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ジンクス本編外

夢を見た。
ユウリと別れる夢だった。
彼女は他の地方も旅をしてみたいという夢を叶えるために旅立つことを決意する。
その後押しをしたのが、自分だった。
チャンスを掴んでも尚、迷うユウリに別れようと告げていた。
泣いているユウリを抱きしめて、迷う理由がオレなら潔く身を引くと、夢の中では随分と格好をつけていた。

足元灯がユウリのシルエットを淡く照らしている。
気持ちよさそうに眠っているユウリの頬に流れた栗色の髪を耳にかけると、エメラルドグリーンのピアスが露わになった。
まるで守られているみたいだと喜んで、もう片方には交換したレモンクォーツのピアスを付けている。
まるで絹のように整った肌質の頬に触れても、先ほど見た光景が夢なのか現実なのか、どちらなのかわからなかった。
もしかしたらあれは夢ではなく記憶で、ユウリの旅立ちがあと数日後なのかもしれない。
玄関にはパンパンに荷物が詰められたリュックが鎮座しているのかもしれない。
背筋が凍るような寒気が走った。
居ても立っても居られなくなって、ベッドから抜け出す。
冷え切った床を裸足のまま歩いて玄関へ行き、照明をつけた。
眩しい白光が目に飛び込んできて視界を奪う。
数秒経ってようやく目が慣れ、玄関の隅から隅まで確認し、リュックがないことにほっと息をついた。
ゆっくり音を立てないようにベッドへ戻る。
投げ出された手を重ね、起こさないようにそっと握る。
小さな手はガラス細工のように白くて細い。その手の平が、肉刺の跡で固くなった部分が多いことを知っている。
彼女の冒険の、努力の跡。
冒険の好きなユウリのことだ。いつかは、起こりえることなのかもしれない。
その時、夢の自分のように送り出せるだろうか。
手を重ねたまま、もう一度目を閉じる。
今度は幸せな夢を見たいと願いながら。

◇◇◇
伸ばした手の先に違和感を感じて目を開ける。
隣でまだ寝ているはずのユウリがいなかった。
シーツは体温を失っていて、だいぶ前に起きた事を感じ取れる。
ベーコンの脂の匂いを感じて、彼女がキッチンへいるのだと気づいた。
一瞬、昨夜の夢が現実だったのではないかと過った思いを否定されたことにほっと胸をなで下ろす。
「あ、キバナさん。おはようございます」
カチャカチャとボールの中で箸の立てる小気味のいい音と、パチっと脂の跳ねる音。
「…おはよ」
そのままキッチンへ進んで、エプロンを着けたユウリを後ろから抱きしめて首元に鼻を埋める。
「どうかしましたか?」
ボールの中の卵液をかき混ぜながらユウリが問うた。
そののんびりとした様子に、あれはやっぱり夢だったのだと結論付ける。
「なあ、一緒に住もう」
「え?」
箸の音が止んだ。
身長差で見上げても表情が見られないように後ろから抱きしめたなんて気づかれたくなくて、腹部に回した腕の力を少し強くする。
先日、疲労で電話も取らずに寝てしまったユウリ。
そういう時は、世話を焼きたい。
けれどもやっぱり一番は、同じ空間で生活を共にしたい。
電話越しなんかではなく、傍で。
夢の影響か、余計にそう思ってしまった。
「そうですね。そろそろきちんと決めましょう」
「え?」
素っ頓狂な声に自分で驚いてしまった。
反対されるとは思ってはいなかったが、こんなにもすぐに前向きな答えをもらうとは思っていなかったのだ。
「だってキバナさん、いつ越してきてもいいって言ったじゃないですか。…少しずつ、荷物の整理はしてたんですよ」
「今日、運び込もうか」
「思い立ったが吉日、ってカントーの言葉みたいですね。いいですよ。でも先に朝ごはん、食べましょう」
「もし…他の地方へ行くことになったら、行くか?」
「ふふ。今日のキバナさん、ちょっと変ですよ?うーん。チャンピオンの仕事なら行きます。でもあんまり長い間だったら嫌だなぁ」
「…そっか」
「オムレツには何入れますか?」
「チーズ」
腕を離すとユウリは即座に料理の続きを開始した。
ボウルにピザ用チーズを入れ、熱していたフライパンの火を調整してバターを敷く。
半量の卵液を流し込んで、ぐるぐると箸でかき混ぜていく。
いつものように折りたたむのに失敗したオムレツは、形が歪で少し固い。
オムレツとカリカリに焼いたベーコン、サラダにトースト。
ユウリが作ってくれる定番の朝食。
夢でよかった。
緊張していた肩の筋肉が緩んでいく。
「何か言いました?」
うっかり口から出てしまった言葉に、オムレツと格闘していたユウリが振り返る。
その片耳には、レモンクォーツのピアスが光を受けて輝いていた。
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