ジンクス本編外
帰宅した部屋はいつもと同じようで違っていた。
何が、と具体的には言い表せない。ただ直感的におかしいと感じた。
まず一つはユウリが出てこないこと。いつものようにおかえりなさいという声が聞こえない。
二つ目は玄関に置かれたカバン。見慣れたカバンだが、これはいつもリビングの隅に置いていたはずだ。
もしかしたら手が離せないのかもしれない。置きっぱなしのカバンも忘れているだけかもしれない。
違和感を拭うように答えを出し、リビングのドアを開ける。
ただいま、といつものように言えば、おかえりなさいと返ってきた。
けれどもその声には元気がないし、キッチンに立ったままこっちを見ようともしない。
「何かあったか?」
料理を盛り付けているユウリの手と止めて、向き直させる。
俯いたまま何も言わない彼女の様子に様々なことを想像する。
SNSで何か嫌な事を書かれていた、次の仕事が気が乗らないものだった。仕事で何か失敗をした…
どれも今までにもあったことで、それらのことにこれほど落ち込んだ彼女を見たことがない。いつも笑っていて、何かあっても自分なりに納得をしてすぐ切り替えている子だったはず。
思わず掴んだ肩に少し力を入れると、小さな肩が震えた。
「ちょっと、その…体調が悪くて。ご飯は作ったので後で食べてください」
掴んだ手を払いのけるように置かれたその手も声も震えていた。
体調が悪いわけではない、それはすぐにわかった。
必死で泣くのを我慢している、そんな様子だった。
「何があった?」
肩に置いていた手を背中に回して引き寄せようとした瞬間、トン、と胸を押し返された。
何が起ったのかが理解できなかった。
今までにはなかったことに、頭に疑問符が浮かぶ。
「…ユウリ?」
呆気に取られて力が抜けているうちに、ユウリは玄関へと走り、バタンとドアの閉まった。
寒々しい音に、最初から出ていく気でカバンを玄関に置いていたのだと気づいて、ずるずると冷蔵庫へもたれかかるようにしゃがみ込む。
追いかけなければ。
そう思うのに体は動かなかった。
数分後、ようやく押し返した手が拒絶の意味だったと気が付いて、今日の出来事を思い出す。
朝はいつも通りだった。一緒に朝食を食べながら予定を口にしてそれぞれ出勤した。
今日は来客の予定が立て込んでいて、かつ会議もありずっとバタバタとしていたのだ。
ユウリと話したのは出勤する前が最後。その時は特に変わった様子はなかった。
ユウリからも特に連絡はなく、少し忙しいけれどもいつもの日常を送っているはずだった。
「Hey ロトム。ユウリに電話」
記念日でもなければ、何か約束をしていた覚えもない。悲しませるようなことをした記憶がない。
あんな今にも泣きだしそうな顔をさせる覚えが全くないのだ。
一分程鳴り続けたコール音はアナウンスに変わった。
何度も何度もかけなおす合間に、部屋の中になにかヒントがないかとぐるぐる回る。
キッチンに残された夕食。寝室、ポケモンたちの物を置いている部屋。
リビングのテーブルに置かれたリモコン類と雑誌類。
積み上げられた雑誌の中に一冊、この家では誰も読まないようなゴシップ誌が紛れていた。
今日発売の、自身のゴシップ記事が載っているもの。
SNSも特に反応のなかった女性との密会を謳った記事。
まさか、これが?とさらに疑問符が頭に浮かぶ。
ユウリと付き合って数年。出会った頃からすれば十年以上、数えきれないほどこのような下劣な記事はあった。
さも事実かのように書かれた文章と加工された写真を載せた記事に、誰もが飽きているということに出版社は気づいていないようだ。
いつも隣を歩くユウリと記事にならないのはそれが事実だとわかっているからだろう。
チャンピオンとの交際よりも一般人とのでっち上げた話題の方が稼げるとでも思っているのか。
けれどユウリは一度だって疑った素振りは見せていなかったはずだ。
記事を流し読みして、それは確信に変わった。
この写真が撮られた日はユウリはマリィの家に泊まりに行っていたのだ。
どうせ家にいても暇だとダンデを誘って飲みに行った日。
ファンだという女が一人、化粧と香水とアルコールの匂いを漂わせ、サインや写真を強請ってきたのだ。
べたべたと触れられる感触が不快だったが、ファンサービスの一環でもある。無碍にできず、ダンデと各々のリーグカードにサインをして渡していた。
二枚のサイン入りリーグカードを手に入れた女は嬉々としてグループに戻って行ったのを覚えている。
