ジンクス本編外
久々のお泊り女子会。
もはや定番となったジャンクフードと飾り程度のサラダに甘いクリームたっぷりのケーキ。
どれもこれも、ユウリが好きそうな物を用意して待っていた。
約束の時間より少し前に着いた大切な親友は、開口一番に相談があるの、と神妙な顔をして座った。
いったい何事かと佇まいを直して口を開くのを待つが、ユウリは一向に喋らない。
「とりあえず、食べよっか。冷めるけん」
デリバリーのピザの箱を開けると溶けたチーズの濃厚な香りが空腹を促す。
一緒に頼んだチキンやポテトからは油の匂いがするが、これもまた美味しそうだ。
いただきます、と声をそろえて各々好きな物に手を伸ばし、女子会が始まった。
「で、どうしたん?」
熱々とはいかないが、まだ温かいピザを一切れ摘まむ。
返事を待つ間にかぶりつくと、トロッとしたチーズとセサミの甘みにトマトの酸味が口に広がった。
「実は、す、好きな人ができて」
「うん、キバナさんやろ?」
「ええ!?」
ユウリは真っ赤に染まった頬を両手で隠すように覆う。
「見ろったらわかるばい」
「……そんなにわかりやすい?」
ううん、と否定の意味を込めて首を振ると、彼女は安心したようにあからさまに胸をなで下ろした。
「キバナさんが気づいてるかはわからんけど。この間二人でいる所、見てたらなんとなくそうかなって。あと、ネイル」
少しはみ出ていて、皮膚にピンクのマニキュアがついている指先。
今までの彼女はネイルなどしていなかった。
「やっぱり、変?」
「かわいいと思う。ユウリにはそういう淡い色が似合うけん」
服装を考えれば、濃い色の方が映えてしまう自分の指先には乗ることがないだろう淡い色がとても可愛らしく見えた。
「……でね、気づいてから今までみたいに喋ったりすることができなくて。最近は体調悪いのか、って心配されるようになっちゃって」
「自覚しちゃったら前みたいにはいかんよ」
「毎晩電話で心配されるのが、違うのになんか申し訳ないなって」
「……待って、毎晩電話してんの?」
「うん、結構前からかな。たまに朝までそのまま繋がってるよ」
「えっと……どういうこと?それは……好きだなって気づく前から?」
うん、と彼女は首を傾げて答える。
「何度かキバナさんと喋ってるうちに寝ちゃって。新しい部屋に引っ越してからはなんか慣れなくて。それで、起きたらまだ電話が繋がってるのが安心するって言ったらそれからかな。流石に夜中に起きたら切るけど、朝までどっちも起きなかったらそのままおはようございます、って感じ」
衝撃の事実に頭痛を感じてこめかみを軽く揉む。
「それで、付き合ってないの?」
再び狼狽える彼女の悲鳴が上がった。
「ね、どこを好きになったん?」
もはや見ていて面白いと思ってきてしまって、追い打ちをかけるように質問すると、まるでオクタンのようにユウリの顔は真っ赤になった。
「……優しくて。頼れるし、バトルも付き合ってくれるし、強いし」
「それならダンデさんも一緒じゃない?ホップだってユウリとずっと一緒にいたわけだし、バトル強いし。あの兄弟だって優しいし、頼れるでしょ」
てっきりいずれ、ホップと付き合うのだろうと思っていたのだ。
気心の知れた幼馴染と付き合ってしまうというのはよくある話だ。
「ダンデさんもホップもそうなんだけど……なんでだろう、キバナさんの方が安心できる……かな」
一生懸命考えている様子が見ていてよくわかる。
本当は、好きになるのに特別な理由などないのかもしれない。
キバナさんも、皆にユウリのように世話を焼いているわけではない。
兄とは仲がいいが、それだけだ。一応ジムリーダー同士ということでグループメッセージのは参加していても、個人的な連絡先は知らない。
だから、もしかすると、可能性はゼロではないような気がする。
「この間ね、初めて眼鏡かけているところ見て。すごく綺麗で。ああ、大人の男の人なんだなぁって」
ああ、なるほど、と合点がいく。
普段見慣れない姿に、急に男性として意識したのだろう。
