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ジンクス本編外

「そういえば、ユウリの水着姿って見たことなかったな…」
テレビからはカラフルな色使いで水着大セールとCMが流れている。
水着を持っていないわけではなかった。
ジムチャレンジが夏に行われる為、どうしても海やプールなどの夏のイベントには参加できない。
終わるころには夏も過ぎ去り、気温は高くとも海にはメノクラゲの大群が漂っている。
プールに行こうとしても、やはり人目があるせいでどうしても楽しめないのだ。
どうせもう行くこともないだろうと十代のときに買って一度も着ていなかった水着は衣替えのタイミングで捨ててしまった。
「水着、持ってないんですよ。どうせ海もプールも行くことないかなぁって、この間捨てちゃいました」
「勿体ないなぁ。なあ、明日…」
「行きませんよ?」
水着を買っていないのは、もちろん行くことがないという理由もある。
けれどもう一つの理由は身体的コンプレックスだ。
平均的なサイズの胸は、二十歳を超えたあたりからあまりサイズが変わっていない。
水着モデルのような理想の体型にはどうしてもなれなかった。
せめてもう少し大きければ、なんてないものねだりをしてしまう。
それはキバナとて知っているはずなのだが。
「一着くらい持ってても損はないと思うけどな」
「…行きません」
残念そうに項垂れるキバナさんを横目に知らないふりを決め込む。
似合わない水着を選ぶことはないだろうが、それを着る機会もないのだから、無駄だろう。
「じゃあ、ユウリは庭で簡易プールを出すときどーするんだ?」
「小さい子供用のプールですし、私は水着にならなくても」
「これ、買ったんだけどな。今年は」
キバナさんのスマホロトムが飛んできて、ショッピングサイトの履歴を見せられる。
そこには大きなファミリー用の簡易プールが配達中と表示されていた。
「いつの間に…」
「みんなで水遊びできたら楽しいかなぁって。庭のプールなら人目もないし」
なんとなく、段取りがいいなと思ってしまった。
水着姿を見たいから購入したのか、それともただ単にポケモンたちのためなのか。
キバナさんの表情からは読み取れない。
「私が好きなデザイン、選ばせてくださいね」
「もちろん。でも容赦なくアドバイスするぜ」
にこにこと浮かべている笑顔に、不安しか抱けなかった。


翌日、うだるような暑さの中デパートまで行くと色とりどりの水着が特設会場に並んでいた。
人は疎らでひとまず安心する。
キバナさんは後ろをついて回り、特に口を出すことはしなかった。
目についた数点を手に試着室へと向かう。
どれもこれも選んだのはワンピース型だった。
昔買ったいかにも水着、というようなデザインのものは少なく、今はまるで普通の洋服のようだった、
けれど、どれもこれもなんとなく似合っていないような気がした。
服の上から着ているせいもあるだろう。
脱いでハンガーに掛けなおし、試着室を出るとキバナさんが数着手に持って立っていた。
落ち着いたピンクの水着はセパレートだが上はまるで丈の短いキャミソールのようで、肩紐や胴回りはフリルになっている。下もふんわりとしたスカートだ。もう一着は濃い青緑のオールインワン。これで外に出られそうなくらい、洋服と変わらないデザインだった。肩をざっくりと出すこともできるし、ワンピースのように着ることもできる。
「多分、ユウリにはこっちの方が似合うかな」
この中から選べば間違いはないだろう。
まずはセパレートから、と試着室に籠って服の上から着てみる。
やはり先ほど感じたような違和感はなかった。
それどころか、自分の目から見ても似合っていた。
胸元の編み込みが胸の小ささをうまく隠している。
もう一着のオールインワンも着てみるが、違和感はないものの視線はセパレートタイプに行ってしまう。
うーん、と一人で試着室の中で唸り、最終的にセパレートタイプに決めた。
「これにします」
「色は?ほかにもあったけど」
「キバナさんが選んでくれたから、この色で」
大きいハンガーに掛けられた水着をもう一度見る。
露出が高くなく、コンプレックスもカバーしてくれるこんな水着があるのなら、もっと早く買いに来てもよかったかもしれない。
「帰ったらプール組み立ててさっそく遊ばせてみるか」
どうやら純粋に手持ちポケモンたちと遊ぶことを楽しみにしていて、水着はそのための道具の一つだったようだ。
心の中でキバナさんに謝る。
邪な目的なのではないかと疑ってしまったのだ。もちろん、彼にもその気持ちが全くなかったとは思わないけれど。
「ついでにアイスも買っていきましょうか」
会計を済ませて紙袋に入った水着を揺らしながら提案すると、足は自ずと食品店に向かう。
暑いだけの夏に楽しみが増えたことに、とうとう嬉しさが表に出てしまった。
少しだけ、維持を張って渋々といった雰囲気を出していたけれど、本当は久しぶりのプールも、ポケモンたちと遊ぶことも、何より今年も何もないと思っていた夏のイベントに少し期待していたのだ。
こんな子供っぽい態度を取れるのもキバナさんの前だけで、それをキバナさんもわかっているのか何も触れない。
そんな態度を取る意味ももはやなくなって、荷物を持つ手とは反対の手をキバナさんの腕に伸ばす。
ポケモンたちも食べられるラクトアイスを何味にしようかと相談しながら、炎天下の中を歩き始めた。
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