素直に聞けばいいのに、と思う反面、種を巻いてしまったのは自分だ。
もっと気を付けなければならなかったのだ。
ユウリにフォローをするべきだった。
「くっそ…!」
自分自身に腸が煮えくり返るほどの嫌悪感を感じた。
きちんと言葉で伝えなかった自分が悪い。
いつものことだから、いつもユウリは気にしていなかったから。そんな風に高を括っていた自分が浅はかで、愚かで。
取り返しのつかなくなる前に、行動しなければ。
ようやく機能し始めた脳と体に早く、と命令する。
早く、ユウリの元へ。
フライゴンに跨って向かった先はワイルドエリアの高台だった。
ずっと昔から彼女のお気に入りの場所。飛行タイプ以外は立ち入れないような高い場所でキャンプをしているのはユウリくらいだ。
見覚えのあるテントを見つけて降り立つ。
ユウリは焚火を前に、ウィンディにもたれ掛かっていた。
そのウィンディはフライゴンを見つけ、唸り声をあげる。
普段は容赦なく大きな体で甘えてくるウィンディが、ぐるる、と牙を見せて威嚇する様はまるで主人を守っているかのようだった。
「ユウリ」
彼女は背を向けたまま、ウィンディの背を撫でている。
「オマエが怒ってるのは、あの記事のことだろ?」
ピクっと小さく体が揺れた。
「…説明、させてくれるか?」
「…聞きたくないです」
パチパチと燃える火を囲んで、沈黙が流れる。
「あそこには、ダンデもいた。オレが…自分からあんなこと、するわけないだろ」
「わかってますよ。いつものことですもん。た、体調が悪いのでほっといてくれませんか」
鼻声で、泣くのを我慢しているかのように顔を隠してテントへ向かっていく。
近寄るのを阻むように、ユウリの背をウィンディが守っていた。
閉められたテントの明かりがつくことはなく、焚火がほんのりとユウリの影を映している。
その入口を守るように座っているウィンデはさすが彼女と一緒にリーグまで駆け上がってきただけある。
「わかってます。いつものファンサービスですよね」
なにも気にしていません、と続いて、彼女の影は小さく丸まった。
一向に聞く耳を持たないユウリに段々いら立ちが募り、きのみの傍に置いてあったサバイバルナイフを手に取って、戦闘態勢を取ったウィンディを後目に思いきりテントに突き刺した。
ビリっと音を立てて縦に割かれたテントに目を丸くしているユウリと、ようやく目が合う。
「ロトム、ダンデに電話」
すぐさまコール音が鳴る。数十秒鳴り続けた機械音が鳴りやむと、ごそごそと衣擦れの音がした。
「キバナか?こんな時間にどうした」
「先週の土曜日、シュートシティで飲んだよな?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
眠そうに欠伸をしながら答えるダンデに、見慣れたオーナーの姿ではなく昔からの旧友の姿が目に浮かぶ。
もしかしたらもう寝ていたのかもしれない。悪いことをしたな、と思いながらも立て続け様に質問をぶつけていく。
「サイン入りリーグカード、渡した奴のこと覚えてるか?」
「ああ、だいぶ酔っていたようだったな」
「オレさま、そいつになんかしてた?」
「いつものように対応していただけだと俺は思うが…ああ、あの記事か。そこにユウリ君はいるか?」
話の内容とスピーカーで通話していることがわかったのだろう、さすが聡い。
スピーカーを切ると、スマホロトムはすいっとユウリの傍へ寄った。
もしもし、と小さな声で答えたユウリと何を話しているのかはこちらまで聞こえてこない。
何やらはい、と答えているユウリの顔が徐々に赤くなっている。
二分程待っていると、スマホロトムが戻ってきて耳に当てる。
「この仮は次の企画参加でいい」
「…どんな企画よ」
「タッグバトルを実装しようかと思ってな。今度ユウリ君とホップも誘ってやってみたい」
大きなため息と共にわかった、と言うと一方的に電話を切られた。
礼も言えずに切られたことがなんだか腑に落ちないが、今はそれどころではない。
「誤解は解けたか?」
少し躊躇う様に視線を泳がせて、ユウリはこくんと頷いた。
だが。この頑固で意地っ張りな彼女はまだ何かを隠している。
ずかずかと靴のままテントの中に入り、目の前にしゃがむ。
「今回のことは悪かった。でもな」
ようやく顔を上げたユウリの額に軽く額を指で弾く。
「いい加減、嘘つくのやめろ」
痛くはないはずだが、額を抑えて目を丸くした彼女はまたそっぽを向いた。
「…キバナさんに嘘ついてません」