それを恋愛の好きと、大人の男性への憧れの、どちらだろうかなんて考えてしまう。自分のそんなところが彼女には頼れるとか、大人っぽいように見えるのだろう。
本当は、アドバイスするような経験なんてないにも関わらず。
「ユウリは、キバナさんとどうなりたい?」
まだ恋愛初心者の彼女はおそらく好きのその先を何も考えてはいないだろう。
ただ自分の初めての気持ちに慌てふためいているだけで。
だから、それをできうる限り諭してあげるのが私の役目だと思った。
「今はまだ、このままでいたいかな。だって、私とキバナさんじゃ付き合えるわけないもん」
最初から諦めているかのような言葉だった。
まだ何も始まってはいないのにと思うのは、外野だからだろうか。
「だったら、くよくよしとらんと。元気出しぃ」
冷めてチーズの固まったピザを一切れとチキンやポテトをユウリの皿の上に乗せていく。
普段よく食べる彼女が、今日は全く食べていないのだ。
溢れそうなほどに盛りつけられた皿からユウリがポテトを摘まんで口に入れた瞬間、ロトムが着信を告げた。
んぐ、っと変な声を出して、ユウリは慌ててジュースで流し込む。
ちらりと見えた画面にはキバナさんの名前が表示されていた。
目配せをされて頷くと、ユウリは受話をタップする。
「……はい!」
なんとなく聞いては行けないような気がしてそっと部屋から出ると、ドアの外には兄が立っていた。
「アニキ……」
「ユウリの、悲鳴?が聞こえたもので」
「立ち聞きは、マナー違反やと思うけど」
「誰にも言いませんよ。……初恋ですか。ふむ……」
顎に手を当てて、視線はどこか違うところを見ている。たまにアンテナに引っかかると兄はよくこの仕草をする。
根っからのアーティストなのか人と違うところに興味を持ち、それをベースに歌詞とメロディーを作り上げるのだ。
そうして出来上がった曲を誰よりも先に聞くのが大好きだ。
ふらりと自室へ戻って行った兄がいなくなると、部屋の中からユウリの楽しそうな声が静まり返った廊下に響いてくる
「ちゃんと、喋れとーばい」
ほんの少し、ちくりと胸が痛んだ。
もはや定番となったジャンクフードと飾り程度のサラダに甘いクリームたっぷりのケーキ。
どれもこれも、ユウリが好きそうな物を用意して待っていた。
約束の時間より少し前に着いた大切な親友は、開口一番に相談があるの、と神妙な顔をして座った。
いったい何事かと佇まいを直して口を開くのを待つが、ユウリは一向に喋らない。
「とりあえず、食べよっか。冷めるけん」
デリバリーのピザの箱を開けると溶けたチーズの濃厚な香りが空腹を促す。
一緒に頼んだチキンやポテトからは油の匂いがするが、これもまた美味しそうだ。
いただきます、と声をそろえて各々好きな物に手を伸ばし、女子会が始まった。
「で、どうしたん?」
熱々とはいかないが、まだ温かいピザを一切れ摘まむ。
返事を待つ間にかぶりつくと、トロッとしたチーズとセサミの甘みにトマトの酸味が口に広がった。
「実は、す、好きな人ができて」
「うん、キバナさんやろ?」
「ええ!?」
ユウリは真っ赤に染まった頬を両手で隠すように覆う。
「見ろったらわかるばい」
「……そんなにわかりやすい?」
ううん、と否定の意味を込めて首を振ると、彼女は安心したようにあからさまに胸をなで下ろした。
「キバナさんが気づいてるかはわからんけど。この間二人でいる所、見てたらなんとなくそうかなって。あと、ネイル」
少しはみ出ていて、皮膚にピンクのマニキュアがついている指先。
今までの彼女はネイルなどしていなかった。
「やっぱり、変?」
「かわいいと思う。ユウリにはそういう淡い色が似合うけん」
服装を考えれば、濃い色の方が映えてしまう自分の指先には乗ることがないだろう淡い色がとても可愛らしく見えた。
「……でね、気づいてから今までみたいに喋ったりすることができなくて。最近は体調悪いのか、って心配されるようになっちゃって」
「自覚しちゃったら前みたいにはいかんよ」
「毎晩電話で心配されるのが、違うのになんか申し訳ないなって」
「……待って、毎晩電話してんの?」
