ジンクス本編外
就寝前の一時。
ベッドでのんびりとSNSをチェックしていると、突然着信画面に切り替わった。
「キバナさん!お疲れさまです!」
「お〜、お疲れユウリ」
ぱっと花が咲いたかのような笑顔のユウリが映る。
「今日はなんかあったか?」
「今日はですね〜」
毎晩お約束の台詞の後はユウリのマシンガントークが始まる。
楽しそうに手振りを添えて話しているユウリを観察しながら、適度に相槌を打つ。
いつもならばそんなユウリを見ているうちに疲れなど忘れてしまうのだが、今日はうん、と言いながら何度も瞼が落ちそうになる。
「……キバナさん、お疲れですか?」
「ん?あぁ、今日はちょっと疲れたな」
苦笑いをするすると、先程まで輝かせていた瞳が一転し、陰りを見せた。
「大丈夫、ユウリと話してたら元気出た」
画面越しなのがもどかしい。その小さな頭をわしわしといつものように撫でつけたい。
「今日はナックラー柄か?」
「そうですよ〜フードがナックラーの顔なんです」
ほら、とユウリはフードを被る。
ポケモンをモチーフにしたシリーズのパーカーを集めるのが今の彼女のブームらしい。
「それ人気だな〜」
「イーブイやワンパチはもう手に入らないんですよね」
残念そうに項垂れると、もはや画面にユウリは映らない。その代わりに画面いっぱいにナックラーの顔が映った。
ユウリが下を向いている間にちらりとクローゼットの中の袋を見る。
大きな紙袋の中身は、先ほどもう手に入らないと言っていたパーカーだ。
今ここで、項垂れている彼女に買ってあると言えばどんなに喜ぶだろう。
けれども。
「そっちにヌメラたち、いるんですか?」
「え?」
「なんかキバナさん、奥の方見て笑ってるから」
気づかないうちに頬が緩んでいたらしい。
ポケモンを愛でるときと同じような顔をしていたのか、と自分でも驚く。
「ああ、寝てるよ」
クローゼット前のベッドには、この間卵から孵ったばかりのヌメラとナックラーが仲良く寝ているのは事実だ。
リビングではジュラルドンたちも休んでいるし、一人暮らしだけれども一人暮らしではない。
寂しくはないけれど、どうしたって人の言語で仕事以外のことを話したくなるときもある。
「キバナさん、明日ワイルドエリアの帰りにジムにお邪魔してもいいですか?」
「おお、いいぜ。夕飯でも食いに行くか」
「はい!……じゃあ疲れてるなら、もう寝ましょう?」
「まだ寝たくねぇなぁ……」
ふいに出た自分の言葉に驚いて、どう誤魔化そうかと慌てて言い訳を考える。
「あ、ごめんなさい、何か言いました?」
どうやらうっかりと口から出てしまった言葉はユウリには届いていなかったようだ。
「……いや、なんでもない。寝るか」
「今日もどっちかが眠るまで、繋いでてもいいですか?」
もはや定番となった問いにああ、と短く答える。
「おやすみなさい、キバナさん」
安堵の笑みを浮かべてユウリは照明を落として布団に包まる。
抱き枕にしたら暖かそうだな、なんて思いながら照明をダウンライトに切り替えて、同じように枕に頭をつけた。
「おやすみ」
もう一度おやすみなさい、と小さな声が聞こえて、彼女は目を閉じた。
その横顔を画面越しに眺めながら、もう少し気を引き締めなければならないなと考え直す。
ユウリの前では余裕のある大人でいたかった。
いたかった、と過去形なのは最近見っとも無い姿ばかり晒している自覚があるからだ。
こうやって隠していた本心がうっかり声に出ることもある。
その度になんとか誤魔化してはいるものの、ユウリにはまだ気づかれたくないのだ。
いつも切りたくないとごねるのはユウリだった。
こうやって彼女が電話をかけてきて眠るまで電話繋いでいてほしいと言い出したのはいつからだったろうと、睡魔に襲われつつも記憶を手繰り寄せる。
