ジンクス本編外
「うわぁ、すごいお店の数ですね!」
エンジンシティの広場に立ち並ぶ露店の数々に、思わず感嘆の声が漏れた。
シュートシティやナックルシティだけではなく、ガラル南端の街の人達にも気軽にイベントを楽しんでもらおうと、試験的にハロウィンイベントをエンジンシティで開催した。
小規模なものは各地で行われていたが、ここまで大きいものは初の試みらしい。
街路樹に飾れたオレンジの電飾やレンガ状の壁に飾られたゴーストポケモン達の飾り。はしゃぎ回る子供たちを避けながら広場をゆっくりと見て回る。
なんだか純粋にイベントに来たような気になってしまって、カブさんから頼まれた仕事を忘れてしまいそうだ。
「不審なヤツはいなさそうだな。これくらいの規模ならカブさんとこのジムトレとリーグスタッフ何人か派遣してもらえば警備は大丈夫だろ。あとは露店だな」
露店で怪しい商品を売っていないか確認してほしいとカブさんに頼まれたのは、先月の会議が終わった後のことだった。
出店する業者には、日時、場所、販売内容など最低限のことは事前に各種証明書と一緒に提出してもらうことになっている。
けれど、例えば飴、と商品名をきちんと書いてくる業者よりも、食品と大まかに書いてくる業者の方が大多数だった。
よって、一店舗ずつ確認をして欲しいとのことだった。
最初はマリィとビートと私が行くことになっていた。変装をすれば人混みであれば目立たずに調査できるだろうという人選だ。
見つかってしまっても、同期でイベントに来たのだといえば言い訳としては十分だった。
ところが、前日になってマリィが体調不良、ビートはギャロップの体調が優れないから残りたいと連絡が入った。
一人では到底、回りきれない。見つかったときの言い訳もない。それに、正直にいえば皆でイベントを回るのが楽しみだった分、残念で仕方がなかった。
皆で遊びに行くことがないわけではない。けれどもこういうイベントの時期は大抵、皆忙しく、なかなか一緒に楽しむ機会がなかった。
気落ちしてソファでクッションを抱えながらスマホの電話帳を見ていると、キバナさんがオレが行く、と言い出した。
「まずはホップを誘ってみます」
「ホップはソニアさんと今カンムリ雪原で調査中だろ。ルリナもバウタウンのイベント準備中だし」
「…キバナさん、変装したってすぐバレちゃうじゃないですか」
「別にコソコソする必要はないだろ。一緒に堂々と見て回って、ついでに調査すればいいだけだ」
どことなく楽しそうなキバナさんに、それ以上何かを言う気にはなれなかった。
なぜなら、キバナさんと一緒にイベントに行くことも、今まであまりなかったから。二人で、季節のイベントを楽しめるということが嬉しくて、それ以上の反論は思いつかなかった。
我ながら現金な奴だな、と思いながらそんな会話をしたのが昨夜のこと。
「周辺は見てるから露店の確認、頼むな。欲しいものあったら買っても大丈夫だから。多少なりとも現物あったほうがカブさんにも報告しやすいだろ」
はーい、と返事をして入り口近くの露店から見ていく。渡されたイベントガイドのマップには、店舗の配置図と申請内容が記載されていた。
それを見ながら、一般のお客さんのように振る舞って商品を確認していく。
やはり多いのは飲食系だ。様々なポケモンの形をした飴細工や、ハロウィン仕様のクッキー、ポップコーンやわたあめ、ケーキに軽食、ドリンク。
大体は申請通りだった。
子供たちをターゲットにしているゲームコーナーの業者もほぼ問題なしと判断し、次のエリアへ進んでいく。
一筋縄ではいかなさそうな、物販をしている露店が立ち並ぶエリアは、飲食系の店と同じくらい混みあっている。
見渡す限りでは怪しいものを置いている様子はないが、今度はさも買うものを迷っているように装い、念入りにじっくりと見て回っていく。
カブさんがホウエン地方出身ということもあってか、ホウエン地方の物を扱っている店が多い。
他にもカントーやジョウト地方の有名菓子、香辛料や調味料、お酒などを扱っている店があった。
物珍しさもあって、色々買っているうちに両手が塞がってしまい、一旦少し離れたところで待っていたキバナさんの元へと戻る。
「随分買ったなぁ」
「ついつい珍しくって買っちゃいました」
ほら、と袋の中を見せると、キバナさんは一つ一つ手に取ってみていく。
「香辛料、調味料、お菓子か。この辺りはあんまり問題はないが…酒はカブさんに報告だな。日中のこの時間帯に売ることは問題はないが、年齢確認してなかっただろ」
