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ジンクス本編外

柔らかな風が肌を撫でていく。
草原の青々とした匂いと、どこからか漂う花の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
ワイルドエリアのげきりんの湖。
ナックルシティから近く、おまけに湖を渡らなければならない。野生のポケモンたちも皆強く、他のトレーナーがなかなか足を踏み入れないことからよくユウリとのキャンプ場所になっている。
あまりにもユウリが頻繁に訪れるからか、野生ポケモンたちもユウリに懐き、カレーを作ればお強請りに来る始末だ。
今日も、久しぶりにオフが重なってここでゆっくりしようと言い出したのはユウリだった。
街で買い物をするよりも、美味しいレストランへ行くよりも、ユウリはここを好む。
バトルをして、カレーを作って、あとは夕暮れまでポケモンと戯れたり会話をし、時にはテントを張って二人で昼寝してしまうこともある。
貴重な休日をこんな風に使っていいのか、と問えば、ユウリはこれが良いのだという。
相手はなにもオレでなくてもいいと思うのだが、正直なところ、ユウリの気持ちに気づいているからオレからは何も言えない。
十七歳。多感な時期だ。幼い頃から兄のように慕ってくれていたと思う。
それが何かがきっかけで恋心が芽生えるのも、理解はできる。
身近にいた大人の男に恋心を抱くなんてよくあることだ。そしてそれが成就せずに終わるのが大半だろう。
そうやって初恋を終え、次の恋に進む。そのうち、結婚相手と呼べるような人ができて結婚をする。
皆とまでは言わないが、大抵はそうだろう。
腹ごしらえも終わり、大きめの岩に背を預け、ロトムを抜いたスマホで色々と調べていた。
ユウリも同じように隣で休憩をしていたはずだったが、心地よさそうな寝息とともに先程から腕に重みが加わった。
上半身を完全に預け、無防備に眠る姿は信頼されていると思えばいいのだろうか。
「ユウリ〜寝るならテントいけよー」
声をかけてみるが反応はない。
完全に熟睡してしまっているのだろう。
よく見れば薄いメイクで隠してはいるが、目の下には隈がある。
仕事をして、ポケモンたちを鍛え、世話をし、トレーナー自身も鍛える。
ポケモントレーナーは時間がいくらあっても足りないのだ。
肌寒いわけでもないし、このまま少し眠らせてあげようと思ってスマホに視線を戻した瞬間、ユウリの頭がぐらりと前に倒れた。
慌てて支えるものの、それでも起きないユウリの体からは力が抜けていて、腕にもたれさせるだけではいつか頭を打ってしまいそうだ。
仕方なく、あぐらをかいて座っていた足に頭を乗せる。
横たわったユウリは一瞬眉をしかめただけですぐに規則正しい寝息を立てた。
さらさらと絹のような髪が素足に触れる度、どこかこそばゆい。
投げ出された手足は細くて白い。
いつも着ているピンクのワンピースも以前より丈が短くなったように思った。
身長が伸びたのも勿論だが、胸が出てきたことによって生地が引っ張られているようだ。
年齢はまだ十七でも、体は大人に近づいている。
小さかった頃はもう少し骨ばっていた。体つきは凹凸が少なく、身長も今より低かった。
頻繁に合うことが多かったせいで気づかなかったけれど、体つきはもう大人の女性とあまり差はない。
腕や足には傷跡がたくさんあり、白い肌がそれを余計、目立たせる。
どうりで最近、ユウリの恋愛記事が増えたわけだ。
幼馴染のホップといい関係だとか、実はビートと付き合っているだとか。
どれもこれも嘘ばかりだけれど、記事を見かける度にどこかもやもやと言葉では言い表せない感情が胸に燻っていた。
ユウリを女の子だとは思っていても、女性だと意識したことは今までなかったのだ。
いつまでも後ろを付いてくる小さい子。だけれどバトルは大人顔負けで強く、見た目と実力がアンバランスな女の子。
自由に飛び回って、活発で、素直でポケモンが大好きな子。
面白い子だと思っていた。懐いてくれていたし、ポケモンという共通点があるからあまり年の差は気にしていなかった。
どちらかといえば、妹ができたような感覚だったのに。
気づいてしまった。
認めたくなかった。
ユウリのことを、好きになっていると考えたくなかった。
思えば、ユウリから声をかけられればわざわざ時間を作ったり、いつ来るかわからないのにユウリの好きなお菓子を用意していたり。
何をしてあげれば喜ぶだろうとか、そんな風にユウリのことばかりを考えて生活をする日が多くなったのはいつ頃からだったか。
とっくに好きになっていたのに、つまらないプライドがその気持を認めることを拒んでいた。
こんな風に名前のない関係のままでいるうちに、ユウリは別の奴を好きになってしまうかもしれない。
ユウリの好意にもとっくに気づいていたのに、それに答えられない今は、名前のないこの関係を維持し続けるしかない。
いくら好きだと気づいたところで、今はどうしようもないのだ。
二人で過ごしたいから、彼女はこうして人目につかないような場所で二人で過ごすことを好んでいるのかもしれない。
「あーあ。まさかなぁ……」
呆れたような、諦めたような、そんな情けない声で小さく呟いた言葉は風に乗って流されていった。
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