「じゃなくて。自分に嘘つくのやめろって言ってんの」
もう成人を超えた筈なのに、こういうところは少女のころのままだ。
ただ、自分に嘘をついて生きているのが年々上手くなっていると一緒に暮らしてみてわかった。
自分を納得させようとして、我慢して、誰の気も悪くさせないように。
いつしか色々な不満にもユウリが自分で納得したなら、なんて思ってしまった自分が蒔いた種。
毒を持った種は摘み取らなければならない。周りを綺麗な花で埋め尽くしたいのなら。
「だって、言ったら絶対嫌われるから」
「は?」
間抜けな声にユウリは目を見開いて、真っ赤になった。
「だって!キバナさんがゴシップ誌に載る時は綺麗な女性ばっかりだからっ!今回は私がいない日だったし…私なんかっ…飽きたのかなって…だから」
聞くに堪えなくて、思わず唇をふさいだ。
うっすらと顔を見れば、思った通り目の下には涙の跡がある。
「あのな、普通にファンサービスする程度ならいいけど、オレは化粧品の匂いとか、女物の安くさい香水の匂いとか、あの媚びた声とか、ほんとは大っ嫌いなんだよ。だから、ユウリが嫌ならもう飲みにもいかない。移動もフライゴンで飛ぶ」
「そこまで…しなくても」
「いい。今決めた。ダンデたちと飲むときも家にするわ。その代わり、ユウリは隠しごとしないこと。何聞かれてもオレはちゃんと答えるから」
「いえ…うちでは…やめてください」
「ダンデとかネズとか、家に入れるの嫌か?」
「…さっきダンデさんが…キバナさんは酔ってくると惚気話ばっかりするって…」
ダンデはずいぶん余計な事を吹き込んだようだ。
実際、ネズには呆れられているし、ダンデはうんうんと聞いてはいるが内心うんざりしていたのかもしれない。
仕方がない。だって愛しているのだから。自慢したくなるほどに。
深く息を吐き出したつもりが、それは言葉に出ていたようだった。
ふふ、と笑い声が聞こえてきて、ようやく機嫌を戻してくれたとほっとする。
片手でユウリを抱きあげれば、裂けた部分をさらに破ってウィンディが足元にじゃれついてきた。
「明日…テント買ってくださいね」
「おう」
いっそのこと、テントと一緒に指輪も買ってしまおうか。
飽きたなんて二度と思わせないくらい、とびきりの物を。
何が、と具体的には言い表せない。ただ直感的におかしいと感じた。
まず一つはユウリが出てこないこと。いつものようにおかえりなさいという声が聞こえない。
二つ目は玄関に置かれたカバン。見慣れたカバンだが、これはいつもリビングの隅に置いていたはずだ。
もしかしたら手が離せないのかもしれない。置きっぱなしのカバンも忘れているだけかもしれない。
違和感を拭うように答えを出し、リビングのドアを開ける。
ただいま、といつものように言えば、おかえりなさいと返ってきた。
けれどもその声には元気がないし、キッチンに立ったままこっちを見ようともしない。
「何かあったか?」
料理を盛り付けているユウリの手と止めて、向き直させる。
俯いたまま何も言わない彼女の様子に様々なことを想像する。
SNSで何か嫌な事を書かれていた、次の仕事が気が乗らないものだった。仕事で何か失敗をした…
どれも今までにもあったことで、それらのことにこれほど落ち込んだ彼女を見たことがない。いつも笑っていて、何かあっても自分なりに納得をしてすぐ切り替えている子だったはず。
思わず掴んだ肩に少し力を入れると、小さな肩が震えた。
「ちょっと、その…体調が悪くて。ご飯は作ったので後で食べてください」
掴んだ手を払いのけるように置かれたその手も声も震えていた。
体調が悪いわけではない、それはすぐにわかった。
必死で泣くのを我慢している、そんな様子だった。
「何があった?」
肩に置いていた手を背中に回して引き寄せようとした瞬間、トン、と胸を押し返された。
何が起ったのかが理解できなかった。
今までにはなかったことに、頭に疑問符が浮かぶ。
「…ユウリ?」
呆気に取られて力が抜けているうちに、ユウリは玄関へと走り、バタンとドアの閉まった。
寒々しい音に、最初から出ていく気でカバンを玄関に置いていたのだと気づいて、ずるずると冷蔵庫へもたれかかるようにしゃがみ込む。
追いかけなければ。
そう思うのに体は動かなかった。
数分後、ようやく押し返した手が拒絶の意味だったと気が付いて、今日の出来事を思い出す。
朝はいつも通りだった。一緒に朝食を食べながら予定を口にしてそれぞれ出勤した。
