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ジンクス本編外

肌寒さにタオルケットでは物足りなくて、足元に丸まっていた薄手の毛布を手繰り寄せる。
かすかに聞こえるココガラの声に早く起きろと急かされている気分にもなるが、もう少しベッドの中にいたかった。
そろそろきちんと服を着て寝なければ風邪を引いてしまうな、と頭の片隅で考えて、寝返りを打つ。
その拍子に投げ出した手が温もりのある何かに当たった。
うっすらと目を開ければ、ブルーの瞳が向けられている。
「おはよ、ユウリ」
愛しい彼の姿が視界に映った。
「おはようございます。…キバナさん、ロードワークは?」
普段ならロードワークに出て近くのパン屋で朝食を購入しているはずの時間だ。
毎日ではないが、そのパンとキバナの淹れたカフェオレが大好きだ。
「ユウリと行きたい所があって待ってた」
頬を撫でる手がくすぐったくて身じろぐ。
「近くにカフェができたんだ。モーニング、食べに行かないか?」
まだベッドの中にいたいと思っていたのに、こうも簡単に起き上がる気になるなんて、我ながら現金だなぁなんて思う心を隠し、こくんと頷いてベッドから起き上がった。

◆◇◆
外は思ったよりもひんやりとしていて、枯れ草の匂いが鼻をくすぐる。
街行く人たちの服装も明るい色から濃い色へと変わっていて、秋の訪れを感じた。
「夏、終わっちゃいましたね」
所々に落ちている落ち葉は緑、黄色と綺麗なグラデーションを描いている。
「ねえ、キバナさん。秋ってなんだか寂しいような、悲しいような気分になりませんか?」
「そう、かもしれねぇな。だから読書とか芸術とか、そういう夢中になれるようなものを探して没頭するのかもな」
なるほど、と頷く。
確かに読書をしていれば、余計なことを考えずにいられる。
空想の世界に浸って涙を流す。わくわくしたり、嬉しくなったり。自分のことではないのにそんな感情を持てる本の世界は素晴らしいのだと、以前キバナは教えてくれた。
「ほら、あそこだ」
レンガ造りの建物の1階に並んだテナントの中に目当てのカフェがあった。
小さな黒板に書かれたOPENの文字以外何もない、質素な店構えはカフェだと言われなければ気づかないだろう。
店内もこじんまりとしていて客はユウリたちの他に1組の老夫婦だけだ。
レジ横に並んだパンの中から、ユウリはキノコとベーコン、野菜のサンドイッチを、キバナはブロッコリーと卵のサンドイッチを。
それからカフェオレにホットコーヒー。
レジで会計を済ませ、奥の席に腰掛ける。
分厚いサンドイッチをお互いに一つずつ交換して食べ比べる。
キノコとベーコンのサンドイッチは、香ばしい醤油の香りとバターの香りがふわりと香って食欲をそそる。
「食材も秋のものに変わっちゃったんですね」
夏に飽きるほど食べたアイスも、流し込むように飲んだキンキンに冷えたアイスティーも自然と自分の選択肢から消えていくことに、なんだか感傷的になる。
「オレは秋、好きになったけどな」
「なんでですか?」
「夏は暑いってくっついてくれなかったユウリが、今度は寒いってくっついてくるから」
思わずカフェオレが吹き出そうになるのを必死で飲み込む。
ゲホゲホと咽ながら睨むと、キバナはにやにやとしていた。
「もうっ!変な事言わないでください」
「秋は人恋しくなる、ってな」
ニヤリと八重歯を見せて笑うキバナの台詞に頬が火照るのを感じた。
テーブルの下の名が足を蹴ると、痛て、と短い悲鳴が上がる。
「朝から変な事、言わないでください」
赤くなった頬を隠すように温くなった残りのカフェオレを一気に飲み干した。

カフェの外は通勤や通学する人たちの往来が増え、様々な靴音が響いている。
楽しそうにポケモンと歩いている人もいれば、自転車で急いでいる人、中には手をつないで会話をしているカップル。
なんとなく羨ましくなって、並んでいるキバナの手にそっと手を重ねる。
身長差と同様に、手の大きさも全く違うキバナと普通に繋いで歩いていれば、するっと離れてしまう。
何度か試した末、指を絡めるように握ることで落ち着いた。
ジムまでの道のりは短く、今日の夕飯は何にしようかと候補をいくつか挙げたところで着いてしまった。
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
小さく手を振って、後ろ姿の彼を見送る。
吹き付けた風は、やっぱりどこか寂しさを感じた。
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