ジンクス本編外
耳に飛び込んできた静かなピアノの音に本から顔を上げる。
寝る前のひと時、温かい紅茶を飲みながらゆったりと本を読んでいた。
購入したものの、リビングのテーブルに置き去りにされていた本を読み耽ること数十分。
点けっぱなしだったテレビの音も聞こえないほど集中して読んでいると、シンと静まり返ったような空間に飛び込んできた好みの旋律に視線をテレビへと向けると、コツっと小気味のいい音を黒いピンヒールが鳴らした。
下から少しずつ上へとカメラが引いていき、後ろ姿が映っていく。
豪華な部屋をタイトなブラックレザーのミニスカートに同じくブラックのキャミソールを着た女性がいかにも高級そうなドレッサーに左手をついて、真っ赤なマニキュアを塗った右手で口紅を取った。
ショートカットの髪を片耳にかけ、その耳には大きなリングが揺れている。
マニキュアと同じ赤が女性の唇をなぞっていく。
馴染ませるように唇を一度動かして、女性は口角を上げた。すると今まで口元を中心に映していたカメラが一気に引いていく。
鏡越しに映っていたのは、ユウリだった。
ラメたっぶりのブラックのアイシャドウにしっかりと引かれたアイライン。真っ赤な口紅に、鎖骨も肩も露わに妖艶な笑みを受べている。
思わずゴクリと唾を飲み込む。手から本が滑り落ちてゴトっと音を立てた。
ユウリの姿に重なるようにブランドロゴが映り、次のCMが始まる。
慌ててスマホ手に取り、調べる。
確かにユウリだったと思う。けれどもあんな服装も、化粧も、笑みも見たことがない。
ユウリに似たそっくりな女優かもしれないと己の記憶すら怪しくなる。
今日の夕方に公開されたこのCMにすでにSNSは大騒ぎだった。
CM情報を見る限り、確かにユウリのようだ。
SNSにUPされたCM画像と記憶上のユウリをもう一度見比べる。
化粧一つ、服装一つでこんなにも女性は変わるのかと恐ろしさに身震いした。
普段はおっとりとしていて、まだ少女のようなあどけなさが残るユウリ。服もだいたいがラフな格好だ。
何かの式典の時には化粧もするし、ドレスも着る。けれどもその時とはまた違った印象だった。
ぼんやりと画像を眺めていると、けたたましく着信音が鳴った。
ビクっと一瞬、体が震えて、手から滑り落ちそうになったスマホを慌てて持ち直して、受信をタップする。
「こんばんは、キバナさん」
いつものユウリの声にほっと胸をなで下ろす。なんだか彼女が別人になってしまったような気がして、それをどうにか悟られまいと普段通りに言葉を絞り出した。
「よぉ、どうした?」
「えっと、今週末のことで。何時に行ったらいいかなぁって」
「いつでもいいぜ。家にいるから。…それよりさ、さっきCM見たんだけど。あれ、オレさま聞いてない」
「やっぱりキバナさんも見たんですね」
陽気な声が一転、照れたようにユウリは口篭もる。
「撮影自体は結構前に。CMの撮影なんて初めてでちょっと恥ずかしかったので…言いそびれてました」
「びっくりした。あんなユウリ、見たことなかったから」
「そりゃそうですよ。ミニスカートなんて持ってないですもん」
「なぁ…今週末来るとき、あの恰好で来てくれねぇ?」
「えぇ…服もメイクも、自分じゃできないですよ。…あ、でもマリィちゃんなら」
ネズの妹を思い浮かべて、うん、と一つ納得する。
彼女ならメイクは出来るだろう。
「オレさまも見てみたい」
画面越しじゃなく、直に。その言葉は何とか飲み込んだ。
スマホ越しに聞こえてくるユウリの声は恥ずかしいだとかなんだと必死に拒絶の言葉を並べている。
「ユウリ、一生のお願い」
囁くように言えば、彼女はう、っと黙ってしまった。
「…マリィちゃんに頼んでみますけど…その恰好でお出かけは無理ですからね」
暫しの沈黙の末、なんとか了承してくれたユウリに大人げなくワクワクと胸が高鳴った。
「わかった」
言葉を吐き出すと同時に笑い声が一つ漏れる。
最初から、出かける気などはない。
SNSの大量のコメントはどれもこれも歓喜の声だった。それよりも目についたのは男性目線のコメントだ。自分と同じような邪な言葉に、無性に腹が立った。
誰にも見せたくないなんて独占欲が働く。
大人げないのは百も承知だ。けれど今更手遅れで。
我儘を聞いてくれる恋人が訪れる日を心待ちに、ユウリの声に耳を傾けながら指を折って日にちを数える。