確か最初は、ユウリが引っ越した日だった。
今日から一人暮らしなんです、とまだ段ボールの積み重なった部屋を映し見せてくれた。
その後、色々と手続きのことを教えているうちに届いたばかりのソファーで彼女は眠ってしまった。
しばらくしたら起きるだろうと繋いだまま、持ち帰った書類をチェックしているとむくりと起き上がって、まだ通話が繋がっていることに驚いたように慌てだした。
思わず笑い声が漏れて、怒らせて、宥めるのに苦労をした。
その次は、久々に重なった休日の予定を立てていたはずが、急に返事が返ってこなくなったと思ったら寝ていたときだ。
疲れている日は無理に電話で話さなくてもいいと言ってもユウリは度々電話をしてくるようになった。
そのうちにぽつりと漏らした一言がきっかけだったように思う。
『起きたときに、まだ繋がっているとなんだか安心するんです』
そうやって元々近しい間柄だったものの、余計、彼女との距離が縮まっていった。
ユウリと過ごす時間が心地よくて、無邪気な彼女に癒されているのは事実だ。
頼りにされているのだろう。
出会った頃はまだ幼かった彼女は、もう二年もすれば少女ではなくなる。
いずれ、離れていく日のことを考えると、こうやって無邪気に甘えてくるのもいつまでだろうと思ってしまう。
けれどせめてその日まではユウリが安心できる場所でいたい。
画面の向こうは薄暗くて、ユウリの顔はぼんやりとしか見えない。
見えずとも規則正しい寝息が聞こえてくる。
寝付くの早すぎだろ、と言ったところで聞こえてはいない。
規則正しい寝息はまるで子守唄のようだ。
変化のない画面を見つめているうちに自然と瞼が下がっていく。
「おやすみ」
ユウリが目を覚ました時に安心できるのならば、これでいい。
明日も何事も起こりませんようにとひっそりと願って、何度も抗っていた瞼を閉じた。
ベッドでのんびりとSNSをチェックしていると、突然着信画面に切り替わった。
「キバナさん!お疲れさまです!」
「お〜、お疲れユウリ」
ぱっと花が咲いたかのような笑顔のユウリが映る。
「今日はなんかあったか?」
「今日はですね〜」
毎晩お約束の台詞の後はユウリのマシンガントークが始まる。
楽しそうに手振りを添えて話しているユウリを観察しながら、適度に相槌を打つ。
いつもならばそんなユウリを見ているうちに疲れなど忘れてしまうのだが、今日はうん、と言いながら何度も瞼が落ちそうになる。
「……キバナさん、お疲れですか?」
「ん?あぁ、今日はちょっと疲れたな」
苦笑いをするすると、先程まで輝かせていた瞳が一転し、陰りを見せた。
「大丈夫、ユウリと話してたら元気出た」
画面越しなのがもどかしい。その小さな頭をわしわしといつものように撫でつけたい。
「今日はナックラー柄か?」
「そうですよ〜フードがナックラーの顔なんです」
ほら、とユウリはフードを被る。
ポケモンをモチーフにしたシリーズのパーカーを集めるのが今の彼女のブームらしい。
「それ人気だな〜」
「イーブイやワンパチはもう手に入らないんですよね」
残念そうに項垂れると、もはや画面にユウリは映らない。その代わりに画面いっぱいにナックラーの顔が映った。
ユウリが下を向いている間にちらりとクローゼットの中の袋を見る。
大きな紙袋の中身は、先ほどもう手に入らないと言っていたパーカーだ。
今ここで、項垂れている彼女に買ってあると言えばどんなに喜ぶだろう。
けれども。
「そっちにヌメラたち、いるんですか?」
「え?」
「なんかキバナさん、奥の方見て笑ってるから」
気づかないうちに頬が緩んでいたらしい。
ポケモンを愛でるときと同じような顔をしていたのか、と自分でも驚く。
「ああ、寝てるよ」