今日は来客の予定が立て込んでいて、かつ会議もありずっとバタバタとしていたのだ。
ユウリと話したのは出勤する前が最後。その時は特に変わった様子はなかった。
ユウリからも特に連絡はなく、少し忙しいけれどもいつもの日常を送っているはずだった。
「Hey ロトム。ユウリに電話」
記念日でもなければ、何か約束をしていた覚えもない。悲しませるようなことをした記憶がない。
あんな今にも泣きだしそうな顔をさせる覚えが全くないのだ。
一分程鳴り続けたコール音はアナウンスに変わった。
何度も何度もかけなおす合間に、部屋の中になにかヒントがないかとぐるぐる回る。
キッチンに残された夕食。寝室、ポケモンたちの物を置いている部屋。
リビングのテーブルに置かれたリモコン類と雑誌類。
積み上げられた雑誌の中に一冊、この家では誰も読まないようなゴシップ誌が紛れていた。
今日発売の、自身のゴシップ記事が載っているもの。
SNSも特に反応のなかった女性との密会を謳った記事。
まさか、これが?とさらに疑問符が頭に浮かぶ。
ユウリと付き合って数年。出会った頃からすれば十年以上、数えきれないほどこのような下劣な記事はあった。
さも事実かのように書かれた文章と加工された写真を載せた記事に、誰もが飽きているということに出版社は気づいていないようだ。
いつも隣を歩くユウリと記事にならないのはそれが事実だとわかっているからだろう。
チャンピオンとの交際よりも一般人とのでっち上げた話題の方が稼げるとでも思っているのか。
けれどユウリは一度だって疑った素振りは見せていなかったはずだ。
記事を流し読みして、それは確信に変わった。
この写真が撮られた日はユウリはマリィの家に泊まりに行っていたのだ。
どうせ家にいても暇だとダンデを誘って飲みに行った日。
ファンだという女が一人、化粧と香水とアルコールの匂いを漂わせ、サインや写真を強請ってきたのだ。
べたべたと触れられる感触が不快だったが、ファンサービスの一環でもある。無碍にできず、ダンデと各々のリーグカードにサインをして渡していた。
二枚のサイン入りリーグカードを手に入れた女は嬉々としてグループに戻って行ったのを覚えている。
素直に聞けばいいのに、と思う反面、種を巻いてしまったのは自分だ。
もっと気を付けなければならなかったのだ。
ユウリにフォローをするべきだった。
「くっそ…!」
自分自身に腸が煮えくり返るほどの嫌悪感を感じた。
きちんと言葉で伝えなかった自分が悪い。
いつものことだから、いつもユウリは気にしていなかったから。そんな風に高を括っていた自分が浅はかで、愚かで。
取り返しのつかなくなる前に、行動しなければ。
ようやく機能し始めた脳と体に早く、と命令する。
早く、ユウリの元へ。
フライゴンに跨って向かった先はワイルドエリアの高台だった。
ずっと昔から彼女のお気に入りの場所。飛行タイプ以外は立ち入れないような高い場所でキャンプをしているのはユウリくらいだ。
見覚えのあるテントを見つけて降り立つ。
ユウリは焚火を前に、ウィンディにもたれ掛かっていた。
そのウィンディはフライゴンを見つけ、唸り声をあげる。
普段は容赦なく大きな体で甘えてくるウィンディが、ぐるる、と牙を見せて威嚇する様はまるで主人を守っているかのようだった。
「ユウリ」
彼女は背を向けたまま、ウィンディの背を撫でている。
「オマエが怒ってるのは、あの記事のことだろ?」
ピクっと小さく体が揺れた。
「…説明、させてくれるか?」
「…聞きたくないです」
パチパチと燃える火を囲んで、沈黙が流れる。
「あそこには、ダンデもいた。オレが…自分からあんなこと、するわけないだろ」
「わかってますよ。いつものことですもん。た、体調が悪いのでほっといてくれませんか」
鼻声で、泣くのを我慢しているかのように顔を隠してテントへ向かっていく。
近寄るのを阻むように、ユウリの背をウィンディが守っていた。
閉められたテントの明かりがつくことはなく、焚火がほんのりとユウリの影を映している。
その入口を守るように座っているウィンデはさすが彼女と一緒にリーグまで駆け上がってきただけある。
「わかってます。いつものファンサービスですよね」
なにも気にしていません、と続いて、彼女の影は小さく丸まった。
一向に聞く耳を持たないユウリに段々いら立ちが募り、きのみの傍に置いてあったサバイバルナイフを手に取って、戦闘態勢を取ったウィンディを後目に思いきりテントに突き刺した。