週末まで、あと2日。
寝る前のひと時、温かい紅茶を飲みながらゆったりと本を読んでいた。
購入したものの、リビングのテーブルに置き去りにされていた本を読み耽ること数十分。
点けっぱなしだったテレビの音も聞こえないほど集中して読んでいると、シンと静まり返ったような空間に飛び込んできた好みの旋律に視線をテレビへと向けると、コツっと小気味のいい音を黒いピンヒールが鳴らした。
下から少しずつ上へとカメラが引いていき、後ろ姿が映っていく。
豪華な部屋をタイトなブラックレザーのミニスカートに同じくブラックのキャミソールを着た女性がいかにも高級そうなドレッサーに左手をついて、真っ赤なマニキュアを塗った右手で口紅を取った。
ショートカットの髪を片耳にかけ、その耳には大きなリングが揺れている。
マニキュアと同じ赤が女性の唇をなぞっていく。
馴染ませるように唇を一度動かして、女性は口角を上げた。すると今まで口元を中心に映していたカメラが一気に引いていく。
鏡越しに映っていたのは、ユウリだった。
ラメたっぶりのブラックのアイシャドウにしっかりと引かれたアイライン。真っ赤な口紅に、鎖骨も肩も露わに妖艶な笑みを受べている。
思わずゴクリと唾を飲み込む。手から本が滑り落ちてゴトっと音を立てた。
ユウリの姿に重なるようにブランドロゴが映り、次のCMが始まる。
慌ててスマホ手に取り、調べる。
確かにユウリだったと思う。けれどもあんな服装も、化粧も、笑みも見たことがない。
ユウリに似たそっくりな女優かもしれないと己の記憶すら怪しくなる。
今日の夕方に公開されたこのCMにすでにSNSは大騒ぎだった。
CM情報を見る限り、確かにユウリのようだ。
SNSにUPされたCM画像と記憶上のユウリをもう一度見比べる。
化粧一つ、服装一つでこんなにも女性は変わるのかと恐ろしさに身震いした。
普段はおっとりとしていて、まだ少女のようなあどけなさが残るユウリ。服もだいたいがラフな格好だ。
何かの式典の時には化粧もするし、ドレスも着る。けれどもその時とはまた違った印象だった。
ぼんやりと画像を眺めていると、けたたましく着信音が鳴った。
ビクっと一瞬、体が震えて、手から滑り落ちそうになったスマホを慌てて持ち直して、受信をタップする。
「こんばんは、キバナさん」
いつものユウリの声にほっと胸をなで下ろす。なんだか彼女が別人になってしまったような気がして、それをどうにか悟られまいと普段通りに言葉を絞り出した。
「よぉ、どうした?」
「えっと、今週末のことで。何時に行ったらいいかなぁって」
「いつでもいいぜ。家にいるから。…それよりさ、さっきCM見たんだけど。あれ、オレさま聞いてない」
「やっぱりキバナさんも見たんですね」
陽気な声が一転、照れたようにユウリは口篭もる。
「撮影自体は結構前に。CMの撮影なんて初めてでちょっと恥ずかしかったので…言いそびれてました」
「びっくりした。あんなユウリ、見たことなかったから」
「そりゃそうですよ。ミニスカートなんて持ってないですもん」
「なぁ…今週末来るとき、あの恰好で来てくれねぇ?」
「えぇ…服もメイクも、自分じゃできないですよ。…あ、でもマリィちゃんなら」
ネズの妹を思い浮かべて、うん、と一つ納得する。
彼女ならメイクは出来るだろう。
「オレさまも見てみたい」
画面越しじゃなく、直に。その言葉は何とか飲み込んだ。
スマホ越しに聞こえてくるユウリの声は恥ずかしいだとかなんだと必死に拒絶の言葉を並べている。
「ユウリ、一生のお願い」
囁くように言えば、彼女はう、っと黙ってしまった。
「…マリィちゃんに頼んでみますけど…その恰好でお出かけは無理ですからね」
暫しの沈黙の末、なんとか了承してくれたユウリに大人げなくワクワクと胸が高鳴った。
「わかった」
言葉を吐き出すと同時に笑い声が一つ漏れる。
最初から、出かける気などはない。
SNSの大量のコメントはどれもこれも歓喜の声だった。それよりも目についたのは男性目線のコメントだ。自分と同じような邪な言葉に、無性に腹が立った。
誰にも見せたくないなんて独占欲が働く。
大人げないのは百も承知だ。けれど今更手遅れで。
我儘を聞いてくれる恋人が訪れる日を心待ちに、ユウリの声に耳を傾けながら指を折って日にちを数える。
週末まで、あと2日。