ジンクス本編外
夏のジムチャレンジが終わり、秋も深まった今が実は一番忙しい。
忙しいと理由をつけて後回しにしていた書類やこの先のイベントの企画書が溜まっているのだ。
どこかで片づけなければと思いつつもなかなか就業時間だけでは片付かない現状。
上司が帰らないうちは帰らないとナックルジムのトレーナー達にはっきりと言われてしまっては持ち替えざる終えない。
持ち替えれる仕事だけでもとソファーで目を通しつつ、時々メモに書き記していく。
夕飯も風呂も終え、本来ならゆっくりとユウリと過ごせた時間を充てることに少し罪悪感を感じるものの、今月、何度となく繰り返されるこの現状にユウリも慣れたようだ。
テレビを見ることもなく、邪魔にならないようにと思っているのか触れそうで触れない絶妙な距離で大きいソファーに背を預けて隣で静かに本を読んでいる。
室内にはパラっと本を捲る音とボールペンがメモ用紙を走る音が時々思いついたかのように響くだけだ。
この調子なら日付が変わるまでには終われるだろう。もう少ししたらコーヒーを淹れなおして少し休憩がてらユウリの読んでいる本がどんなものか聞いてみようかと思っていた矢先、肩に重みが降ってきた。
「ごめんなさいっ」
ユウリ、と声をかける前にぱっと退いて、目を擦っている。
週末の夜。苦手なデスクワークをこなし、更に散々動き回ったユウリにこの静寂は眠気を誘うものだったらしい。
閉じてしまった本をもう一度開きなおしたのを見て、書類に視線を戻す。
何度も何度もふらふらとユウリの小さい頭が落ちていく。
その様子がなんだか面白くて、静かに窺っていると、こてんと肩に重みが戻ってきた。
今度は起きることなくすうすうと気持ちよさげな寝息が聞こえてくる。
「ユウリ、眠いなら寝てこい」
軽く肩を揺さぶって声をかけると、ブラウンの瞳が微睡んでいる。
「や…起きま…す」
眠気との狭間で呟いたその声は途切れ途切れだが、それでもここに居たいようだ。
起きると言ったその言葉とは反対に、肩にあった頭は徐々に位置を下げていく。
首を痛めそうなその寝方が危なっかしい。
「ユウリ」
再び半分ほど目を開けたユウリにぽんぽんと膝の上を叩けば、もうほとんど意識のない彼女はすぐに頭を置く。
まるでチョロネコのように小さく丸まって深く息をすると、再び眠りの世界へと落ちていった。
ようやく解放された右腕を伸ばして飲んだコーヒーはすっかり冷めていた。
淹れなおそうと思っていたコーヒーと膝の上のユウリを見比べる。
たぶんこのままベッドへ運んでも起きないだろうけれども。
瞳の色と同じ色合いの髪を一撫でしてもう一度書類へ目を落とす。
ボールペンが紙を走る音と、規則正しい寝息。
膝から感じる体温に段々と目が虚ろになってくる。
もう少しで終わるというのに文字を文字として認識しなくなってきた。
まずいな、と眠気覚ましのコーヒーを飲もうとするがマグカップに中身はない。
欠伸が人に移る原理は信頼しているからという説があるように、眠気も移るのだろうか、なんてどうでもいいことを思いながら肘掛けに肘をついたらもう最後だった。
◇◇
「キバナさん」
聞きなれた声にはっと我に変える。
時計を見ればすでに日付が回っている。
30分ほどうたた寝をしてしまっていたようだ。
「ちゃんとベットで寝ないと…」
先ほどの自分と同じようなことを言っているな、と大きく伸びをして欠伸を一つ。
「ユウリの寝息聞いてたら眠くなっちまって」
「ご、ごめんなさい。隣で本を読んでいたらなんか…眠くなっちゃって」
わかる、と一言呟いて片手に持っていたままだった書類をテーブルに置く。
残りは数枚。別に今すぐでなくてもいいかと山積みになった書類を一瞥する。
「寝るか」
手を伸ばせば小さな手が重なる。
スリッパを引きずるようにゆっくりと二人でベットまで歩いて行って、冷たいシーツと掛布団に体を滑らせる。
ユウリは甘えるようにすり寄って肩口に顔を埋めた。
「あったかい」
ふふっと小さな笑い声が聞こえる。
朝晩の冷え込みが激しくなり、掛布団だけでは少し肌寒くなってきた。
起きたら冬支度でもしようかとぼんやりと思いながらユウリが寝心地のいい場所を見つけるまで待つ。
暑いと少し離れていた夏と比べて、愛しいぬくもりが戻ってきたことに安堵する。
一番好きな季節は?と聞かれたら今は冬だと答えるだろう。
辺りに音も色もなく、まるでこの世に一人になったかのような分厚い雲に覆われた空と静けさが以前は大嫌いだった。
相変わらず雪や寒さには弱いが今はそこまで嫌いではない。
体温を分け合う様に肌を寄せて眠るこの瞬間が好きだ。
だからこそ我慢もできる。
冬が訪れなければ無意識に触れ合って眠ることもないだろうから。
春になればまた離れていくだろうユウリの背に手を回す。
どこへでも飛び回るユウリは次はどこへ、どのくらい出かけるのか。
また一晩では語りつくせない量の土産話を持って帰ってくるのだろう。
せめてその時までは。
