ジンクス本編外
「キバナさん、私ホップと付き合うことになりました」
照れくさそうに顔を赤くしたユウリに告げられた言葉は衝撃的だった。
「お、よかったじゃねーか」
頭をいつものように撫でて、精いっぱいの祝福の言葉を口にする。
とっとと手出しときゃよかった。
そんな感情を押し殺して、いつものように笑おうとするものの、それが果たしてうまくできたかどうかはわからない。
「じゃあ、またバトルしましょうね!」
大きなリュックを背負い直して、去って行くユウリ。
その背中はどんどん小さくなっていく。
周りの風景がぐにゃりと歪んで、吐き気と同時に地面が沈み込んでいくような感覚に、はっと目を開けた。
瞼を開けただけのつもりが、上体ごと起こしてしまったらしい。
ぐるぐると部屋の中を見渡すと、先ほどの光景はそこにない。見覚えのある、自宅の寝室だ。
「夢、か…?」
垂れ下がった髪を掻き上げると、若干湿っている。
なんだか妙に体が冷えているような気がして触れた首元は、トレーニングをした後のように汗を掻いていた。
暑くはない。むしろ部屋は冷えている。
ココガラの囀りをやけにうるさく感じて、早くこの場から離れようとするが体が鉛をつけたかのように重い。
変な夢を見たせいだろうか。休んだ気が全くしなかった。むしろ疲労が増したような気がする。
出勤の準備をしなければならないのに体は動かない。
「キバナさん、起きてますか?」
突然開いたドアの方に視線を向けると、視界がぐらりと揺らいだ。
まるで、夢の最後に見た光景のように。
「ゆうり」
夢で見た少女の面影を残した女性に手を伸ばす。
指先が触れるとやけに冷たく感じた。
「キバナさん、熱ありますね」
柔らかいモコモコとした毛のカーディガンが鼻先を擽る。
額に当てられた手の平が冷たくて心地が良くて、目を閉じた。
頭が痛い。体が重い。暑いんだか寒いんだかよくわからない。
ああ、熱があったのか。
「結構汗も掻いているみたいだし、いろいろ持ってきます。こんな日くらい、ゆっくり休んでくださいね」
するりと離れていく指先を追って細い手首を掴むと、ユウリは小首を傾げた。
「起きてこないから心配したんですよ」
ごめん、と呟いた声は掠れていて言葉になっていなかった。
体調を崩すなんて暫くなかったことだ。情けないと思いつつ、今の状態には観念するしかない。
再び離れていった手を追う力は残っていなかった。
パタパタとスリッパの音が遠ざかっていく。ベッドヘッドにもたれ掛かると幾分か、体が楽になる。
ぼんやりとドア口を見ているとユウリが両手いっぱいに色々な物を持って戻ってきた。
「まず着替えましょう」
ぐらぐらと脳が揺れるような感覚があるが、それに耐えて服を脱ぐと、ユウリは湯で濡らしたタオルで首や背中を拭いていく。
はい、と次々に着替えを渡され、最後は額にシートを貼られて横になるように促される。
「あとで薬持ってきますね。何か食べられますか?」
いいや、と首を横に振る。
「わかりました。ジムに連絡しておきますね。あと何かしてほしいこと、ありますか?」
一度もユウリの前ではこんな姿を見せたことがないのに、彼女はやけにテキパキと行動していることがなんだか不思議だった。
慣れているような、どこか喜んでいるような。そんな気がするのは気のせいだろうか。
「夢を、みたんだ」
「どんな夢だったんですか?」
「ユウリが、オレじゃない他のやつと付き合ってる夢」
ホップの名前は言えなかった。そこまで言ってしまえば、現実になりそうな気がしたのだ。
「熱のせいですよ。そんなこと、あるわけないじゃないですか」
ふふっと声を立てて笑うユウリにつられてふっと声が漏れた。
人の心なんていつ変わるかなんてわからない。けれど今は、さも当然のように言ったユウリの言葉に安堵した。
「だって私、キバナさんのこと愛してるから」
「え?」
彼女から聞いた、初めての言葉に一瞬だけ脳がクリアになったような気がした。
抱きしめたいのに体は動かない。それが酷くもどかしい。
「もういっかい。言って」
「なんでもないです!病人は寝てください」
彼女自身も恥ずかしかったのだろう、頬を赤く染めていた。
そのまま彼女は背を向けてリビングへ走り去っていく。
今度はそこに寂しさはなかった。
目を閉じる。
相変わらず体はだるいし頭は痛い。
やらなければいけない仕事もあったかもしれない。
あれとこれと、と考えていると不意にどうでもいいかと思えてきた。
なんとかなるだろう、一日休んだって。
すうっと何かに吸い込まれるような感覚に陥る。
ああ、夢だ。
目の前には草原が広がっていて、一面に花が咲いている。
名の知らぬ白い花と飛び回るワタシラガ。
その中に花を積んでいる女性。
「キバナさん」