半分仕事のことを忘れていた私とは反対に、キバナさんは服装こそ私服だが、完全に仕事モードだ。
目元はいつものように垂れ下がっていないし、辺りを見回す視線は鋭い。
「もう全部回ったか?」
「まだあと一列残ってるんです。荷物ここに置いて行っても大丈夫ですか?」
「いいよ。ちゃんと持ってるから」
両手いっぱい、結構な重量のあった袋も、キバナさんが持つとなんだか小さくて軽そうに見えてしまうから不思議だ。
人の波を縫い歩き、目的の列の先頭まで行く。
こちらも梱包された銘菓や雑貨など、特に問題はなさそうに見えて、ほっと胸を撫でおろす。
いつまでも待たしてしまってはキバナさんに申し訳なくて、早く終わらせてしまいたかった。
風に乗って、お香のような匂いが強烈に鼻についた。
あまり嗅ぎなれない、燃やした木に花の匂いが混じったような不思議な匂いだ。
その店をのぞくと、どうやら雑貨を扱っているようだった。細い棒を燃やして香りを出しているらしい。
最初は物珍しかった匂いも、近づいてみると苦手な匂いだと感じるようになった。
早く離れたいと思った矢先、ある商品が目に留まる。
数種類の飴だ。
安く手軽に楽しめるから、大人も子供も買いやすい飴を扱っている店は少なくない。
その飴のパッケージは見慣れない言語で書かれていて、商品名を読むことはできないが、商品の上に、この店にそぐわない可愛い文字とカラーでお手製のPOPが貼ってあった。
『各種けいけんちアメあります』
左から順に、金運けいけんちアメ、幸運けいけんちアメ、恋愛けいけんちアメ。
正直に言えば胡散臭いの一言に尽きる。
ただのジョークグッズといえばこういうイベントの雰囲気だ。ついつい買ってしまうのかもしれない。
かくいう私も、恋愛けいけんちアメには少し、興味が湧き始めている。
一つ食べたくらいでは、そもそも効果なんて期待はしていない。けれど、思い込みというものもある。
キバナさんと私は年齢も離れているし、そもそも経験値が違う。
いつだって、先読みされて甘やかされてばかりだ。少しくらい何かしら反撃したいと思いつつ、今までうまくいった試しがない。
というのも、ついつい私が躊躇ってしまうから。恥ずかしさが勝ってしまって行動できずに終わってしまう。
だから、少しだけ。
ぐっとバッグの肩紐を握りしめて、ぼんやりと座っている年配の女性に全種類の飴を注文した。
気怠そうに立ち上がった女性は袋に三種類のパッケージを入れ、無言で差し出してくる。
硬貨で支払い、また店を見て回り、キバナさんが待っている広場の外れへと出た。
「お待たせしました」
「お、今度は何買って来たんだ?」
「見慣れない言語で、珍しかったので飴を買ってきました」
ふーん、と袋の中を覗き込んだキバナさんの表情が変わった。
「ユウリ、この文字読めるか?」
「いいえ。どこの言語でしょう?味はパインとかベリーとか普通の飴っぽかったんですけど」
あえて何を売りにしていたかは言わなかった。ほんの少しの好奇心で買ったものだ。
「どんな店だった?」
「変わった模様の布がいっぱいあって、なんだか匂いがきつくて。雑貨屋っぽかったです。食品はこれだけでしたけど」
ユウリ、と手招きをされて近づくと、彼は体を折り畳んで耳元まで寄ってきた。
「これな、媚薬入りの飴」
「……え?」
びやく、と頭の中でその言葉の解析を始める。
びやくとは、あの媚薬だろう。だから恋愛けいけんちアメなんて名前だったのだと気がついて、急に体が熱くなった。
くく、っと喉を鳴らしてキバナさんは笑っている。
「大抵は名前だけのジョークグッズなんだけどな。たまーに怪しいもん入ってたりするから。匂いがきついっていうのはお香だろうな。ユウリの服にももうついてる。これと酒類はカブさんに報告だな」
「…ですね」
「さ、調査はここまでにしてさっさと報告して飯食おう。あっちにアローラのバーガーショップ見つけたから」
「ハイ」
カブさんに報告をするというのならばわざわざ先ほどの店の前を通ることはないのに、キバナさんの足取りは物販コーナーの方へと向かっている。
しっかりと掴まれた手は、秋風に吹かれて冷たくなっていたはずなのになんだか熱い。
「なるほどなぁ。これじゃユウリみたいなのが引っかかって買うわけだ」
身長の高い彼は、遠目からでもPOPが見えたのだろう。再び喉を鳴らして笑った。
その表情はもう、見なくてもわかる。
きっと、楽しそうに八重歯を覗かせて笑っているのだ。
知らずに買ったとはいえ、恥ずかしさのあまりに下を向いて歩くことしかできなかった。
