出す。
そっと音を立てないようにドアを開けて中を覗くと、うつ伏せで手にはスマホを持ったまま、ユウリは眠っていた。
足音を立てないように気を付けて、サイドテーブルにプレゼントを置く。
腰上までしかかけられていない布団を肩口まで引き上げてすやすやと眠っているユウリの髪に触れようとしてその手を戻した。
目の下には薄っすらと隈がある。ユウリとてオフシーズンといえチャンピオン業が忙しいのだ。
昨日も今日も、シュートシティでクリスマスの催しに参加している投稿をいくつも見かけた。
子供たちに囲まれて写真を撮っていたり、バトル指導をしていたり。
その写真を見て頑張っているのは自分だけではないと奮い立たせて業務を終わらせてきた。
スマホをそっと手から離して、ベッドの反対側に回って横になろうかと腰掛けて、サイドテーブルに赤いリボンの包み紙が目に入った。
箱を裏返して、そっとテープを外す。包み紙が音を立てないように慎重に外して、中から現れた白い箱には見覚えがあった。
今も愛用している手袋の箱と同じブランドの物だ。
付き合い始めた年にユウリからプレゼントされた手袋は、今も大事に使っている。裏地が多少穴が開いて、革が擦り切れていても。
蓋を開けると、そこには手袋が収められていた。同じように薄手で、中地はベロアだ。
もうボロボロになった手袋に気づいたのだろう。
まだ新品の革の匂いに、嬉しいはずなのに体中が冷えていくような感覚がした。スケジュールを見直せばもっと早く帰れたかもしれない。
せめて起きているうちには。そんな後悔が頭の中をぐるぐると回る。いくら後悔したところで時間は巻き戻らないのに。
「・・・キバナさん?」
衣擦れの音に振り返ると、まだ夢うつつなユウリがむくりと起き上がった。
「おかえりなさい」
「・・・ただいま。ごめんな、遅くなって」
ユウリは目を擦りながら小さく首を振った。
「お疲れさまでした。ねぇ、キバナさん。今からケーキ、食べませんか?」
「今から?」
「はい。ちゃんと用意してたんですよ」
まだどこか、視点が定まっていないようだが、ユウリはまるで引っ張る様に小さな手を重ねた。
するりと手を抜いて彼女の方へ回り、手を差し出すと、温かい手が重なる。その手を握って並んでリビングまで行くと、完全に目が覚めたのかユウリは冷蔵庫の方へと向かった。
扉を開けた途端、ひんやりとした空気が当たる。大きな冷蔵庫の端の小さな箱を両手で揺らさないように大事に抱えてシンクの上に置くと、ユウリはふふっと小さな笑い声をあげてその蓋を開けた。
「おお・・・」
思わず感嘆の声が漏れる。真っ白なクリームが塗られたスポンジケーキには、砂糖菓子がたくさん乗せられていた。小さなツリー、トナカイの恰好をしたオドシシの周りにナックラーとヌメラ、メッソンとラルトス。どれもお互いの手持ちポケモンたちだ。アラザンが散りばめられて、周りをぐるっとコンポートした木の実とホイップクリームが囲っている。
「ジュラルドンとかは難しいらしくて注文できなかったんですけど」
「食べるのがもったいないな」
ロトムを呼び出してケーキの写真を何枚も撮る。ふわりとロトムが浮いてシャッター音が止み、ヌメラの砂糖菓子を一つ手に取ってまじまじと見る。
可愛らしくデフォルメされた砂糖菓子は、口に入れてしまうのがとても惜しい。
「こんな時間だから、少しだけ」
シンク下から包丁を取り出したユウリは砂糖菓子を避けて小さく二つ、切り分けた。
戸棚から皿を出しているユウリの横で、ケトルに湯を沸かす。
数々の紅茶が並ぶ棚からノンカフェインのものを選んで沸騰したお湯と茶葉をガラスのティーポットに淹れるとふわりと茶葉が躍ってじわじわと広がる様に透明から透き通った茶色へと変わっていった。
茶葉を取り出してティーカップとポットを手にテーブルへと運ぶ。
既にユウリは座っていた。
「ありがとうな、手袋」
二人向かい合って座り、ケーキを頬張る。甘いクリームが口中に広がった。
「この間、穴が開いているのを見つけちゃって。革は繕えないし、そろそろ限界なのかなぁと」
「うん、気づいてたけど捨てられなかったんだ。ところで、サイドテーブルは見たか?」
もぐもぐと口を動かしながらユウリは首を傾げる。
半開きの扉を指すと、カチャリと小さな音を立ててフォークを置いた。そのまま立ち上がって寝室に入って、箱を手にユウリは戻ってきた。
「開けてもいいですか?」
ケーキを頬張りながら、首を縦に振ると、ユウリは包み紙を開けていく。
「わぁ!手帳だ!」
「少し前に手帳、買おうかどうか迷ってたろ?持ってて損はないだろうから」
水色の本革でできたそれは、今はまだ固い。リフィルも交換できるし、何年も使えるだろうとネットで散々迷って購入した。ペンホルダーには女性につい買いやすい細見のペンを入れて、小さいバッグでも入る様に文庫本サイズを選んだ。
「ありがとうございます!」
パラパラとセットしたリフィルを捲って、ユウリは再び椅子に腰かけた。
「ごめんな、年末ぎりぎりまで遅くなりそうだ。けど、正月はちゃんと休むから」
「SNS、見ました。遅くまでワイルドエリアで救助してたんですよね。今日だってこうして一緒にケーキ、食べれたので。気にしないでください」
にっこりと微笑むユウリは、恐らく他の人が見れば本当に気にしていないように見えるだろう。けれども、これはただポーカーフェイスが上手い『チャンピオン』の時と似ている。
いっそ攻めてくれたら楽なのにと思うのは、ただの自己満足でしかない。
どんな言葉をかけてもユウリはこうやって本心をはぐらかすのだろう。年齢よりも大人になってしまった彼女に申し訳なさが募る。
数秒考えて、テーブルに身を乗り出す。
最後の一口を食べ終えた彼女の唇にそっと唇を重ねた。
一瞬驚いたように目を見開いて、瞼が閉じていく。
甘い甘いクリームの香りが鼻腔を擽った。

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