クローゼット前のベッドには、この間卵から孵ったばかりのヌメラとナックラーが仲良く寝ているのは事実だ。
リビングではジュラルドンたちも休んでいるし、一人暮らしだけれども一人暮らしではない。
寂しくはないけれど、どうしたって人の言語で仕事以外のことを話したくなるときもある。
「キバナさん、明日ワイルドエリアの帰りにジムにお邪魔してもいいですか?」
「おお、いいぜ。夕飯でも食いに行くか」
「はい!……じゃあ疲れてるなら、もう寝ましょう?」
「まだ寝たくねぇなぁ……」
ふいに出た自分の言葉に驚いて、どう誤魔化そうかと慌てて言い訳を考える。
「あ、ごめんなさい、何か言いました?」
どうやらうっかりと口から出てしまった言葉はユウリには届いていなかったようだ。
「……いや、なんでもない。寝るか」
「今日もどっちかが眠るまで、繋いでてもいいですか?」
もはや定番となった問いにああ、と短く答える。
「おやすみなさい、キバナさん」
安堵の笑みを浮かべてユウリは照明を落として布団に包まる。
抱き枕にしたら暖かそうだな、なんて思いながら照明をダウンライトに切り替えて、同じように枕に頭をつけた。
「おやすみ」
もう一度おやすみなさい、と小さな声が聞こえて、彼女は目を閉じた。
その横顔を画面越しに眺めながら、もう少し気を引き締めなければならないなと考え直す。
ユウリの前では余裕のある大人でいたかった。
いたかった、と過去形なのは最近見っとも無い姿ばかり晒している自覚があるからだ。
こうやって隠していた本心がうっかり声に出ることもある。
その度になんとか誤魔化してはいるものの、ユウリにはまだ気づかれたくないのだ。
いつも切りたくないとごねるのはユウリだった。
こうやって彼女が電話をかけてきて眠るまで電話繋いでいてほしいと言い出したのはいつからだったろうと、睡魔に襲われつつも記憶を手繰り寄せる。
確か最初は、ユウリが引っ越した日だった。
今日から一人暮らしなんです、とまだ段ボールの積み重なった部屋を映し見せてくれた。
その後、色々と手続きのことを教えているうちに届いたばかりのソファーで彼女は眠ってしまった。
しばらくしたら起きるだろうと繋いだまま、持ち帰った書類をチェックしているとむくりと起き上がって、まだ通話が繋がっていることに驚いたように慌てだした。
思わず笑い声が漏れて、怒らせて、宥めるのに苦労をした。
その次は、久々に重なった休日の予定を立てていたはずが、急に返事が返ってこなくなったと思ったら寝ていたときだ。
疲れている日は無理に電話で話さなくてもいいと言ってもユウリは度々電話をしてくるようになった。
そのうちにぽつりと漏らした一言がきっかけだったように思う。
『起きたときに、まだ繋がっているとなんだか安心するんです』
そうやって元々近しい間柄だったものの、余計、彼女との距離が縮まっていった。
ユウリと過ごす時間が心地よくて、無邪気な彼女に癒されているのは事実だ。
頼りにされているのだろう。
出会った頃はまだ幼かった彼女は、もう二年もすれば少女ではなくなる。
いずれ、離れていく日のことを考えると、こうやって無邪気に甘えてくるのもいつまでだろうと思ってしまう。
けれどせめてその日まではユウリが安心できる場所でいたい。
画面の向こうは薄暗くて、ユウリの顔はぼんやりとしか見えない。
見えずとも規則正しい寝息が聞こえてくる。
寝付くの早すぎだろ、と言ったところで聞こえてはいない。
規則正しい寝息はまるで子守唄のようだ。
変化のない画面を見つめているうちに自然と瞼が下がっていく。
「おやすみ」
ユウリが目を覚ました時に安心できるのならば、これでいい。
明日も何事も起こりませんようにとひっそりと願って、何度も抗っていた瞼を閉じた。