ビリっと音を立てて縦に割かれたテントに目を丸くしているユウリと、ようやく目が合う。
「ロトム、ダンデに電話」
すぐさまコール音が鳴る。数十秒鳴り続けた機械音が鳴りやむと、ごそごそと衣擦れの音がした。
「キバナか?こんな時間にどうした」
「先週の土曜日、シュートシティで飲んだよな?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
眠そうに欠伸をしながら答えるダンデに、見慣れたオーナーの姿ではなく昔からの旧友の姿が目に浮かぶ。
もしかしたらもう寝ていたのかもしれない。悪いことをしたな、と思いながらも立て続け様に質問をぶつけていく。
「サイン入りリーグカード、渡した奴のこと覚えてるか?」
「ああ、だいぶ酔っていたようだったな」
「オレさま、そいつになんかしてた?」
「いつものように対応していただけだと俺は思うが…ああ、あの記事か。そこにユウリ君はいるか?」
話の内容とスピーカーで通話していることがわかったのだろう、さすが聡い。
スピーカーを切ると、スマホロトムはすいっとユウリの傍へ寄った。
もしもし、と小さな声で答えたユウリと何を話しているのかはこちらまで聞こえてこない。
何やらはい、と答えているユウリの顔が徐々に赤くなっている。
二分程待っていると、スマホロトムが戻ってきて耳に当てる。
「この仮は次の企画参加でいい」
「…どんな企画よ」
「タッグバトルを実装しようかと思ってな。今度ユウリ君とホップも誘ってやってみたい」
大きなため息と共にわかった、と言うと一方的に電話を切られた。
礼も言えずに切られたことがなんだか腑に落ちないが、今はそれどころではない。
「誤解は解けたか?」
少し躊躇う様に視線を泳がせて、ユウリはこくんと頷いた。
だが。この頑固で意地っ張りな彼女はまだ何かを隠している。
ずかずかと靴のままテントの中に入り、目の前にしゃがむ。
「今回のことは悪かった。でもな」
ようやく顔を上げたユウリの額に軽く額を指で弾く。
「いい加減、嘘つくのやめろ」
痛くはないはずだが、額を抑えて目を丸くした彼女はまたそっぽを向いた。
「…キバナさんに嘘ついてません」
「じゃなくて。自分に嘘つくのやめろって言ってんの」
もう成人を超えた筈なのに、こういうところは少女のころのままだ。
ただ、自分に嘘をついて生きているのが年々上手くなっていると一緒に暮らしてみてわかった。
自分を納得させようとして、我慢して、誰の気も悪くさせないように。
いつしか色々な不満にもユウリが自分で納得したなら、なんて思ってしまった自分が蒔いた種。
毒を持った種は摘み取らなければならない。周りを綺麗な花で埋め尽くしたいのなら。
「だって、言ったら絶対嫌われるから」
「は?」
間抜けな声にユウリは目を見開いて、真っ赤になった。
「だって!キバナさんがゴシップ誌に載る時は綺麗な女性ばっかりだからっ!今回は私がいない日だったし…私なんかっ…飽きたのかなって…だから」
聞くに堪えなくて、思わず唇をふさいだ。
うっすらと顔を見れば、思った通り目の下には涙の跡がある。
「あのな、普通にファンサービスする程度ならいいけど、オレは化粧品の匂いとか、女物の安くさい香水の匂いとか、あの媚びた声とか、ほんとは大っ嫌いなんだよ。だから、ユウリが嫌ならもう飲みにもいかない。移動もフライゴンで飛ぶ」
「そこまで…しなくても」
「いい。今決めた。ダンデたちと飲むときも家にするわ。その代わり、ユウリは隠しごとしないこと。何聞かれてもオレはちゃんと答えるから」
「いえ…うちでは…やめてください」
「ダンデとかネズとか、家に入れるの嫌か?」
「…さっきダンデさんが…キバナさんは酔ってくると惚気話ばっかりするって…」
ダンデはずいぶん余計な事を吹き込んだようだ。
実際、ネズには呆れられているし、ダンデはうんうんと聞いてはいるが内心うんざりしていたのかもしれない。
仕方がない。だって愛しているのだから。自慢したくなるほどに。
深く息を吐き出したつもりが、それは言葉に出ていたようだった。
ふふ、と笑い声が聞こえてきて、ようやく機嫌を戻してくれたとほっとする。
片手でユウリを抱きあげれば、裂けた部分をさらに破ってウィンディが足元にじゃれついてきた。
「明日…テント買ってくださいね」
「おう」
いっそのこと、テントと一緒に指輪も買ってしまおうか。
飽きたなんて二度と思わせないくらい、とびきりの物を。