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ジンクス本編外

疲れた、と帰宅するなり一言呟いて散らばった靴もそのままに、ソファに倒れるように寝転んだ。
意識があるかないかの瀬戸際にいると、いつもより少し控えめな声でロトムが着信を告げた。
「キバナから着信ロト」
「…ごめん、切れたら疲れたので寝ます、ってメールして」
「わかったロト」
ゼリーくらいなら食べられるかも、と思いながら、鉛のように重い体を動かす気にはとてもなれなかった。
どうせ数時間したら起きるだろう。
そう思って目を瞑る。
沈んでいくような感覚に身を任せると、あっという間に着信音は遠くなっていった。

美しい、聞き覚えのある音色。
その音が余韻を残して小さくなっていく。
ああ、フライゴンの音色だ。
ぼんやりと目を開けると、まだ視界はぼんやりとしていた。
真っ暗な室内に、夜中なのだと感じてスマホを探る。
ロトムの抜けたスマホをテーブルから手繰り寄せると、時刻は4時半。1件の不在着信とメールが数件。どれもキバナさんからだった。
ごそごそと起き上がって、メールを開いていく。
おやすみ、というメールと30分ほど前にこれから行く、というメール。
今日は早朝のワイルドエリア巡回当番のようだ。
度々彼は、早朝巡回の帰りにシュートシティまで来て朝食を一緒に取る。
そのまま休みの日であれば二度寝をしたり、どこかへ出かけたり。
けれどもまだ巡回が終わる時間ではないだろう。むしろ、これから巡回だ。
まだ霧がかかったかのようにぼんやりとした脳は、考えることを放棄する。
合鍵を持っているから、合鍵で入るだろうともう一度ソファに横になる。
なんとなく首が痛いが、もう少し寝ていたかった。
もう一度目を閉じる。
横にはなっていたいが、眠気は飛んでしまったようだ。
さっきのフライゴンの音色は夢だったのか現実だったのか。
なんだか気になってしまって、ゆっくりと起き上がって窓に近寄ると、薄い月明りに照らされた見覚えのあるシルエットがレースカーテンから浮き上がっていた。
気配に気づいたキバナさんが薄く笑みを浮かべて手を上げる。
フライゴンは早く窓を開けろと頭を押し付けていた。
「おはようございます」
「悪いな、起こしたか?」
「大丈夫です。こんな時間に…どうかしましたか?」
「なあ、今から出れるか?」
まるで機嫌がいい時のチョコネコのように頭を摺り寄せてくるフライゴンを撫でながら首を傾げる。
「いいもの、見に行かねぇ?」
キバナさんはにやりと八重歯を覗かせて、まるでいたずらっ子の少年のような笑みを浮かべた。
こくん、と頷くと早速ハーネスをつけ始める。
カチャリと最後にハーネスを閉めて、フライゴンに跨る。
ふりゃ、とまるで行くよ、というかのような声と視線を感じて身構える。
ゆっくりと浮上して一定の高度まで来ると、フライゴンは加速した。
あっという間にシュートシティの灯りが遠くなっていく。
キルクスの薄くなった雪山を超えるとナックルシティが見えた。
その上空も通り過ぎ、ワイルドエリアへ入る。
一面に開けた平原の上空には、今まさに朝日が昇ろうとしていた。
切り立った崖の向こうからはまだ暗さの残る青の中、綺麗な暖色のグラデーションがある。雲の後ろには、橙色の眩い光が少しだけ顔を覗かせている。
その橙色はゴーグル越しでもわかるほどの眩しさで、思わず目を細めた。
「朝日が昇るところなんて初めて見ました」
澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んで吐き出すと、まだ少し重怠かった体がようやく軽くなったような気がした。
「疲れてるのはわかってんだけどな。心配、だったんだよ。電話にも出れないほど疲れてるなんて滅多にないから。…気分転換になるかなって思ってさ。迷惑だったか?」
巡回ついでだけど、と背中越しの彼が頬を掻く様子がまるで見ているかのようにわかった。
「ありがとうございます」
彼に背を預けて、フライゴンの美しい羽音をBGMにもう一度、崖の上を見る。
少しずつ、眩い橙色の光は上昇していた。
もうすぐ朝が来る。
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