エンジンシティの広場に立ち並ぶ露店の数々に、思わず感嘆の声が漏れた。
シュートシティやナックルシティだけではなく、ガラル南端の街の人達にも気軽にイベントを楽しんでもらおうと、試験的にハロウィンイベントをエンジンシティで開催した。
小規模なものは各地で行われていたが、ここまで大きいものは初の試みらしい。
街路樹に飾れたオレンジの電飾やレンガ状の壁に飾られたゴーストポケモン達の飾り。はしゃぎ回る子供たちを避けながら広場をゆっくりと見て回る。
なんだか純粋にイベントに来たような気になってしまって、カブさんから頼まれた仕事を忘れてしまいそうだ。
「不審なヤツはいなさそうだな。これくらいの規模ならカブさんとこのジムトレとリーグスタッフ何人か派遣してもらえば警備は大丈夫だろ。あとは露店だな」
露店で怪しい商品を売っていないか確認してほしいとカブさんに頼まれたのは、先月の会議が終わった後のことだった。
出店する業者には、日時、場所、販売内容など最低限のことは事前に各種証明書と一緒に提出してもらうことになっている。
けれど、例えば飴、と商品名をきちんと書いてくる業者よりも、食品と大まかに書いてくる業者の方が大多数だった。
よって、一店舗ずつ確認をして欲しいとのことだった。
最初はマリィとビートと私が行くことになっていた。変装をすれば人混みであれば目立たずに調査できるだろうという人選だ。
見つかってしまっても、同期でイベントに来たのだといえば言い訳としては十分だった。
ところが、前日になってマリィが体調不良、ビートはギャロップの体調が優れないから残りたいと連絡が入った。
一人では到底、回りきれない。見つかったときの言い訳もない。それに、正直にいえば皆でイベントを回るのが楽しみだった分、残念で仕方がなかった。
皆で遊びに行くことがないわけではない。けれどもこういうイベントの時期は大抵、皆忙しく、なかなか一緒に楽しむ機会がなかった。
気落ちしてソファでクッションを抱えながらスマホの電話帳を見ていると、キバナさんがオレが行く、と言い出した。
「まずはホップを誘ってみます」
「ホップはソニアさんと今カンムリ雪原で調査中だろ。ルリナもバウタウンのイベント準備中だし」
「…キバナさん、変装したってすぐバレちゃうじゃないですか」
「別にコソコソする必要はないだろ。一緒に堂々と見て回って、ついでに調査すればいいだけだ」
どことなく楽しそうなキバナさんに、それ以上何かを言う気にはなれなかった。
なぜなら、キバナさんと一緒にイベントに行くことも、今まであまりなかったから。二人で、季節のイベントを楽しめるということが嬉しくて、それ以上の反論は思いつかなかった。
我ながら現金な奴だな、と思いながらそんな会話をしたのが昨夜のこと。
「周辺は見てるから露店の確認、頼むな。欲しいものあったら買っても大丈夫だから。多少なりとも現物あったほうがカブさんにも報告しやすいだろ」
はーい、と返事をして入り口近くの露店から見ていく。渡されたイベントガイドのマップには、店舗の配置図と申請内容が記載されていた。
それを見ながら、一般のお客さんのように振る舞って商品を確認していく。
やはり多いのは飲食系だ。様々なポケモンの形をした飴細工や、ハロウィン仕様のクッキー、ポップコーンやわたあめ、ケーキに軽食、ドリンク。
大体は申請通りだった。
子供たちをターゲットにしているゲームコーナーの業者もほぼ問題なしと判断し、次のエリアへ進んでいく。
一筋縄ではいかなさそうな、物販をしている露店が立ち並ぶエリアは、飲食系の店と同じくらい混みあっている。
見渡す限りでは怪しいものを置いている様子はないが、今度はさも買うものを迷っているように装い、念入りにじっくりと見て回っていく。
カブさんがホウエン地方出身ということもあってか、ホウエン地方の物を扱っている店が多い。
他にもカントーやジョウト地方の有名菓子、香辛料や調味料、お酒などを扱っている店があった。
物珍しさもあって、色々買っているうちに両手が塞がってしまい、一旦少し離れたところで待っていたキバナさんの元へと戻る。
「随分買ったなぁ」
「ついつい珍しくって買っちゃいました」
ほら、と袋の中を見せると、キバナさんは一つ一つ手に取ってみていく。
「香辛料、調味料、お菓子か。この辺りはあんまり問題はないが…酒はカブさんに報告だな。日中のこの時間帯に売ることは問題はないが、年齢確認してなかっただろ」
