ジンクス本編外
「凄い!キレイ!」
女性の燥ぐ声に振り返った瞬間、すぐに後悔した。
シュートシティの中央広場は色とりどりのイルミネーションで飾り付けされ、大きなモミの木は一際輝いている。
広場はカップルや家族連れの人々でにぎわっていて、公園の一角にはフードトラックも数台並んでいた。
毎年、この時期になると恒例の景色だ。
ここ数年は極力避けていたけれど、今年は今日が初日だったようだ。
昨日まではいつもと変わらない光景だったのに、と小さくため息をついて足早に遠ざかる。
遠くに見えるイルミネーションはとても幻想的だ。
こんな光景を見て卑屈になるのはきっと、自分くらいだろう。
なんだかとてもつまらない人間になったような気がして、自分自身に対する嫌悪感が沸きあがってきた。
早く帰ろう。温かいお風呂に入って、キバナさんと夕飯を食べよう。
今日も恐らく、キバナさんの方が遅く帰ってくるだろうから先にご飯支度を済ませようか。一段と冷え込んでいるから暖かいスープを具沢山にしてメインにしてもいいかもしれない。
「ユウリ!」
そんなことを考えていたからか、街中に流れる音楽のせいか、背後からの呼びかけに全く気付かなかった。
ぐいっと腕を掴まれて、初めてその声に振り返る。
「あれ?キバナさん。どうしてシュートシティに?」
「ダンデのところに用事で来てたんだ。一緒に帰ろうと思ってユウリのところに行ったらもう帰ったって言われて、急いで追いかけてきた」
腕を掴んでいた手が離れていく。それが少し、寂しいと感じた。
手を繋いで外を歩くことはできない。まだ関係を公表していないから、変に騒がれても困るし、二人で話し合ってもいない。
だけど、こんな卑屈に思ってしまうなら。
「キバナさん、イルミネーション、見に行きませんか?」
「おう、いいぜ」
デートスポットだから、撮られたら困るから、ほかにも何かしらの理由で断られると思っていた。
思いがけずに得た承諾に言葉が出ずに裏路地の入口で佇んでいると、手が急に暖かくなった。
「ほら、いくぞ」
小走りで追いかけて、公園の入り口に立つ。
あれだけ嫌っていたイルミネーションの眩い灯りが急に鮮やかな色に変わった。
青と水色で覆われた芝生はまるでキルクスの雪山のようで、木々は暖色系のLEDでその姿を世闇に現わしている。普段は茶色くくすんだ葉も、紫やピンクに彩られてまるで桜の花のようだ。
凍てついた冷気が吹き付ける中、公園の中は冬から春の訪れを待ちわびるように飾り付けられている。
その光景に、ゆったりと歩いていた歩みを止めた。
「どうした?」
「私、キバナさんと来るのが夢だったんです」
「誘ってくれればいつでも一緒に来たのに」
「だって、こういうところに二人で来るのってカップルか夫婦でしょう?」
去年はまだ、私たちの関係に名前を付けられなかった。
仲のいい先輩と後輩トレーナー、もしくは面倒見のいいお兄さんとそれに甘えているトレーナー。周りからは兄妹のようだと言われることも多い。
そんな曖昧な関係で、誘えるほど図太くはなかった。
「あ、あれキバナさんとチャンピオンじゃない?」
立ち止まって見ていると、横を通り過ぎて行った女性の声が聞こえた。
「これから毎年でも一緒に見れるさ」
そんな声など気にもしていないように、キバナさんは声量を落とさずにそう言ってイルミネーションを見上げた。
◇◇◇
街灯とはまた違う、小さくて眩い光がナックルシティの街並みを照らしている。
街路樹へ巻き付けられたイルミネーション用のLED球の灯りだ。
冬になると、その暗さから街灯だけでは薄暗くて、クリスマス前からバレンタインまでこうして装飾をする。
ただの電球のはずなのに、どうしてこの景色を綺麗だと思うことができるのだろう。
毎年見ている光景のはずなのに、毎日通っているはずの道がどうしてこんなにも新鮮に見えるのだろう。
それは多分、昨夜見たシュートシティのイルミネーションのせいだ。
迎えに行った帰り、初めてユウリからイルミネーションを見に行こうと誘われた。
今まで少し恨めし気に見ていたのはなぜだろうと不思議だったが、入ってみて納得した。
周りはカップルや夫婦、家族連ればかりだ。歳の差を気にして、嘘だとわかっていても度々載るゴシップ紙の記事を思い出してそんな感情になっていたのだろう。それに去年まではまだ付き合っていなかった。今年成人してようやく付き合えたのだから、イルミネーションを一緒に見に行きたいと言い出せなかったのだろう。
ポケットからスマホを取り出して、カメラを起動する。
カシャ、っとシャッター音が鳴って、少し輪郭のぼやけた灯りが木々を包んでいる写真をユウリに送った。
明日の夜、今度はナックルを一緒に歩こう、と一文を添えて。