満面の笑みを浮かべて摘み取った花を渡すユウリの手を取った。
照れくさそうに顔を赤くしたユウリに告げられた言葉は衝撃的だった。
「お、よかったじゃねーか」
頭をいつものように撫でて、精いっぱいの祝福の言葉を口にする。
とっとと手出しときゃよかった。
そんな感情を押し殺して、いつものように笑おうとするものの、それが果たしてうまくできたかどうかはわからない。
「じゃあ、またバトルしましょうね!」
大きなリュックを背負い直して、去って行くユウリ。
その背中はどんどん小さくなっていく。
周りの風景がぐにゃりと歪んで、吐き気と同時に地面が沈み込んでいくような感覚に、はっと目を開けた。
瞼を開けただけのつもりが、上体ごと起こしてしまったらしい。
ぐるぐると部屋の中を見渡すと、先ほどの光景はそこにない。見覚えのある、自宅の寝室だ。
「夢、か…?」
垂れ下がった髪を掻き上げると、若干湿っている。
なんだか妙に体が冷えているような気がして触れた首元は、トレーニングをした後のように汗を掻いていた。
暑くはない。むしろ部屋は冷えている。
ココガラの囀りをやけにうるさく感じて、早くこの場から離れようとするが体が鉛をつけたかのように重い。
変な夢を見たせいだろうか。休んだ気が全くしなかった。むしろ疲労が増したような気がする。
出勤の準備をしなければならないのに体は動かない。
「キバナさん、起きてますか?」
突然開いたドアの方に視線を向けると、視界がぐらりと揺らいだ。
まるで、夢の最後に見た光景のように。
「ゆうり」
夢で見た少女の面影を残した女性に手を伸ばす。
指先が触れるとやけに冷たく感じた。
「キバナさん、熱ありますね」
柔らかいモコモコとした毛のカーディガンが鼻先を擽る。
額に当てられた手の平が冷たくて心地が良くて、目を閉じた。
頭が痛い。体が重い。暑いんだか寒いんだかよくわからない。
ああ、熱があったのか。
「結構汗も掻いているみたいだし、いろいろ持ってきます。こんな日くらい、ゆっくり休んでくださいね」
するりと離れていく指先を追って細い手首を掴むと、ユウリは小首を傾げた。
「起きてこないから心配したんですよ」
ごめん、と呟いた声は掠れていて言葉になっていなかった。
体調を崩すなんて暫くなかったことだ。情けないと思いつつ、今の状態には観念するしかない。
再び離れていった手を追う力は残っていなかった。
パタパタとスリッパの音が遠ざかっていく。ベッドヘッドにもたれ掛かると幾分か、体が楽になる。
ぼんやりとドア口を見ているとユウリが両手いっぱいに色々な物を持って戻ってきた。
「まず着替えましょう」
ぐらぐらと脳が揺れるような感覚があるが、それに耐えて服を脱ぐと、ユウリは湯で濡らしたタオルで首や背中を拭いていく。
はい、と次々に着替えを渡され、最後は額にシートを貼られて横になるように促される。
「あとで薬持ってきますね。何か食べられますか?」
いいや、と首を横に振る。
「わかりました。ジムに連絡しておきますね。あと何かしてほしいこと、ありますか?」
一度もユウリの前ではこんな姿を見せたことがないのに、彼女はやけにテキパキと行動していることがなんだか不思議だった。
慣れているような、どこか喜んでいるような。そんな気がするのは気のせいだろうか。
「夢を、みたんだ」
「どんな夢だったんですか?」
「ユウリが、オレじゃない他のやつと付き合ってる夢」
ホップの名前は言えなかった。そこまで言ってしまえば、現実になりそうな気がしたのだ。
「熱のせいですよ。そんなこと、あるわけないじゃないですか」
ふふっと声を立てて笑うユウリにつられてふっと声が漏れた。
人の心なんていつ変わるかなんてわからない。けれど今は、さも当然のように言ったユウリの言葉に安堵した。
「だって私、キバナさんのこと愛してるから」
「え?」
彼女から聞いた、初めての言葉に一瞬だけ脳がクリアになったような気がした。
抱きしめたいのに体は動かない。それが酷くもどかしい。
「もういっかい。言って」
「なんでもないです!病人は寝てください」
彼女自身も恥ずかしかったのだろう、頬を赤く染めていた。
そのまま彼女は背を向けてリビングへ走り去っていく。
今度はそこに寂しさはなかった。
目を閉じる。
相変わらず体はだるいし頭は痛い。
やらなければいけない仕事もあったかもしれない。
あれとこれと、と考えていると不意にどうでもいいかと思えてきた。
なんとかなるだろう、一日休んだって。
すうっと何かに吸い込まれるような感覚に陥る。
ああ、夢だ。
目の前には草原が広がっていて、一面に花が咲いている。
名の知らぬ白い花と飛び回るワタシラガ。
その中に花を積んでいる女性。
「キバナさん」
満面の笑みを浮かべて摘み取った花を渡すユウリの手を取った。