半分仕事のことを忘れていた私とは反対に、キバナさんは服装こそ私服だが、完全に仕事モードだ。
目元はいつものように垂れ下がっていないし、辺りを見回す視線は鋭い。
「もう全部回ったか?」
「まだあと一列残ってるんです。荷物ここに置いて行っても大丈夫ですか?」
「いいよ。ちゃんと持ってるから」
両手いっぱい、結構な重量のあった袋も、キバナさんが持つとなんだか小さくて軽そうに見えてしまうから不思議だ。
人の波を縫い歩き、目的の列の先頭まで行く。
こちらも梱包された銘菓や雑貨など、特に問題はなさそうに見えて、ほっと胸を撫でおろす。
いつまでも待たしてしまってはキバナさんに申し訳なくて、早く終わらせてしまいたかった。
風に乗って、お香のような匂いが強烈に鼻についた。
あまり嗅ぎなれない、燃やした木に花の匂いが混じったような不思議な匂いだ。
その店をのぞくと、どうやら雑貨を扱っているようだった。細い棒を燃やして香りを出しているらしい。
最初は物珍しかった匂いも、近づいてみると苦手な匂いだと感じるようになった。
早く離れたいと思った矢先、ある商品が目に留まる。
数種類の飴だ。
安く手軽に楽しめるから、大人も子供も買いやすい飴を扱っている店は少なくない。
その飴のパッケージは見慣れない言語で書かれていて、商品名を読むことはできないが、商品の上に、この店にそぐわない可愛い文字とカラーでお手製のPOPが貼ってあった。
『各種けいけんちアメあります』
左から順に、金運けいけんちアメ、幸運けいけんちアメ、恋愛けいけんちアメ。
正直に言えば胡散臭いの一言に尽きる。
ただのジョークグッズといえばこういうイベントの雰囲気だ。ついつい買ってしまうのかもしれない。
かくいう私も、恋愛けいけんちアメには少し、興味が湧き始めている。
一つ食べたくらいでは、そもそも効果なんて期待はしていない。けれど、思い込みというものもある。
キバナさんと私は年齢も離れているし、そもそも経験値が違う。
いつだって、先読みされて甘やかされてばかりだ。少しくらい何かしら反撃したいと思いつつ、今までうまくいった試しがない。
というのも、ついつい私が躊躇ってしまうから。恥ずかしさが勝ってしまって行動できずに終わってしまう。
だから、少しだけ。
ぐっとバッグの肩紐を握りしめて、ぼんやりと座っている年配の女性に全種類の飴を注文した。
気怠そうに立ち上がった女性は袋に三種類のパッケージを入れ、無言で差し出してくる。
硬貨で支払い、また店を見て回り、キバナさんが待っている広場の外れへと出た。
「お待たせしました」
「お、今度は何買って来たんだ?」
「見慣れない言語で、珍しかったので飴を買ってきました」
ふーん、と袋の中を覗き込んだキバナさんの表情が変わった。
「ユウリ、この文字読めるか?」
「いいえ。どこの言語でしょう?味はパインとかベリーとか普通の飴っぽかったんですけど」
あえて何を売りにしていたかは言わなかった。ほんの少しの好奇心で買ったものだ。
「どんな店だった?」
「変わった模様の布がいっぱいあって、なんだか匂いがきつくて。雑貨屋っぽかったです。食品はこれだけでしたけど」
ユウリ、と手招きをされて近づくと、彼は体を折り畳んで耳元まで寄ってきた。
「これな、媚薬入りの飴」
「……え?」
びやく、と頭の中でその言葉の解析を始める。
びやくとは、あの媚薬だろう。だから恋愛けいけんちアメなんて名前だったのだと気がついて、急に体が熱くなった。
くく、っと喉を鳴らしてキバナさんは笑っている。
「大抵は名前だけのジョークグッズなんだけどな。たまーに怪しいもん入ってたりするから。匂いがきついっていうのはお香だろうな。ユウリの服にももうついてる。これと酒類はカブさんに報告だな」
「…ですね」
「さ、調査はここまでにしてさっさと報告して飯食おう。あっちにアローラのバーガーショップ見つけたから」
「ハイ」
カブさんに報告をするというのならばわざわざ先ほどの店の前を通ることはないのに、キバナさんの足取りは物販コーナーの方へと向かっている。
しっかりと掴まれた手は、秋風に吹かれて冷たくなっていたはずなのになんだか熱い。
「なるほどなぁ。これじゃユウリみたいなのが引っかかって買うわけだ」
身長の高い彼は、遠目からでもPOPが見えたのだろう。再び喉を鳴らして笑った。
その表情はもう、見なくてもわかる。
きっと、楽しそうに八重歯を覗かせて笑っているのだ。
知らずに買ったとはいえ、恥ずかしさのあまりに下を向いて歩くことしかできなかった。