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ジンクス本編外

「…よし!」
紙袋の中身を確認してアーマーガアタクシーから降りる。
中にはナックルシティジムのトレーナー、リョウタやレナ、ヒトミなど普段お世話になっている人たちへ作った一口サイズのチョコケーキ。
それと、もう一つの小さな箱。
何度も何度も作り直した小さな箱の中身。
始めて作ったこれを、彼は喜んでくれるだろうかと僅かな不安と期待に揺れながら執務室のドアをノックする。
すぐに返ってきた返事にそっとドアを開けると、いつものように彼、キバナがデスクにいた。
付き合って1年と1日。
今朝、冷蔵庫で冷やしていたチョコケーキを一つ摘まんでから出勤した彼は今年のバレンタインチョコはチョコケーキだと思っているだろう。
なぜならば、お茶の用意をし出した彼が手に持っている茶葉はアッサムだから。
「あの、キバナさん。お口に合うかわからないんですけども」
アッサムティーを淹れてしまう前にとラッピングされた小さな箱を差し出す。
冷蔵庫で梱包されていた物だと思っていたのだろう、キバナは目を見開いた。
「毎年、ありがとうな」
右腕が首に回って引き寄せられると額に一つキスを落として、ラッピングをほどいていく。
「朝食ったやつと違うやつだな」
小さな四角いチョコを一つ掴んで口に放り込む。
しばらく咀嚼して、飲み込んでもう一つ。
どうやら気に入ったようで、ほっと胸をなで下ろした。
「ミルクティー…?」
「ミルクティーのお砂糖の代わりにホワイトチョコを入れて固めました。キバナさん、チョコケーキとかは食べるけどチョコレートはあんまり食べてるの見た事がないから」
先日カフェに行ったときに気づいたことだった。
彼は液体のチョコや加工されたチョコは口にするが、どうやらチョコチップなどの固形のチョコはあまり得意ではないらしい。
あまり好きではないのだなと思ってバレンタインに何を渡そうかと悩んでいたところ、冷蔵庫にあったチョコレートバラエティセットからホワイトチョコだけがなくなっていた。
だからもしかしたら、と。
それなら彼の好きな紅茶と組み合わせた生チョコなら食べれるのかもしれないと思ったのだ。
「うん、これ好きだわ」
満足げな笑みを浮かべてまた一粒手に取ったチョコレートを口元に差し出される。
口の中で溶けていったホワイトチョコはアールグレイの香りと混ざって、甘さ控えめの、よく作ってくれるアイスミルクティーのようだ。
「そっちは、リョウタたちに?」
「はい、いつもお世話になっているので」
「今休憩中だな。よし、それ置いてバトルするか」
今日訪れたのは勿論チョコを渡すためなのだが、朝食を取っている最中に1 on 1のバトルを頼んでみたのだ。
フルバトルだと思っていたキバナは首を傾げた。
その理由は告げずに、ただ育成中の子の手合わせをと言うと納得したようだった。
コートへ向かう最中、休憩室へ立ち寄ると、丁度昼食を取っていたリョウタにチョコケーキを渡すと、山ほどに贈られてきた綺麗なラッピングのチョコレートをどうするのかとリョウタはキバナに尋ねた。
ははっと苦笑いして、キバナは全部処分してほしいと伝える。
毎年のことなのか、リョウタは大きくため息をついた。
こんなにあるならばチョコケーキではなくなにかしょっぱい物の方がよかったかな、と思ってしまう。
「来年からは、チョコレートではない物、お持ちしますね」
「いえ…これでも大半は断ったんです。けれど目を離した隙にカウンターに置いてあったり宅配で送りつけられると…来年は告知を出して全てお断りします」
手渡したチョコケーキは皆の席に配られ、リョウタはいただきますと包みを開いた。
「これからバトルですよね。俺も後で見学に行きます」
是非、と返して休憩室のドアを閉める。
「キバナさん、毎年思ってましたがあのチョコは処分してしまうんですか?」
「たまーに、良くない物が入ってるのもあるからな。どこの誰が贈ってきたものかわからないから処分するんだ」
なるほどな、と頷く。そういえばファンからの差し入れを食べたりしているところは見た事がない。
純粋なファンだけではないということはダンデからも聞いていた。
自分宛てのものも、ファンレターですら開封されてから届くのだ。
せっかく想いを込めて贈ってくるものもあるだろうに、それはなんだか残念な気分になってしまう。
そこが甘いのだとよくダンデに諭されてしまうのだが。
「よし、じゃあ始めるか」
「では、この子のお手合わせ、お願いします!」
一歩コートへと入ると胸が高鳴る。
ひっそりと、大事に育てていた子の初バトル。
先ほどの優しい表情とは一転、ブルーの瞳からは鋭い視線を感じた。
ボールを同時に放って、現れたジュラルドンとタルップル。
驚いたように目を見開いた彼は、次の瞬間深く笑みを浮かべた。
「去年キバナさんに贈ってもらった、カジッチュです」
自然と口角が上がる。
散々頭の中で組み立てた戦略をもう一度頭の中で流して、タルップルへの指示を決めた。
「タルップル、ばかぢから!」
「ジュラルドン、ドラゴンクロー!」
体の芯から震えるようなぶつかり合う低音が響き渡る。
両者どちらもこうかばつぐんだ。
それでも悠然と立ち尽くすジュラルドンと違い、タルップルは一撃で疲労の色が濃くなった。
「りゅうせいぐん!」
「もう一度メタルクロー!」
単純にレベル差なのか努力値なのか。タルップルは二度目の攻撃を受け、立っているのがやっとのようだ。
ダイマックスをさせるべきか攻撃すべきか。
「ギガインパクト!」
「りゅうのはどう!」
タルップルはジュラルドンから体力を吸い取るものの、その後に受けた攻撃で倒れた。
きゅう、と目を回しているタルップルをボールへ戻す。
お疲れ様、と声をかけて腰のホルダーへと戻した。
「良く育ってるが、あとはレベルだな」
「そうですね。もうちょっとなつき度もあげて…いずれは、パーティーメンバーに加えたいんです」
そのためには、と頭の中でバトルを最初から順に追いかけ、思いつく限りのことを指を折りながら上げてみる。
「なあ、ユウリ。今日もそっち行ってもいいか?」
「はい、大丈夫ですけど…」
「夜、一緒に考えようぜ。あと、チョコケーキ残ってるか?」
「残ってますよ。ホワイトチョコも」
「それ、置いといてくれ。食べるから。じゃ、仕事片付けてくるわ」
頭をわしわしと撫でられて、彼は去って行く。
時計を見ればまだ早い時間帯。
彼の好きな茶葉を買って帰ろうと、小走りで追いかけた。

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