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ジンクス本編外

ベッドに寝っ転がりながらSNSを見ていると、誰かが拡散した記事に目が止まった。
「恋に効くおまじない……?」
その記事をタップしてリンク先へ飛ぶと、大きく『恋に効くおまじない五選!』と記されている。
1・ピンクのマニキュアを塗って左薬指にハート模様のシールかホログラムを乗せる。
2・枕の下に好きな人の写真を入れて寝ると夢に彼が出てくる。
3・夜中に好きな人の名前をノートに書く。
4・寝る前に好きな人の名前を呼ぶ。
5・2人の髪の毛を結ぶ。

「うーん……」
ちらりとベッドの横に設置したデスクに視線を向ける。
丁度今日、ソニアさんからもらったピンクのマニキュアといくつかのラインストーンやホログラムの入った紙袋が乗っている。
ホップをキャンプに誘おうと研究所に行くと、ホップは目の下に色濃い隈を作っていた。
その横で上機嫌にデスク周りを掃除していたソニアさん曰く、論文を書き上げている真っ最中なのだと言われ、二言三言会話をして帰り支度を始めた。
またね、とドアに手をかけるとソニアさんに呼び止められ、はい、と差し出された紙袋にはマニキュアボトルが数本入っていた。
そこに中途半端に残っていたストーンやホログラムも一緒に入れられて、たまにはお洒落してみたら?との言葉つきで手渡された紙袋。
いつも綺麗なネイルをしているソニアさんが最近ポケモンをテーマにしたマニキュアを集めているのは知っていた。
青や緑、紫や黄色と派手な色を塗っている彼女にはピッピのような淡いピンク色は好みではなかったようだ。

のそのそと起き上がって紙袋から中身を取り出す。
可愛らしいピッピのラベルが貼られたまだ未開封のボトルを捻る。
中の液体は粘度が弱く、少しサラサラとしていた。
デスクチェアに腰掛け、左手の小指に塗る。
薬指に塗ろうとして、一旦筆をボトルの中へ戻し、紙袋から小さなハートのホログラムの入った容器を取り出す。
デスクの棚に置いていた救急箱の中からピンセットを取り出し、蓋を開けて一枚乗せ、もう一度筆を取る。
薬指に淡いピンク色を広げ、ハートを爪先に乗せた。
中指、人差し指、親指と次々に塗り終え、ため息を一つついて背もたれに背を預けた。
目の前に左手をかざし、いつもと違う自分の手をまじまじと眺める。
短く切りそろえられた爪にはなんだか不自然な気がした。
なんだか柄じゃないような気がして落としてしまおうかな、と思ってはたと気がつく。
マニキュアはあるものの、除光液がないのだ。
ああ、とため息をもう一度ついてもう一度筆を取る。
こうなったら右手も塗るしかないだろう。
唐突に、なんだか馬鹿らしいような気分になった。
こんなことで恋が叶えば苦労はしないだろう。
観察力の高い人だから、明日会えば気づかれてしまうかもしれない。
もしこのおまじないを知っていたら、と思うと背筋が震えた。
「キバナから着信ロト!」
右手の親指に筆を置きかけたところでロトムが着信を告げた。
ああ、もうそんな時間だったのかと時計を確認して、拒否してしまおうかと一瞬頭に浮かんだ思いに頭を振る。
「どうするロ?」
「繋いで」
痺れを切らしたロトムにそう告げると、ロトムはニヤリと笑った。
「お疲れ様です、キバナさん」
「お疲れ。忙しかったか?」
「いまちょっと、手が離せなくて……」
ロトムがふわりと飛んできて、わざとらしくデスクの上を映していく。
「ネイル?珍しいな」
「今日、ソニアさんに貰ったんです」
「あー、研究所のねえちゃんだっけ。ダンデの幼馴染の」
こくんと一つ首を縦に振る。
「浮かない顔してどーした?」
「……私、ソニアさんみたいに綺麗な爪じゃないし、なんだか似合わないかなぁって」
意地の悪いロトムは、わざわざ左手を映している。右手で離れるように少し押すと、ケテケテと短く笑い声を上げた。
「んなことねーぞ?その色、ユウリによく似合ってるけどな」
「そう、ですか?」
「ああ。ほら、右手も塗っちゃえ」
頬が熱を持っているのを隠すように筆を取って塗り始める。
今顔を上げれば、意地の悪いロトムに真正面から映されてしまうだろう。
爪の根本に筆を乗せて、すっと引いていく。利き手ではない分、塗りにくい。
親指から小指までを一気に塗って、顔を上げるころには頬の熱はだいぶ冷めていた。
「うん、可愛い可愛い」
まるで妹に接するような誉め言葉にすこしむっとするが、そもそも塗ろうと思った理由が理由なだけに言葉が出なかった。
「そっか、ユウリもそういうのに興味あったんだな」
「そりゃあ、ありますよ。でも自分のことに割く時間ってあまりなくって」
「まあな。オレらトレーナーはポケモンの健康管理もあるからな。でも、たまにならいいんじゃないか?」
不思議とそう言われるとそういうものなのかな、なんて思ってしまう。
可愛いと褒められると、そんなに悪くない気もしてしまうあたり、まるで洗脳のようだなと思ったことは内緒だ。
幼いころから頼りになる優しいお兄さんだった。
いつまでもその関係が続くと思っていた半年前。
宝物庫で熱心に本を読みふける彼の姿を見て心臓がバクバクとした。
今までなんともなかったことに一々どきどきしたり、いつも以上に嬉しくなったりと正直、忙しかった。
その原因が恋だと自覚したのはほんの少し前。
自覚したからといって変わることは何もなかった。
ただ少し、恥ずかしいような気がしてまともに顔を見れなくなった以外は以前と変わりない。
少しはみ出たり気泡が入ってしまった指先を見る。
恋に効くおまじない。
今はまだ、彼にこの気持を悟られたくない。
「キバナさん、今日ワイルドエリアで珍しい子、見かけたんです」
だから今日もいつものように私は何気ない話題を口にした。
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