女性の燥ぐ声に振り返った瞬間、すぐに後悔した。
シュートシティの中央広場は色とりどりのイルミネーションで飾り付けされ、大きなモミの木は一際輝いている。
広場はカップルや家族連れの人々でにぎわっていて、公園の一角にはフードトラックも数台並んでいた。
毎年、この時期になると恒例の景色だ。
ここ数年は極力避けていたけれど、今年は今日が初日だったようだ。
昨日まではいつもと変わらない光景だったのに、と小さくため息をついて足早に遠ざかる。
遠くに見えるイルミネーションはとても幻想的だ。
こんな光景を見て卑屈になるのはきっと、自分くらいだろう。
なんだかとてもつまらない人間になったような気がして、自分自身に対する嫌悪感が沸きあがってきた。
早く帰ろう。温かいお風呂に入って、キバナさんと夕飯を食べよう。
今日も恐らく、キバナさんの方が遅く帰ってくるだろうから先にご飯支度を済ませようか。一段と冷え込んでいるから暖かいスープを具沢山にしてメインにしてもいいかもしれない。
「ユウリ!」
そんなことを考えていたからか、街中に流れる音楽のせいか、背後からの呼びかけに全く気付かなかった。
ぐいっと腕を掴まれて、初めてその声に振り返る。
「あれ?キバナさん。どうしてシュートシティに?」
「ダンデのところに用事で来てたんだ。一緒に帰ろうと思ってユウリのところに行ったらもう帰ったって言われて、急いで追いかけてきた」
腕を掴んでいた手が離れていく。それが少し、寂しいと感じた。
手を繋いで外を歩くことはできない。まだ関係を公表していないから、変に騒がれても困るし、二人で話し合ってもいない。
だけど、こんな卑屈に思ってしまうなら。
「キバナさん、イルミネーション、見に行きませんか?」
「おう、いいぜ」
デートスポットだから、撮られたら困るから、ほかにも何かしらの理由で断られると思っていた。
思いがけずに得た承諾に言葉が出ずに裏路地の入口で佇んでいると、手が急に暖かくなった。
「ほら、いくぞ」
小走りで追いかけて、公園の入り口に立つ。
あれだけ嫌っていたイルミネーションの眩い灯りが急に鮮やかな色に変わった。
青と水色で覆われた芝生はまるでキルクスの雪山のようで、木々は暖色系のLEDでその姿を世闇に現わしている。普段は茶色くくすんだ葉も、紫やピンクに彩られてまるで桜の花のようだ。
凍てついた冷気が吹き付ける中、公園の中は冬から春の訪れを待ちわびるように飾り付けられている。
その光景に、ゆったりと歩いていた歩みを止めた。
「どうした?」
「私、キバナさんと来るのが夢だったんです」
「誘ってくれればいつでも一緒に来たのに」
「だって、こういうところに二人で来るのってカップルか夫婦でしょう?」
去年はまだ、私たちの関係に名前を付けられなかった。
仲のいい先輩と後輩トレーナー、もしくは面倒見のいいお兄さんとそれに甘えているトレーナー。周りからは兄妹のようだと言われることも多い。
そんな曖昧な関係で、誘えるほど図太くはなかった。
「あ、あれキバナさんとチャンピオンじゃない?」
立ち止まって見ていると、横を通り過ぎて行った女性の声が聞こえた。
「これから毎年でも一緒に見れるさ」
そんな声など気にもしていないように、キバナさんは声量を落とさずにそう言ってイルミネーションを見上げた。
◇◇◇
街灯とはまた違う、小さくて眩い光がナックルシティの街並みを照らしている。
街路樹へ巻き付けられたイルミネーション用のLED球の灯りだ。
冬になると、その暗さから街灯だけでは薄暗くて、クリスマス前からバレンタインまでこうして装飾をする。
ただの電球のはずなのに、どうしてこの景色を綺麗だと思うことができるのだろう。
毎年見ている光景のはずなのに、毎日通っているはずの道がどうしてこんなにも新鮮に見えるのだろう。
それは多分、昨夜見たシュートシティのイルミネーションのせいだ。
迎えに行った帰り、初めてユウリからイルミネーションを見に行こうと誘われた。
今まで少し恨めし気に見ていたのはなぜだろうと不思議だったが、入ってみて納得した。
周りはカップルや夫婦、家族連ればかりだ。歳の差を気にして、嘘だとわかっていても度々載るゴシップ紙の記事を思い出してそんな感情になっていたのだろう。それに去年まではまだ付き合っていなかった。今年成人してようやく付き合えたのだから、イルミネーションを一緒に見に行きたいと言い出せなかったのだろう。
ポケットからスマホを取り出して、カメラを起動する。
カシャ、っとシャッター音が鳴って、少し輪郭のぼやけた灯りが木々を包んでいる写真をユウリに送った。
明日の夜、今度はナックルを一緒に歩こう、と一文を添えて。