「うん、結構前からかな。たまに朝までそのまま繋がってるよ」
「えっと……どういうこと?それは……好きだなって気づく前から?」
うん、と彼女は首を傾げて答える。
「何度かキバナさんと喋ってるうちに寝ちゃって。新しい部屋に引っ越してからはなんか慣れなくて。それで、起きたらまだ電話が繋がってるのが安心するって言ったらそれからかな。流石に夜中に起きたら切るけど、朝までどっちも起きなかったらそのままおはようございます、って感じ」
衝撃の事実に頭痛を感じてこめかみを軽く揉む。
「それで、付き合ってないの?」
再び狼狽える彼女の悲鳴が上がった。
「ね、どこを好きになったん?」
もはや見ていて面白いと思ってきてしまって、追い打ちをかけるように質問すると、まるでオクタンのようにユウリの顔は真っ赤になった。
「……優しくて。頼れるし、バトルも付き合ってくれるし、強いし」
「それならダンデさんも一緒じゃない?ホップだってユウリとずっと一緒にいたわけだし、バトル強いし。あの兄弟だって優しいし、頼れるでしょ」
てっきりいずれ、ホップと付き合うのだろうと思っていたのだ。
気心の知れた幼馴染と付き合ってしまうというのはよくある話だ。
「ダンデさんもホップもそうなんだけど……なんでだろう、キバナさんの方が安心できる……かな」
一生懸命考えている様子が見ていてよくわかる。
本当は、好きになるのに特別な理由などないのかもしれない。
キバナさんも、皆にユウリのように世話を焼いているわけではない。
兄とは仲がいいが、それだけだ。一応ジムリーダー同士ということでグループメッセージのは参加していても、個人的な連絡先は知らない。
だから、もしかすると、可能性はゼロではないような気がする。
「この間ね、初めて眼鏡かけているところ見て。すごく綺麗で。ああ、大人の男の人なんだなぁって」
ああ、なるほど、と合点がいく。
普段見慣れない姿に、急に男性として意識したのだろう。
それを恋愛の好きと、大人の男性への憧れの、どちらだろうかなんて考えてしまう。自分のそんなところが彼女には頼れるとか、大人っぽいように見えるのだろう。
本当は、アドバイスするような経験なんてないにも関わらず。
「ユウリは、キバナさんとどうなりたい?」
まだ恋愛初心者の彼女はおそらく好きのその先を何も考えてはいないだろう。
ただ自分の初めての気持ちに慌てふためいているだけで。
だから、それをできうる限り諭してあげるのが私の役目だと思った。
「今はまだ、このままでいたいかな。だって、私とキバナさんじゃ付き合えるわけないもん」
最初から諦めているかのような言葉だった。
まだ何も始まってはいないのにと思うのは、外野だからだろうか。
「だったら、くよくよしとらんと。元気出しぃ」
冷めてチーズの固まったピザを一切れとチキンやポテトをユウリの皿の上に乗せていく。
普段よく食べる彼女が、今日は全く食べていないのだ。
溢れそうなほどに盛りつけられた皿からユウリがポテトを摘まんで口に入れた瞬間、ロトムが着信を告げた。
んぐ、っと変な声を出して、ユウリは慌ててジュースで流し込む。
ちらりと見えた画面にはキバナさんの名前が表示されていた。
目配せをされて頷くと、ユウリは受話をタップする。
「……はい!」
なんとなく聞いては行けないような気がしてそっと部屋から出ると、ドアの外には兄が立っていた。
「アニキ……」
「ユウリの、悲鳴?が聞こえたもので」
「立ち聞きは、マナー違反やと思うけど」
「誰にも言いませんよ。……初恋ですか。ふむ……」
顎に手を当てて、視線はどこか違うところを見ている。たまにアンテナに引っかかると兄はよくこの仕草をする。
根っからのアーティストなのか人と違うところに興味を持ち、それをベースに歌詞とメロディーを作り上げるのだ。
そうして出来上がった曲を誰よりも先に聞くのが大好きだ。
ふらりと自室へ戻って行った兄がいなくなると、部屋の中からユウリの楽しそうな声が静まり返った廊下に響いてくる
「ちゃんと、喋れとーばい」
ほんの少し、ちくりと胸が痛んだ。