腕の中にいる安心を感じていたい。
「おやすみ」
忙しいと理由をつけて後回しにしていた書類やこの先のイベントの企画書が溜まっているのだ。
どこかで片づけなければと思いつつもなかなか就業時間だけでは片付かない現状。
上司が帰らないうちは帰らないとナックルジムのトレーナー達にはっきりと言われてしまっては持ち替えざる終えない。
持ち替えれる仕事だけでもとソファーで目を通しつつ、時々メモに書き記していく。
夕飯も風呂も終え、本来ならゆっくりとユウリと過ごせた時間を充てることに少し罪悪感を感じるものの、今月、何度となく繰り返されるこの現状にユウリも慣れたようだ。
テレビを見ることもなく、邪魔にならないようにと思っているのか触れそうで触れない絶妙な距離で大きいソファーに背を預けて隣で静かに本を読んでいる。
室内にはパラっと本を捲る音とボールペンがメモ用紙を走る音が時々思いついたかのように響くだけだ。
この調子なら日付が変わるまでには終われるだろう。もう少ししたらコーヒーを淹れなおして少し休憩がてらユウリの読んでいる本がどんなものか聞いてみようかと思っていた矢先、肩に重みが降ってきた。
「ごめんなさいっ」
ユウリ、と声をかける前にぱっと退いて、目を擦っている。
週末の夜。苦手なデスクワークをこなし、更に散々動き回ったユウリにこの静寂は眠気を誘うものだったらしい。
閉じてしまった本をもう一度開きなおしたのを見て、書類に視線を戻す。
何度も何度もふらふらとユウリの小さい頭が落ちていく。
その様子がなんだか面白くて、静かに窺っていると、こてんと肩に重みが戻ってきた。
今度は起きることなくすうすうと気持ちよさげな寝息が聞こえてくる。
「ユウリ、眠いなら寝てこい」
軽く肩を揺さぶって声をかけると、ブラウンの瞳が微睡んでいる。
「や…起きま…す」
眠気との狭間で呟いたその声は途切れ途切れだが、それでもここに居たいようだ。
起きると言ったその言葉とは反対に、肩にあった頭は徐々に位置を下げていく。
首を痛めそうなその寝方が危なっかしい。
「ユウリ」
再び半分ほど目を開けたユウリにぽんぽんと膝の上を叩けば、もうほとんど意識のない彼女はすぐに頭を置く。
まるでチョロネコのように小さく丸まって深く息をすると、再び眠りの世界へと落ちていった。
ようやく解放された右腕を伸ばして飲んだコーヒーはすっかり冷めていた。
淹れなおそうと思っていたコーヒーと膝の上のユウリを見比べる。
たぶんこのままベッドへ運んでも起きないだろうけれども。
瞳の色と同じ色合いの髪を一撫でしてもう一度書類へ目を落とす。
ボールペンが紙を走る音と、規則正しい寝息。
膝から感じる体温に段々と目が虚ろになってくる。
もう少しで終わるというのに文字を文字として認識しなくなってきた。
まずいな、と眠気覚ましのコーヒーを飲もうとするがマグカップに中身はない。
欠伸が人に移る原理は信頼しているからという説があるように、眠気も移るのだろうか、なんてどうでもいいことを思いながら肘掛けに肘をついたらもう最後だった。
◇◇
「キバナさん」
聞きなれた声にはっと我に変える。
時計を見ればすでに日付が回っている。
30分ほどうたた寝をしてしまっていたようだ。
「ちゃんとベットで寝ないと…」
先ほどの自分と同じようなことを言っているな、と大きく伸びをして欠伸を一つ。
「ユウリの寝息聞いてたら眠くなっちまって」
「ご、ごめんなさい。隣で本を読んでいたらなんか…眠くなっちゃって」
わかる、と一言呟いて片手に持っていたままだった書類をテーブルに置く。
残りは数枚。別に今すぐでなくてもいいかと山積みになった書類を一瞥する。
「寝るか」
手を伸ばせば小さな手が重なる。
スリッパを引きずるようにゆっくりと二人でベットまで歩いて行って、冷たいシーツと掛布団に体を滑らせる。
ユウリは甘えるようにすり寄って肩口に顔を埋めた。
「あったかい」
ふふっと小さな笑い声が聞こえる。
朝晩の冷え込みが激しくなり、掛布団だけでは少し肌寒くなってきた。
起きたら冬支度でもしようかとぼんやりと思いながらユウリが寝心地のいい場所を見つけるまで待つ。
暑いと少し離れていた夏と比べて、愛しいぬくもりが戻ってきたことに安堵する。
一番好きな季節は?と聞かれたら今は冬だと答えるだろう。
辺りに音も色もなく、まるでこの世に一人になったかのような分厚い雲に覆われた空と静けさが以前は大嫌いだった。
相変わらず雪や寒さには弱いが今はそこまで嫌いではない。
体温を分け合う様に肌を寄せて眠るこの瞬間が好きだ。
だからこそ我慢もできる。
冬が訪れなければ無意識に触れ合って眠ることもないだろうから。
春になればまた離れていくだろうユウリの背に手を回す。
どこへでも飛び回るユウリは次はどこへ、どのくらい出かけるのか。
また一晩では語りつくせない量の土産話を持って帰ってくるのだろう。
せめてその時までは。
腕の中にいる安心を感じていたい。
「おやすみ」